イライラする!
あやかの言ってることは正しい。いちいち正しい。腹立たしいことに正しい。そんなことくらい分かってたわよ。それでも、わざわざ後押しされるまで踏み出せなかったなんて、否、まだ踏み出していないけれど、悔しい。ゆかにあんなにえらそうなこと言っときながらこれじゃあ合わせる顔がないでしょ。あーもー、イライラする。でも、もう、あやかに宣言してしまったから、後には引けない。やるしかないでしょ。やるしかないでしょ。やるしかないんだけど・・・・・・はぁ。あー、もー、ため息とか吐いてる場合!? 何よこれ、もー、腹の立つ!!
えっ!? もう、私の番? あ、その、失礼しました。お見苦しいところを・・・・・・。でも、ごめんなさい、今、大事なところだからそんなことしている余裕ないの。話聞きたいなら勝手にどうぞ。名前? あぁ、名前ね。木下さきと申します。あー、もう、分かったから、今大事なところだから話しかけないでね。
大体なんであんなやつ好きになってしまったのか。あやかにはバレてたみたいだけど、他の人に知られたら下手をするとイメージを落としてしまう。否、下手しなくてもがっつりダウンしちゃうでしょ。ましてや付き合ったりした日には全力で隠し通さなければ、少なくとも恋愛至上主義のラブアホリックな青臭いガキンチョである高校生の間は隠しておかなければ。
「じゃあ、次の問題。齋藤」
「分かりません」
ほら、もう、あいつ全然考えてないでしょ。欠点の塊みたいなやつなんだから、せめて努力ぐらいしなさいよ。これっぽちも才能のない人間は才ある人間より頑張るしかないんだから。
そう、だから、こんな残念なやつが好きとか、そいつと付き合ってるとか言うことは、もっと大人になってからカミングアウトする方向で・・・・・・。あー、でも、齋藤そういうの出来ないからこまるのよ。本当、何であんなやつ・・・・・って、今から付き合えたときのこと考えてどうするのよ。私の印象なんてせいぜい、口うるさい優等生の出来る女の代表格だけど真面目で堅物、ルックスは中の上くらい? もうちょいお洒落すれば良いのにね、くらいのイメージでしかないんだから。
「そう言わんと、チョットは考えろ」
そうだ、考えなさい。先生とは考え方は合わないし、授業下手だし、正直あんまり好きではないけれど、言ってることは正しいでしょ。授業ノートは真面目に作ってるし、せいぜい努力くらいは認めてあげるわ。好きじゃないけど良い先生だと思うし。駄目先生でさえ頑張ってるんだから、あんたがやらなくてどうするのよ、あーもー、堂々と好きになれるようにもうちょい良い所見せなさい!
「考えました」
うそに決まってるでしょ。
「それで」
どうなのよ。
「分かりません」
ほらね。こいつはっ・・・・・・もー!!
「・・・・・じゃあ、後ろの・・・・・・草野」
そこはもう一押ししないと!! 先生なんだからたまにはガツンと言ってやらなきゃ駄目でしょ。そういうのも教育サービスの内なんだから、ちゃんと働け!! 何のために税金払ってると思ってんのよ。
「えっ、はっ・・・・・・はい、分かりません」
ちょっ、ゆか、そこ前に私が教えたところでしょ。何やってるのよ、あんなに時間をかけて教えてあげたって言うのに。あんたもチョットは考えなさい!! あー、もー、どいつもこいつも!!
「・・・・・・先生ショックだなー。教え方悪かったかな・・・・・・。先生の受け持ったクラスだけなぜだか平均点低いしな・・・・・・」
へこむな! お前は教師だろ! 確かにあんたの授業は退屈で詰まんないけど、そこそこ真面目にやってるわよ。それにどう見ても、クラスでも、学年でも、県内でも、国内でも、全世界でも、トップクラスの馬鹿が答えられなかったのはあんたのせいじゃないわよ!! いちいち面倒くさいなー、どいつも、こいつも、そいつも!!!
