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7/11

もてるねー

 はじめまして、私、恩田総司と申します。中学3年生でございます。授業中に筋トレしてる人がいたり、そのまま勝手にどこかへ走り去ってしまったり、まあ、個性の強いと言いますか、変わった方の多い学校に通っています。自身ではそう言うつもりではないのですが、恩田もそのうちの一人であるようです。いつものことをお話するだけなのですが、その普通のお話を喜んで(?)聞いていただける方もいらっしゃるようなので、それならばと、そう言う方の為にお話させていただきたいと思います。本当に、日常を恩田の視点から淡々と語らせていただくだけなので、くれぐれも過度の期待はなさらずに軽い気持ちで、また、良心的にお聞きいただければ幸いです。


「じゃあ、今日はここまで」

 と、先生がおっしゃられたところで授業が終わります。

「そーしくーーん!!」

 その瞬間、間髪いれずに大きな足音を立てて勢い良くやってきたのはクラスメイトである土橋ゆうこさんです。彼女は元気で活発な方なのですが、なぜだか地味な私を気に入って頂いているようです。もちろんお友達として、ですけどね。

「たー!!」

 勢いに任せて豪快にフライングボディアタックを仕掛けてきます。どうリアクションをすれば良いのか困っているのですが、最近ではそのままにしています。なされるがままと言うことです。しかし、いくらスルーしても一向に止めてくれないのでそろそろ何かしらの反応を示した方が良いのかもしれませんね。そのまま抱きつかれ、乗りかかられたままですと、女性に対して失礼かもしれませんが、重いのです。

「それで、私に何か御用ですか?」

 彼女はう〜んと首を傾げます。

「わかんなーい」

 それは困りましたね。どうしましょうか。

「あ、あの、恩田君、その、チョット良いですか」

 次に話しかけてきたのは筧そらさんです。彼女は落ち着いた、大人しい方です。あまり口数の多い方ではないですが、私とは良くお話していただいているんですよ。とても仲がいいんです、お友達として。

「さっきの授業のこの問題教えてくれませんか」

 非常に真面目でいらっしゃって、良く質問をされるのですが、賢い方ですので私などが教えれるものであれば良いのですが。

「あっ、アタシもアタシも!」

 土橋さんは調子の良い方なんです。

「良いですよ。角度を求める図形の問題ですね。問題では角度の情報は与えられていませんが、しかし、例えば求める角を含む三角形の辺の比が分かれば角度は決まりますね。僕らは中学生なので三角比や三角関数の知識が無いので30度とか45度、60度などの答しか出てこないかもしれませんが、一応真面目に考えると、与えられた長さの情報からこの三角形の辺の比を導きましょう。それは意外と簡単で、相似な三角形の辺の比を移してこれば・・・・・・。ここまで来ると答は明らかで、まあ、60度ですね。図が不正確なので60度には見えませんが図の辺の相対的な位置関係と与えられた辺の長さが精確であれば必ずこうなります。ためしに正確な図形を描いて見ても良いかもしれませんね」

 私でも答えられる問題だったようですね。一安心です。

「あっ、あっ、あぁ!! 分かりました。ありがとうございます」

 それは良かったですね。説明をした甲斐があります。

「分かったのかー。じゃあ、分かった!」

 土橋さん、ここは指摘するところではないかもしれませんが、何が『じゃあ』なのでしょうか。

「ちゃんと説明できた自信は無いですけど、分かっていただけたのであれば良かったです」 

 と、言ったところで、誰かが私の服を引っ張ります。

「恩田、次、私の」

 こちらは芹沢このはさんです。非常に博識な方で、中学生でありながら数学誌に多くの論文が掲載されていてフィールズ賞候補に名前があがるほどです。流石に中学生や先生でそのような話ができる方はいらっしゃらないので私と良く二人で話をするんです、数学者として。まあ、私は数学者と呼べる程ではありませんが。

 投稿前の論文を毎回読ませていただいているので、今日もそのことについてでしょうか。

「NEXT TOPOLOGY の論文のことですか? 軽く目を通しただけではありますが、荒く性質の悪い遠近の概念を構成するために集合の構造を一から再定義しようとする試みは大胆で興味深かったですよ。ただ、このままではあまりリッチな内容があるのかどうか分かりませんね。もしかすると、別の定義、あるいは、拡張を行う必要があるかもしれません。発想そのものは素晴らしいと思います」

 こちらは先ほどの問題とは話が違います。私が言えることなんてこの程度ですよ。

「そう。定義はできたけど、それだけ。概念としてくらいしか価値が無い」

「さーっぱりわかーんなーい」

 すいません、お二人をほったらかしにしてしまいましたね。

「芹沢さん、後ほどお話ししましょう」

「そうね。あと、これ」

 なんでしょう。どうやら物理の論文のようです。数学だけでなく理論物理学にも研究なさっているとは素晴らしいですね。

「不連続な力学法則についてのようですね。動的平衡に類似した観測の定義と、観測しているときに不連続な時間発展は必ずしも起こる必要が無く、観測と不連続物理法則が全くの別物と考えた上で可能な不連続法則を考えるといったことでしょうか。下手をすると何でもありのようになってしまいそうですが、どういう風に議論しているのかしっかり読ませていただきますね。最近の研究の傾向とは相反する内容もあるようですし、面白そうです」

「相手にしてもらえるか少し不安」

 分野が違う上に、この内容、そして中学生と言ったことを考えると不安な気持ちも分かります。内容が専門的なので相談できる相手もいらっしゃらないのでしょう、私では役不足かもしれませんが、お力添えさせてくださいね。

