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こちら、恋愛相談部!  作者: 碧檎
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3 咲耶とめぐみ

 学校は家から自転車で十分くらいのところにある。田んぼの中の田舎道を自転車で走る。途中、駅から徒歩のクラスメイトとすれ違うたび、声をかけられる。咲耶は顔が広いのだ。


 校舎の隣の桜はなんとか明日の入学式まで持ちそうだった。

 三つある校舎の左端の棟に向かう。咲耶は文系を選択したので、理系を選んだ友人たちとは少し離れた場所で学ぶことになる。

 文系を選んだのは、理系を選ぶであろうに会わなくて済むから……。全くそういう理由がなかったとは言い切れない。

 少し鬱屈しかけた咲耶の背中に聞き慣れた声が届く。


「咲耶、おはよう」

「あ、めぐみ、おはよう!」


 振り向くと美少女が立っている。くるんとしたまつげに縁取られた大きな目、あどけなさの残る小さな鼻。こぶりな唇は手入れが良いのかつやつやだ。背の中ほどまでの長さの髪を綺麗に結ってある。セーラー服のスカートは校則通りの膝丈で、整ったプリーツから可愛らしい膝小僧が覗いていた。

 咲耶の親友、佐々木めぐみだった。残念ながら理系の彼女とはクラスが別れてしまった。理系を選ぶとは思いもしなかったので正直に言うとすごく驚いた。


「髪はねてるよ。っていうか前髪が逆立ってる! それはちょっとアウト!」


 めぐみは笑う。


「あー、半乾きで自転車乗ったからかな。でもギリギリセーフじゃない?」


 咲耶は髪に手をやる。ドライヤーをかけるという習慣がまずないのだ。


「まったくしょうがないね。ちょっと待って、梳かしてあげるから」


 本当にきちんとしてるなあと咲耶は感心する。めぐみは昔から女子力が高いのだ。咲耶は櫛など学校に持ってきたことなど無い。中学に上がった頃から、ずっとベリーショートなのもあるけれど、もし髪が長くても朝一度梳かしただけであとは放置しそうだと思う。


「いいよ。時間無いし――ほら、鐘がなるよ! またあとでね!」




 新しい教科書や新しい先生にまごついている内に、昼休みはあっという間にやってきた。

 食堂で大きな弁当を机の上に出すと、クラスメイトが興味津々といった様子で取り囲む。


「咲耶の弁当やばくない? でかい……男子並み!」

「だって食べないと部活のときお腹すくんだよ」

「あー、剣道部だっけ? 練習厳しいんでしょ」

「うん。でも小学校からやってるから、もう慣れっこ」


 そう言いながらもりもりとご飯を食べる。昨日の夕食は肉じゃがだったのでそれがそのまま入っているが、これから暑くなるし肉じゃがは傷みやすい。常備菜も考え直さないといけないかもしれないな、などと考えていると、誰かが言った。


「その量だと、お母さんが毎朝大変だねえ」

「あ、あの」


 何気ない一言に、中学から一緒だった中野裕子なかのゆうこが慌てている。咲耶の家の事情を知っているのだ。


「んー、自分で作ってるんだ。お母さんいないから」


 中学三年の冬、母は病気で他界した。ある日、突然、母は眠ったまま起きてこなかったのだ。

 それから咲耶は自分のことは自分でやっている。掃除も洗濯も料理も全部だが、幸いご近所のみなさんが良くしてくれるから、さほど苦労はしていないと思う。弁当だって残り物だけで手抜きだし。


 そして父は仕事人間だ。夜も遅いし、帰ってこないことだって多い。寂しくないかと言われると寂しい。母が恋しくないかと言われれば恋しい。田舎のばあちゃんが引っ越して一緒に住むか? と聞いてきたけれど、住んでいた町を捨てるのは辛かったから頑張ることにしたのだ。


 一通り話すと、気まずい空気が流れるが、咲耶はカラッと笑う。


「親が干渉しないのって、案外自由でいいよ。だからそんな顔しないでね~」


 皆がホッとした顔をする。クラス替えがあるとこういうやり取りをしないといけないのが少しだけ憂鬱だ。だけどこれでイベントを一つこなしたと肩の荷が下りる。


「あ、めぐみ!」


 咲耶は親友の姿をみつけて手を振る。めぐみはニッコリ笑うと咲耶に手を振って、女子と男子が入り混じった集団でお弁当を食べはじめた。

 男子が多いのは、理系クラスだからだろうか。小さなお弁当箱は咲耶の弁当箱の半分くらいしかない。本当に何から何まで可愛らしい、とため息が出る。


「佐々木さん、だよね。かわいいよね。男子が目の色変えてるじゃん」


 ぽつりと誰かがこぼす。


「うん、女子力高いの。自慢の友達」


 咲耶は屈託なく言うけれど、女子のほとんどは何か物言いたげに黙り込んでしまう。


「どうしたの?」

「っていうか、なんで咲耶と佐々木さんが仲がいいのかよくわからないんだけど」


 釜谷希かまやのぞみが口にする。彼女は裕子と同じく、一年のときも同じクラスだった子だ。裕子より、少し活動的で、言いたいことをはっきり言う、気持ちのよい子だった。


「小学校からずっと一緒なんだよ」

「にしてもねえ、タイプ違いすぎる」

「私が女子力なさすぎるから? だけど案外釣り合い取れてるんだよー」

「っていうか……うーん……」


 希はなんだか奥歯にものが詰まったような言い方だった。


 咲耶はめぐみが影でいろいろと言われていることを知っているから、なんとなく言いたいことは理解できるのだけれど、深く追及しないことにしている。追及してもいいことがないのは経験上知っているのだ。


 大事なのは、めぐみは昔から咲耶のことをとても良く考えてくれているということ。それから、彼女のお陰で咲耶は今がとても幸せだということだった。


「でもさ、咲耶って女子力ないことないんだよねえ。家事全般自分でやってるわけだし、結構細やかで、空気読めて、気も利くし」


 裕子が口を挟んだ。こういう温かいフォローを入れてくれるあなたこそが、女子力が高いと咲耶は思う。


「そーいう女子力じゃないってば。っていうかそれ、男子女子関係ない力だよね? 私が言ってるのは、可愛いか可愛くないか」

「……だけど、咲耶は……可愛くないわけじゃないじゃん? むしろ――」


 そういう話題になると心のどこかで警鐘が鳴る。これ以上、その話はしたくない。本能が危険を訴えてくる気がするのだ。


「無理して褒めないでいいってー」


 咲耶は笑ってスカートの下からちらりと覗く膝丈短パン(学校指定のものだ)を指差す。


「ほら、少なくともめぐみは絶対こんな格好はしないし!」


 そうして笑い話にして話題を打ち切ろうとするが、皆の顔から戸惑いは消えてしまわなかった。

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