こんなくだらないことで授業が止まってるから駄目なのよ。平均点下がるのも当たり前でしょ。もうちょいテキパキやってくれる? 私が授業した方がまだましだわ。教師になんて絶対なりたくないけど。年中発情してるバカなサルの相手なんて真っ平だわ。
そんなこんなで終わる授業。あー、もー、全然進んでないじゃない。これでまた試験前にあせってはしょりながら授業するんでしょ。ふざけんじゃないわよ。試験前じゃなくても真面目にこつこつ勉強している人間のこともチョットは考えたらどうなのよ。あー、もー、イライラする。
「さっきの全然分かんなかったんだけど、教えてー」
二回も同じ説明したくないんだけど。
「嫌」
「えー」
「前に一回教えてあげたでしょ」
「そこを何とか」
この筋肉馬鹿が。
「駄目」
全くもう。こうなったら・・・・・・。
「平岡ぁー、あんた頭いいんでしょ。ゆかにさっきの問題教えてあげて。私じゃ無理だ」
「っちょ、さきちゃん!!」
「だって、私の説明じゃ理解出来てなかったみたいだし」
「あの時は分かってたの」
どの時だよ。
「頼むよ、平岡」
「分かりました。どの問題ですか、草野さん」
教えてくれるのは良いけど、顔近いよ、顔。アピールしたいのは分かるけど、もうチョット人の目を気にしなさいよ。
・・・・・・。
まあ、ゆかが嬉しそうだから良いけど。
「この問題はですね、指示語の内容を答える問題なのですが、そもそもなぜこのような問題を考えるかと言うと、最初の段落でそれがimportantであると陽に書かれていまして・・・・・」
そんな難しいこと言ってもゆかには分かんないでしょ。そもそもとか要らないのよ、そもそもとか。
「そうなんだ」
絶対分かってないでしょ。
「繰り返し言葉を変えて出て来ているので、この文章で話題にしたいことはそもそも何ですか? と、訊いているのと同じなんですね。それが次の設問で一般論と筆者の意見に分けて答える問題につながっているわけです。一部は表向き日本語訳の問題になっていますが、構文自体は簡単で意訳を要求しているので事実上これらの問題を合わせて、テーマ(キーワード)、一般論、筆者の意見と言う順番で問題文をサマライズする構成になっています」
たくさん喋ってる割に問題見ないでずっとゆかのこと見てるのね。本当にゆかのことが好きなんだ。変なやつだし、私はごめんだけど、頭良いし、何かしら持ってるやつなのは確かだから、頑張りなよ、ゆか。平岡ももっとビシッとすればいいんだよ。あんた凄いんだから。変だけど。かなり変だけど。
「すごーい」
それはもう、ゆかにはサッパリ分からないくらいね。まあ、分かるように説明したところでどうせ頭真っ白になってるんだろうけど。その時は後で私が教えてあげますよ。二回目だけど。
邪魔者は退散しますか・・・・・・。
「木下って結構気が利くんだな」
急に話しかけるな、馬鹿齋藤!
「あっ、あの2人見てるとイライラするでしょ」
もう、噛んじゃったでしょ。ゆかじゃあるまいし。
「まあ、でも、いいんじゃね。あそこには誰も割って入らなねーだろ。俺は別に幸せなやつ見てイライラしたりしないけどな」
悪かったわね、いっつもイライラしてて。何よ、もう。
「・・・・・・」
「ごめんごめん、きーわるくするなよ。な、そんなんだと、幸せ逃げてくぞ」
発言がおっさんくさい。
「別にそんなことないでしょ」
大体幸せが逃げてってんのはあんたのせいでしょうが。
「そっか」
自分のせいか。
「代わりに俺に教えてくれよ、さっきの」
ふーん、一応やる気はあるのね。まあ、教えてあげてもいいけど・・・・・・。
「あんたも一緒に聞いてこればいいでしょ。平岡の方が頭良いし。落ち着いてイライラしてないし」
どうせ私はこんなのですよ。
「引っ張るなー」
自分の発言にくらい責任持ちなさいよ。
「悪い?」
「悪い」
なによ、もう。本当のことでも言って良いことと悪いことがあるでしょ。チョットは気を利かせなさいよ。
「で、さっきのってどの問題?」
近い! お前も顔近いって! 身を乗り出して、そんな近くに寄らなくてもいいでしょ。私の顔なんてアップに耐えられないんだから。あーもー、しかも、どの問題かも分かってないの!! ふざけないでよ、もう、顔近いし。しかもあんたの顔もアップに耐えられないでしょ。お互い遠目で見てるのが一番平和で目にやさしいのよ。
「あー、でも、平岡みたいなのはやめてくれよ。あんなすげー説明されても俺分かんないから」
そうでしょうね、あんたには一生無理だわ。汗臭いし。あー、でも、なんか良い匂いするのよね、こいつ。近くにいると緊張してるんだけどなんか落ち着くし、五月蝿く言っても相手してくれるし、悪いやつじゃないのよね、悪いやつじゃ・・・・・。
「こんなの、直前の文見て、それっぽいやつ見つければいいのよ。前の文で読んだらこれしかないでしょ、それだけ」
「それだけ?」
そーよ、それだけよ、そんなのそもそも質問するところじゃないでしょ。あーもー、そもそもとか言ってるし。気持ち悪い。
「・・・・・・」
何よ。
「やっぱ分かんねーや」
「悪かったわね、こんな説明しか出来なくて」
「いや、俺が馬鹿なだけだと思うぜ」
全くその通りね。
「じゃあ、そうね、前々回にやったの覚えてる? それとも同じ解き方が出来て・・・・・」
意地でも理解してもらうんだから。
「あっ、次移動教室じゃね? わりーな、また今度教えてよ」
・・・・・・っ、もー、何なのよ! 人がせっかく!! どうせまた今度なんてないくせに。一生懸命説明の準備してくる身にもなってよね。
あーもー、駄目だ。何でこうなるのよ。あやかに会いたくないな。あ、私の番ここまでだから。じゃあね、バイバイ、ごきげんよう。あーもー、イライラする!