勇者に世界の半分をお前にやろうと言ったら了承されてしまったんだが
我輩の名前は、ヴォルフルール・ヴァルフォーク・ヴィルクリーフ・ヴルトース・ヴェルドリーヌ。
第五代『魔王』である。
夢はもちろん世界征服。そのために、着実に計画は進行し、既に幾つかの国を手中におさめていた。
だが、それを阻む者達がいる。『勇者』だ。
この国には十の大国と幾つかの小国があり、十の大国にはそれぞれ『聖剣』が存在している。聖剣とは、魔を打ち払う聖なる剣、魔王を倒すことのできる剣のことだ。
そして、その聖剣に選ばれた使い手、それが勇者である。
今は既に各国の勇者は選別されており、現在進行形で我輩を倒そうとこちらに向かっているのだ。
まあ、今まで四天王のところまでは来ても、我輩のところまで到達した者はいないのだがな。
コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「なんだ?」
「魔王様、勇者が四天王を破りました。至急、玉座の間にて準備をお願いいたします。」
ほう、ついに勇者が来たか。
我輩の初仕事だ。
マントを翻し、颯爽と歩いて玉座の間へと向かう。
玉座の間へ着くと、我輩は玉座にゆったりと腰かけ、勇者を待つことにした。
少しして、ギギーッと玉座の間の扉が開く。
扉が軋んでるようだ。後で配下に直すように言わなくては。
いや、そんなことはどうでもいい。
我輩が勇者だったら、入った瞬間に魔王が扉の軋みを気にしてたらがっかりするだろう。
魔王は勇者の前に立ちはだかる圧倒的な存在なのだ。生活感は見せるべきではない。
気を取り直して、魔王らしくいこう。
「よく来たな、勇者よ」
ふむふむ、見たところ勇者に騎士、魔法使い、賢者といったところか。四対の目がこちらを睨んでいる。
我輩はニヤリと笑い、芝居がかったように勇者たちに問いかけた。
「どうだ、勇者よ。世界の半分をお前にやろう!それで我輩の配下にならないか?」
初代魔王から受け継がれてきたこのセリフからの勇者の拒否を皮切りに、今までの魔王たちは皆、勇者と一世一代の勝負を繰り広げてきたのだ。
さあ、勇者よ。互いに命をかけた勝負をしようではないか!
「いいですよ」
「ふはは、断るならば仕方ないって、今何て言った?」
「いいですよ、って言いました。」
イイデスヨ?新手の拒絶の言葉か?ちがうよな?
勇者の仲間たちも、一瞬何を言っているのか理解出来なかったのだろう。
場を静寂が包んだ。
そして、その静寂をいち早く破ったのは、魔法使いだった。
「ちょっと、アンタなに考えてんのよ!」
続いて、賢者と騎士が。
「そうですよ、何を考えているのですか!」
「魔王の甘い言葉に騙されてるんじゃねぇぞ!」
仲間たちの言葉には目もくれず、勇者はこちらを見続ける。
どうしたらいいんだ、この状況。
はっ!そうだ、さっき騎士が魔王の甘い言葉に騙されてるって言ってたな。
じゃあ、厳しい条件をつければ、勇者も引くんじゃないか?
「勇者よ、本当に我が配下に下るというのだな?」
「ええ」
「ならば、お前の仲間たちを殺して、我輩への忠誠を示して見せろ」
さすがにこれには勇者も頷かないだろう。
「わかりました」
え?
次の瞬間、勇者の剣が振り払われ、スパァンッと騎士の首が切り落とされる。間髪入れずに、詠唱を始めようとした魔法使いの喉を潰し、驚く賢者の心臓に剣を突きたてた。そして、賢者から剣を抜き、悶える魔法使いの首に突き立ててフィニッシュ。
この間約10秒。なんのためらいもなく、勇者は仲間を殺してみせた。
「いかがでしょうか、魔王様。」
仲間を殺したにもかかわらず、まるで一仕事終えたと言わんばかりの勇者の態度に恐怖を覚える。
ふつう、勇者だったら仲間は守るものだよな!?我輩の知ってる勇者は正義感の固まりみたいなやつなんだけど!?アイツ、正義感の欠片もないんだけど!?