「先駆者と言うのはタイムリーに正統な評価をされないことも少なくありませんからね。しかし、それでもそういった研究は必要なものですから、発表するべきであると思いますよ。私に力になれることがあったら何でもおっしゃってくださいね」

 応援していますよ。

「あ、あの、その、良いですか」

 何でしょう、筧さん。あっちに向いたり、こっちに向いたり忙しいです。いえ、嫌ではないですよ、とても嬉しいことです。

「はい、何ですか」

「あの、読んでくれましたか」

 筧さんは文芸部で、良く作品を読ませていただいています。他の部員の方と違い複雑な構造と高度に技巧的な表現を用いた難解で芸術的な作品であるため、部内ではあまり話が合わないようです。確かに読者を選ぶ作風ではあるのですが、一見意味不明ではあるが深読みすればするほど味わいを増すアグレッシブで破壊的、それでいて、恐らくは計算されコントロールされているそれは、あくまで私の個人的な見解ではありますが、ユニークでプロの作家にも引けを取らない。

「客観的に見れば何でもないお話ですが、それが一人称の主観的な立場に立った瞬間姿を変えるところが面白く、恐ろしいですね。手を変え品を変え現れる縁語や比喩の構造が適度に秩序だった複雑さを持っていて、時折ユーモラスでもあり、ここぞと言うところで理解の先を行くような説明のない急展開がテンポ良く心地よかったですよ。筧さんの作品にしてはとても肌触りが良くすらすら読める感じでした。それに、初めて一人称で書くとおっしゃっていましたが、自然で綺麗な文体でした。まあ、私は主人公の”私”の様にはなれないですけどね」

 他の人に読んでもらえないことを気にしていらっしゃったのですが、バランス感覚のある爽やかでテンポの良い作品になっていると思いますよ。

「それは、その、恩田君がアドバイスしてくれるから」

 そんなことはありませんよ。筧さんの努力の結果です。ですが、ここはひとまず、

「そうですか? ありがとうございます」

 と、言っておきましょう。

「みんないーなー」

 と、言いつつ少し考える土橋さん。

「そーだ!」

 何かを思いついた様で、全速力で教室を後にしました。

「それでね、次の作品なんだけど」

 そう言って、筧さんは山のような原稿用紙を渡してくれました。これは超大作ですね。

「あ、あ、あのね、これは・・・・・・」

 と、いっている間にこれまた超大作を抱えた人が全速力で帰ってきました。

「これ見てー」

 油絵ですね。土橋さんは美術部に所属していています。元気で活発な性格からは想像できない繊細で柔らかな作品が多いように思います。絵の具の塊をぬりたぐった、立体的とも言える作品の多い中、ルソルパン(溶き油の一種)を大量に使って(前の作品では瓶を一本丸々使っていました)色の複雑な多重構造を作る描き方が特徴的です。全ての部分に全ての種類の絵の具が重なっているものの、その量と重ねる順番により丁寧に描き分けることで多様な表現を引き出す力があります。

「大きな作品ですね。幻想的で肌理細やかな色の重なりと他では作り出せない色彩は相変わらずですが大きな作品には少しボリュームが足りない・・・・・・と思われましたが、ブラックを上手く使いましたね。色を重ねることに向いていない黒を意図的に使うことで抑揚のある力強さがあり、作品のスケールに相応の迫力のようなものがあります」

 絵画はそこまで詳しくないのですが、パッと見た印象ではこのようなところでしょうか。

「そうそう」

 上機嫌でとても嬉しそうです。

「それから、次の・・・・・・」

 と、芹沢さんが話し始めたところでチャイムが鳴ります。

「時間ですね。芹沢さんはまた後で」

 楽しい時間もここまでのようです。皆さんそれぞれ自分の席、あるいは、自分の教室へと帰って行きます。土橋さんは大きな作品を抱えて走って行きますが、あれでは間に合いそうにありませんね。悪いことをしてしまったかもしれません。


「なあ、恩田」

 話しかけてくるのは前の席にいる木下徹くんです。

「はい」

「良くあいつらの話について行けるな」

 確かにどの方も個性的な方ですね。ですが、

「独創的で専門的なこともありますが話をするくらいなら何とか出来ますよ」

「いや、無理だろ。やっぱりスゲーな。何でも知ってるな」

 ひねくれた良い方をすれば、『何でも知っている』という状態はおこりえないと言う良い方もできるのかもしれませんが、ここは、

「知っている事と知らないことを比較的良く理解しているだけですよ」

 とでも言っておきましょうか。見方を変えれば『何でも知っている』に近い性質を持ちうる、あるいは、仮にそうなれば引き起こされるであろう現象が類似しているという可能性は否定できませんが。

「・・・・・・やっぱスゲーな。

 ところで、どいつが本命なんだよ。曲者だけど3人ともめっちゃ可愛いじゃん」

 そんな、皆さん魅力的な方ですが、仲の良いお友達ですよ。

「そんなつもりはないですよ」

「またまた。向こうは3人ともお前目当てじゃん。さっきも火花散らして奪い合って・・・・・・もてるねー」

「そんなことはないですよ」

 少し話が合うだけだと思いますよ。もちろん、それも素敵なことですけど。



 そんな話をしているうちに次の授業が始まりました。どうでしょう、どこにでもありそうな日常ですので楽しんでいただけたのか自信はないのですが、何か伝わるものは合ったでしょうか。いずれにせよ、ここまで読んでいただいてありがとうございました。また、機会があればお付き合いいただければ幸いです。

 


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