9 花の予言
(久しぶりに尊と話せた……)
そんな高揚感で、明け方まで眠ることができなかった咲耶はその朝盛大な寝坊をした。
隣にモチオを受け取りに行こうかと思ったけれど、すでに自転車はなし。出かけたあとだ。
大慌てで自転車に乗り、滑り込むように教室に入る。咲耶が席につくなり本鈴が響き渡り、胸をなでおろした。だが何か教室中がそわそわとしている気がして落ち着かない。どうしたのだろうと思っているうちに、HRが終わる。
短い休憩時間に入るなり、裕子が興奮した様子で咲耶のところに駆け寄ってきた。
「咲耶〜、ちょっと聞いて! 希がさ!」
「裕子、ちょっと止めてよ! もー、朝から騒ぎすぎ! 恥ずかしい!」
希が真っ赤になっている。気丈な彼女にしては珍しい表情だと思う。
「なに?」
全速力で自転車を漕いで来たので咲耶は汗だくだった。
顔が洗いたかったので適当に流そうとしたが、耳に入ってきた情報に目を剥いた。
「希が、田所と付き合うことになったらしいよ!」
「えっ」
田所というと、昨日希に教科書を借りに来たあの反省の足りない忘れ物男ではないか。
「き、昨日、教科書を返してもらったときに、落書きしてないかチェックしてたら手紙入ってて……呼び出されて」
希はさらに赤くなる。すでに耳まで真っ赤だった。
「手紙って」
「つ、付き合ってって。真面目に頼まれた……」
ふと昨日の希の赤くなった顔と今の希の顔が被って、咲耶は思い出す。昨日変な声が聞こえたが、もしやそのとおりになったのではないか?
と思ったとたん、裕子が大きなため息をついて言った。
「咲耶の予言通りになってびっくりしたあ」
「予言!? 何言ってんの!」
どういうことだと目を剥くと、裕子はふんわりと微笑む。
「なんだっけ? 希はあの男のことが好きとかなんとか」
「いや、あれ私じゃないし!」
「でも、あれ、絶対咲耶の声だったじゃん。すごいよ、田所の方は、まぁ気があるのかなとは思ってたけど……まさか希の方もとか思わないじゃん。黙ってるとか、水臭いよね」
と、裕子が言ったときだった。
「ねーねー、何の話?」
クラスメイトが騒ぎを聞きつけて寄ってくる。だが、希が「広めないでよ!」と逃げ出したのでその場では話はたち消えた。
はずだったのだが――。
「あ、あの男子、夏美に気があるっぽい」
「あー、栄子は、彼が好きでしょ」
「美香は、告白しないの? 脈あるよ、絶対」
声は何度も降りてきた。昼休みまでに、回数にして三回。
その度に否定していたけれど、自分で聞いても自分の声のように聞こえるのだ。口は動いていないのだけれど、声が降りてくるのは相手が目を逸らしていると言う絶妙なタイミングなのだった。
しかもわかりやすい恋愛模様でなく、本人が秘めていたり、気付いていなかったりという気持ちを言い当ててしまうらしく、余計に信憑性があるという面倒臭さだった。
信じてもらうのは難しすぎたし、だんだん自分で自分が信じられなくなってくる。
咲耶の《予言》――と認めてしまうのはなんだか気持ち悪いのだが――を受けたクラスメイトは色めき立ったり、悲鳴を上げたり。
だが一様にそわそわと頬を染める。そして皆、なんだか幸せそうな顔をして、咲耶の予言のことを言いふらすのだった。
トラブルが起こる前になんとかしたいと咲耶は思った。
なぜなら、言い当ててほしくない想いというものが世の中には存在するからだ。
今のところは、幸せな結末になりそうなものしか口にしていないようだが(カップル成立まで秒読みみたいな関係だと裕子が言っていた)、これからが怖いと思う。もし自分がやられたら余計なお世話だと思ったのだ。
最初は面白半分だったクラスメイトたちも、咲耶の予言――誰が命名したのか《花の予言》(咲耶が花野だからだろう)を我も我もと求めてきた。咲耶は自分が恋みくじの発売所にでもなったような気分だった。
(みんな、暇なのかな……この年頃の娘は盛ってるとかなんとかモチオが言ってたけど)
言い方はひどいけれど、あながち間違いではないのかもしれない。本当に恋に恋するお年頃なのだ。
だが、咲耶はみんなの顔が、華やいでいて可愛いなと思った。
そして、胸の中で小さく凍えている恋心を思うと、羨ましくてしょうがなかった。