第九話 ~天使降臨~
気がつくと俺は中庭に立っていた。
さっきまであんなに人がいたのに今は誰もいない。
そして全てに色がない。校舎も木も水も、空さえも色がない。
俺は理解した。
ここは『裏側』、『アーウェルササイド』か。
「本條出てこいよ!!お前が『裏側』に俺を連れてきたんだろ!?」
すると後ろから声がした。
「へ〜。ただの人間のクセにこっちの世界の事知ってるんだ。」
声がした方に向いた。
「本條、なんでお前がこんな事してるんだ。」
「なんでって、私は神様に使える身。
主である神様が藤堂くんを消してほしいと言っているならそれは私の役目。」
表情はいつもの本條ではなかった。
目は虚ろなで深い闇を見ているかのようだった。
「お前は取り憑かれてるだけだ!!
今すぐ俺が助けてやるから!」
「あははははっ!何を言っているの藤堂くん?
私は助けて欲しいなんて思ってない。私は今の私が好きなの。」
「完全に取り憑かれちまってんのか?
くそっ…!天使はどこにいるんだ!
天使を呼べ本條!!」
本條はうっすらと笑を浮かべて言った。
「折角2人でいられるの最後の時間なのにもう死にたいんだね。
いいよ。呼んであげる。」
俺はここでミスを犯した事に気付いた。
今はシーファがいないから1人で戦わなきゃならない事に。
だが、もしかしたら1人でいけるかもしれない。
そんな期待をした俺が馬鹿だった。
「ラミエル様…」
本條がそう呟くと、本條の背後から光がさした。
この色の無い世界にとても眩しい光だった。
その光の中から現れたのは、まさに聖書で語られている天使だった。
白い衣を身にまとい、髪は白に近い金色。
大きな翼がはえていて、蒼い瞳の青年だ。
あらわれた天使はしゃべり出した。
「いいんですか?最後なのにこんな短い時間で。」
天使ラミエルの口調は丁寧で、暖かみのある声色だった。
俺は思った、本当に天使は悪なのか?
そもそも悪魔を信じたのが間違いだったのではないだろうか、と。
だが俺の考えは変わらなかった。
本條をあんな風にした奴が良い奴な訳がない。
「オイ、お前が本條をそんな風にしたのか」
俺の言葉を聞いた本條が豹変した。
「藤堂護!!それはラミエル様への口の利き方じゃない!!
そもそもあんたがラミエル様に喋りかけるなんて死に値するわ!!殺してやる!!」
次の瞬間、俺の方に向かってくる本條をラミエルが翼で殴り飛ばした。
激しく転がっていく本條に対し、ラミエルは言った。
「あなたが手を出していいと言いましたか?
アレは私が始末します、あなたはそこで見ていなさい。」
そんな光景を目の当たりにした俺は体が勝手に動いてしまった。
「てめぇ!!本條になにしてくれてんだ!!」
そう言い放ち、走ってラミエルに向かった。
「人間風情が頭が高いですよ。」
俺はラミエルに翼で殴り飛ばされた。
痛いなんてもんじゃない。横から殴られただけなのに息をするのも辛い程の激痛が走っている。
本條はこんな事をされたのか。
そう思うとますます怒りが込み上がってきた。だがアレは何度も喰らえる威力ではない。
あいつからしたら周りを飛んでいる虫を払った程度なのだろう。
痛みに苦しむ俺にゆっくりとラミエルが向かってきた。
「おや、不思議ですね。この程度で立てなくなるくらいなのに
なぜ自動車にはねられて生きているのです?それもほとんど無傷。
死ぬ前に説明して頂けますか?」
俺は口から出ている血を吐き捨て言ってやった。
「こんなもん痛くも痒くもねぇ。
妹に叩かれるほうが100倍痛てぇっつーの。」
するとラミエルの表情が少し曇った。
「この期に及んでそんな口を叩けるとは。
死ぬ前に少し躾が必要ですね。」
すると天からピカッと雷が落ち、俺の脚に直撃した。
あまりの痛さに俺は叫んだ。
「があああああああああああ!!!」
そんな俺を見て、ラミエルは笑を浮かべた。
「これは神の雷です。罪深いあなたを清めてさしあげますよ。
さぁ話なさい。なぜあなたが無事だったのかを。」
雷がとまった。俺の足は痺れきっていて感覚が麻痺していた。
「てめぇなんかと仲良くお喋りする気はねぇ。本條を元に戻しやがれ!」
「そうですか…。あなたは自身の痛みでは躾にならないようですね。
ならばこれはどうですか?」
すると倒れている本條の上から雷が落ちた。
「いやぁああああああああああ!!」
俺の時とは違い、本條の全身に雷が走っている。
「やめろぉ!!わかったから、説明するから本條には手を出すな!!」
「ふむ、言葉使いがなっていませんね。」
俺は悔しさを押し殺し言った。
「お願いします…。説明しますから本條に手を出さないでください…。」
すると本條を襲っていた雷は止まった。
「よろしいでしょう。では説明しなさい。」
俺は自分の非力さに絶望した。
なにが特別な性質だ。こんな天使に太刀打ちできないなんて
普通の人間と変わらないじゃないか。
もう本條を救う事はできないのか。
俺にもっと力があれば。
力が欲しい、天使をぶん殴れる力が!!
「…小僧。覚悟はできたかのう?」
どこかで聞いた事のある冷たい声が
今の俺を救ってくれる希望に感じた。