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第一話 妖精との邂逅

 さっきまで寝ていたはずの俺は、気がつくと薄暗い場所に佇んでいた。

 靴を履いており、硬い感触の地面の上で周りを見渡す。

 取り付けられた松明は、無機質な左右の壁に沿って連綿とし、どこまでも果てしない。

 後ろを振り返っても同様に延々と続く一本道。


「夢……にしてはリアルだな。どこぞのダンジョンだ? ここは?」


 RPGでは馴染み深い景色だ。そのうえいかにもモンスターが出そうな雰囲気。

 こういうステージに進む前はしっかりセーブして、装備の下準備が肝要なんだよな。

 と、現在の俺がしている服装を確認してみる。

 胸甲冑を身に纏い、マントを羽織った冒険者風の恰好。腰には剣の収納されていそうな鞘が下がっている。

 

「おお! 本当にゲームの世界じゃん!」


 さっそく柄を掴んで剣を引き抜くと、切れ味のよさそうな長剣が姿を現した。

 白銀の刀身が松明の炎によって幾度も煌めく。


「テンション上がってキターーー!」


 不安の一切が吹っ飛んだ俺は、剣を鞘に戻すと、嬉々として先へと進み出した。



 興奮気味なのも束の間、長時間変化のない風景から、先行きの不安が立ち込めてくる。

 同時に、一度は忘却していた事案が蘇ってきた。


 ……まさか異世界に飛ばされたんじゃないよな。


 創作物の影響なのは自覚しているが、非現実にしては五感や意識がはっきりし過ぎだ。

 刀身に反射する自身の顔を見るに、転生ではないようだが。

 くたびれるほど歩き続けた頃、ようやく一つの変化が訪れた。遥か遠方の突き当たりに、扉が見える。

 棒になった足を動かし、どうにか目の前までやってくる。

 そして俺はドアノブに手をかけると、期待を胸に押し出した。

 

 ――ガチャ。


 しかし固く閉ざされた扉を前に、希望は無残にも崩れ落ちる。


「そ、そんな……ここまできて……」


 あまりのショックに床にへたり込んでしまう。

 緊張感が抜けたせいか、空腹を催してきた。

 

 ――このまま餓死してやがて白骨化してしまうのだろうか。


 そんな最悪の結末までよぎり、より一層消沈に拍車をかける。

 そのとき、背後から何者かが近づいてきた。


「ようこそ夢の世界へ。迷える子羊さん」


 座ったままの状態で声のした後方に体勢を変える。

 目に留まったのは浮遊している小型の生物。手のひらサイズの大きさで、見た目は蝶のような羽を持つ女の子である。


「くっ、こんなときにモンスターかよ」


 気力が失われつつあった自分を鼓舞し、立ち上がる。長剣を引き抜き、目の前の相手に相対する。


「どうして敵意を向けるのですか? せっかくあなたに事情を説明しようと思ったのに」


 人形のような美しい顔は、むくれた表情に一変し拗ねるようにそっぽを向いた。

 ――あれ? どうやらモンスターではなさそうだな。


「ごめん、悪気はないんだ。許してくれ」

「まあ、いいです。私の懐の広さに免じて許してあげます」


 剣をしまい敵意のないことをアピールした。すると浮遊していた生物は、顔の正面まで近寄る。

 俺はさっそく質問を切り出した。


「ここは一体どこなんだ? 本当に異世界なのか? そして君は一体誰?」

「もう、一遍に言わないでください、順を追って説明しますから。まず、ここはあなたの夢の中――あなたが無作為に構築した世界です。異世界の様相を呈しているものの、実態は夢――明晰夢なのです」

