2 縁結びの神様とその使い
「な、なんなのいまの」
呆然としていると、ネズミが叫んだ。
「今のがおれの主だ!」
「え、ってことは」
先程のネズミの話と先程の青年の話をつなぎ合わせて、咲耶はぎょっとした。つまり、今の人――人と言っていいのかもうわからないが――が、オオクニヌシだということだろうか。
「って――オオクニヌシ⁉」
咲耶は頭を殴られたような気がした。
見ると石碑に『大己貴命』と刻まれている。
小学生の頃、先生が、
『この神様にはたくさん名前があってね、オオクニヌシの方が有名かな』
と言っていたのを思い出したのだ。
夢だ夢だと思っていたけれど、もしや、という思いが湧き上がる。足が震え始める。もう一度頬をつねってみる。やはり痛かった。
(え、これ、夢じゃない?)
「おれの主は、縁結びの神様でな、どんなこじれた縁でもあっという間に結んでみせるんだ。だからあんたの願い事叶えてやるよ、さくっと恋人作ってさ――っておい! 話聞けよ!」
怖い。怖い。怖い――――!
咲耶はダッシュで階段を駆け下りる。だがネズミはすごい勢いで追ってくる。ぽっちゃりのくせに足が速い!
「遠慮します! 必要ないんで! っていうか迷惑! 戻っていいから!」
「嘘言うなよ! っていうか彼氏欲しいだろー!? あんたくらいの年頃の娘って、ほら、盛ってるっていうかー! っていうか願い叶えさせろ! 主におれがさぼったって怒られるだろ!」
咲耶は無視して全速力で駆けた。ネズミを振り切って家に戻る。
玄関の戸を開けると、炊きたての御飯の良い匂いが漂ってきた。とたん日常が戻ってきた気がしてひどくほっとした。
息が上がっている。一気に汗が吹き出してきた。
「いったい、なんだったの……」
先程のことが現実とは思えなかった。だけど、あれが夢だとすれば、咲耶は一体いつ目が覚めたのだろうか。
とりあえずと、咲耶はシャワーで汗を流す。ついでに冷水をかぶって、頭も冷やす。幸か不幸か咲耶の髪はベリーショートなのですぐに乾くのだ。
制服に着替えて、卵を焼き、わかめと豆腐の味噌汁を温め、タイマーで炊き上がったご飯と一緒にもりもりと食べる。お腹が空いていたらろくなことを考えないからだ。
昨日の夕食の残り物とご飯を大きな弁当箱に詰めると、「行ってきます」と誰もいない部屋に向かって呟いて咲耶は家を出る。
そっと扉から外を覗くとネズミの姿はない。
(……大丈夫だよね? 家もわからないだろうし、しばらく神社に近づかなかったら、きっと諦めてくれる……)
そう思いながら鍵をかける。
メゾネットタイプの自宅は、築十五年。多少古くなってはいるけれど、ずらりと並ぶ住宅はどの家もおしゃれだ。各々朝の騒がしさがあり、生活感がある。ただ咲耶の家だけがしんと静まり返っている気がした。
鍵をかけると、ちらりと隣の家を気にする。北川という表札の家の駐車場には、ミニバン一台と大人用の自転車が一台あった。普段は自転車は二台ある。つまり、彼はどうやらもう出かけたらしい。
学校は同じ。登校時間も同じ。だからわざと、出かける時間をずらしているのだ。あのときからずっと、咲耶を避けている。そして咲耶も彼を避けている。
人のいない玄関にほっとすると、咲耶は自転車に乗って学校へと向かった。