気がつくと、勇者が不思議そうにこちらを見ていた。
「魔王様、まだ足りませんか?そうだ、国に帰って国王とか姫も殺ってきましょうか?」
なんて、恐ろしいこと言うんだコイツ!
すると、勇者は我輩の返事も聞かずに殺りに行こうとするので、あわてて止める。
「わかった、わかったから!お前の忠誠はよくわかったから待って!」
勇者は足を止めて振り返ると、満面の笑顔で言った。
「では、認めて下さるということですね」
どうしよう。
ここで勇者を仲間に入れたら、部下たちに何て言われるか……
だからといって、ここで拒否したらどうなるか……
いや、我輩は魔王だ。勇者ごときに怖じ気づいてどうする。
うん、拒否しよう。騙される方が悪いのだ。
意を決したその時、我輩より先に勇者が喋り始めた。
「それにしても、魔王様があいつらを殺す理由を作ってくれて助かりましたよ。」
「それは、どういうことだ?」
我輩が思わず尋ねると、勇者は顔を歪めて黒い笑みを浮かべた。
「あいつらは、魔王を倒した後に隙を狙って僕を殺そうとしていたんです。勇者は魔王との戦いで命を落としましたって言って、国王からの報酬を三人で山分けしようとしていたんですよ。夜にこそこそと計画をたてていたみたいですけど、正直バレバレでしたね。それに、旅の最中にパーティーの資金の横領や手柄の横取り、自分のミスを僕に押しつけたりすることなんかもよくありましたよ。おかげ様で、行く先々で無能勇者なんて呼ばれてました。ずっと、鬱憤が溜まってたんです。やっとスッキリしました。」
それは、酷いな。聖剣に選ばれた勇者に対する仕打ちとは思えないぞ。
ちょっと同情しそうになる。
「ああ、あいつらだけじゃなくて王と姫も殺ってしまいたい。というか、王と姫の方が殺りたい。旅立つ僕に50Gしか渡さないってどういうこと?子供のおつかいじゃねえんだよ。そのくせして、自分たちは国民から搾り取った税金で贅沢三昧なんて、何のための税金なの?少なくとも、てめえらの似合わねえごちゃごちゃした服とか趣味悪い宝石とか肥えてる体をさらに肥えさせる餌のためじゃねえだろ。それに、魔王を倒したら姫と結婚させてやる?魔王を倒した勇者をいいなりにして他国に幅をきかせたい豚王に、魔王討伐の褒美にされるくらい自分が美しいって自惚れてる豚姫と家族になるってことだろ?褒美になってねえんだよ。魔王倒す気失せるわ。1ヶ月経ったころにわざわざ呼ばれたと思ったら、まだ魔王を倒せないのか、私と結婚できないですよ、って本当に脳ミソ空っぽだな。1ヶ月で魔王倒せてたら他の国だって苦労してねえだろ。それに、お前と結婚したいなんて誰も言ってねえよ。人の貴重な時間無駄にすんな。」
ねえ、勇者溜め込みすぎじゃない!?まだ呪詛吐いてるんだけど!言葉遣い変わってるし……
全然、止まらないな。
……今日の夜ご飯何にしよう。
一時間後
まだ言うの!?
我輩、もう1週間の献立たてちゃったんだけど!
あ、勇者が止まった。やっと終わったか。
「それに比べて!」
ビクゥッ
きゅ、急に大声出すのやめてくれ。
今度はなんだ?
「魔王様は配下に慕われていますね。」
へ?どういうことだ?