「夢……ね。君の言うことを信じることはできるけど、確たる証拠がなきゃ納得まではできない」

「それもそうですね。では今から現実世界にいるあなたの映像をお見せします」


 目の前の生物はそう告げると、なにやら呪文を唱え始めた。


「うんにゃらほにゃほにゃえいこらさー!」


 なんとも素っ頓狂な詠唱である。

 しかし効果はあったようで、なにもなかった空間上に映像が浮かび上がる。

 映像の中身はよく見知った光景である。

 それもそのはず、毎日生活を営む俺の部屋だから。

 勉強机やテレビが置かれている中、ベッドの上には俺そっくりの人物が大の字の状態で爆睡していた。


「なるほど、確かに俺の部屋で間違いないし、寝ているのも俺本人みたいだ」

「納得いただけたなら幸いです。では映像を遮断します」


 プツンという音もなく、映像は消え去った。


「じゃあ話の続きをします。次に私は誰かの質問でしたね。その前に自己紹介をさせてください。私の名前はティ――」


 ――俺は瞬時に危険を察知した。こいつに名前を言わせてはいけないと。

 緑色のミニワンピースを着たブロンド髪の妖精には既視感があったからだ。


「――ああ! そうか! いい名前だね! 美しい君にピッタリだ」

「えっ! あっうん、ありがとうです」


 危ない危ない、もう少しで夢の国に連行されるところだった。


「私は人間たちの夢に遊びにきた妖精です。といっても起きたら大体の人が忘れちゃうんですけどね。私たち妖精に出会うこと自体相当幸運なのに、まさか明晰夢で出会えるなんて奇跡ですよ」


 うーん、いまいち幸運であることの実感がないな。


「役目は妖精によって異なりますが、私の場合は現実世界の暗示、予言をお知らせしています」

「おっ! それはありがたい」

「それでは神託を経由して、現実世界のあなたとリンクします」


 妖精は目を閉じ、精神統一し始めた。

 ほどなくして――


「きてますきてます! オラクルっちゃってます! ……見えました!」

「ふむふむ何か科学記号のようなものが見えます――(NH3)アンモニアですか。それに加えて、ノアの箱舟ですか。ほうほう、大体読めてきました」


 その後も妖精の交信は継続し、ヨーグルトだったり、ソフトクリームだったりと、なんとも統一性のなさそうな用語が連続した。

 ようやく結論がまとまったみたいだ。


「これからあなたに起こりうる出来事は、ずばり……恥辱的な不名誉による悔恨」

「うん? というと?」

「具体的に申し上げる前に、確認しておきたいことが何点か。あなたは就寝直前まで、コーラを飲みながらAV鑑賞。その後トイレにも行かず、欲も発散せず、そのまま寝落ちしてしまった。これらに相違ありませんか?」


 あれ? なんで俺は尋問されてるんだ? ていうか、妖精の発言によって既に名誉が傷つけられているのだが、これのことじゃないよなまさか。

 妖精の質問に対して嫌々ながら首肯する。


「ではお伝えします。あなたは起床直前、寝小便、夢精、脱糞の三連コンボを盛大にしでかします! あろうことか、不仲である一つ下の妹にベッド上の痴態を目撃され、彼女は学校でそのことを吹聴。同校に通うあなたは、長期間苦悩に耐え続けなければなりません」


 …………いかん、開いた口が塞がらん。えっと待って、妙に信憑性のあるこの予言はなんだ? そもそも、生理現象は制御不可だし、必然的な未来を言われたところでナンセンスじゃないか?


「どうにかしてその未来を変えることはできないのか?」

「はい、お任せください。といっても、未来を変えるのはあなた自身です。ここに鍵のかかった扉がありますね」


 妖精は俺の背後――後方にある鉄製の扉を指さす。 


「施錠されたこの扉を今から開錠します。その先には試練が待ち受けており、見事乗り越えた暁には、あなたの運命を改変いたしましょう!」

「おっしゃあ! なんとしても試練を乗り越えてやるぞ」

「できれば無償で改変してあげたいのですが、直接手を加えるのは妖精国条約に反するので……」

「いいってことよ。乗り越えればいいだけの話だしな。じゃあ早速扉を開けるぜ」


 再びドアノブに手をかけて押し出すと、施錠されていたはずの扉はすんなりと開いた。



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