「四天王でしたっけ?その方たちを倒した時、全員が、魔王様、不甲斐ない配下ですみませんって言ってたんです。他にも、全ては敬愛する魔王様のために、とかも言ってました。」
あいつら、そんなことを……
くっ、我輩涙腺緩いんだよ。
「そこで思ったんですよ、豚王に従うくらいなら、こんなに配下に慕われる魔王様の元につきたいなと。だから、嬉しかったですよ。魔王様の方から世界の半分付きでお誘い頂けて。」
勇者の言葉に心が揺らぎそうになる。
だが、我輩は魔王だ。勇者とは相容れない存在である。
魔王と勇者が戦うことは宿命なのだ。
だから、勇者を配下に迎え入れる訳にはいかない。
今度こそ、断ろう。
「なあ、勇者よ。やっぱりこの話は無しに――」
我輩の言葉は、またも勇者に遮られる。
「今、何て言いました?まさか、この話を無しにしようなんて言いませんよね?」
勇者が聖剣に手をかけると、それを軽く横に振り払いながら言った。
「僕、そんなこと言われたら、何するかわからないですよ?」
ゴゴゴゴゴと何かが崩れるような激しい音が鳴り響く。
慌てて音のした方を見ると、なんと玉座の間の壁がボロボロと崩れ落ちていた。
嘘だろ?魔王城の壁は、我輩が最上級魔法を使っても少しヒビが入るくらいの強度を持っているのに......。
それが、今の軽い一振りで崩れ落ちたというのか?
汗がどっと吹き出た。
ヤバいヤバいヤバい!何だコイツは!
僕を拒否したら、ミンチにしちゃいますよっていうこと!?おいしく頂きますよっていうこと!?今日の夕飯はお前だぞっていうこと!?
もうダメだ。もう無理、我輩怖い。ローブで隠れてるけど、足ガクガク震えてるし。
「どうしたんですか、魔王様?」
ヒィッ、お願いだから、聖剣こっちに向けながら言わないで!
どうしよう、何とかして打開策を見つけないと……
頭をフル回転させる。
そして、一つの答えにたどり着いた!
もう、大人しく勇者仲間にしよう。
ここで我輩が勇者にこの話は無しするなんて言ったら、おそらく我輩は瞬殺。
その後、配下たちは殲滅されるにちがいない。
本当は、我輩だって勇者を配下にしたいわけではない。だって勇者怖いもん。だけど、配下たちを守るにはもうこれしかないんだ。
そもそも、我輩よりも遥かに強い者を味方にできるのだ。どうしてそれが悪いのか、いや悪くない。うん、そう心に言い聞かせよう。
呼吸を整え、勇者の目を見据える。
「何でもないぞ。歓迎しよう、勇者よ。共に世界を征服しよう。世界を征服した暁には、お前に世界の半分をくれてやる」
我輩の言葉を聞くと、勇者はニコッと笑い、聖剣を鞘にしまう。そして、我輩に手を差し出した。我輩はその手を拒むことなく握る。
「僕の名前は、ユースティス・シャトローゼン。勇者です。これからよろしくお願いいたします、魔王様。」
「我輩は、ヴォルフルール・ヴァルフォーク・ヴィルクリーフ・ヴルトース・ヴェルドリーヌ。第五代魔王だ。これからよろしく頼むぞ、勇者よ。」
しばらく握手を交わした後、勇者はまた黒い笑みを浮かべて、こう言った。
「では、魔王様。世界征服のための第一歩として、豚王と豚姫を殺ってきていいですか?」
「だから、ダメだって言ってるじゃん!」
ああ、これから我輩の魔王生活どうなっちゃうの?
初のファンタジー物です。
残酷な描写ってどれくらいから付ければいいんですかね?とりあえず付けておきました。
書いていて凄く楽しかったので、連載化するかもしれないです。というか、したい。できれば。
やたら色んな所に手を出すのは悪い癖ですね。反省します。
では、お読み頂き本当にありがとうございました。