デッカイ背中に
ちわっす。自分、井上幸次郎と申します。宜しくお願いいたします。突然ですが、自分、恋をしてしまいました。してしまったのですが、その、つまり、自分の好きになった人と言うのが高校生でして、自分はまだ中学生だったりして、そんで、まあ、そんな感じっす。
あ、その、全く面識がないわけじゃないんっすよ。自分、部活動で水球の方をやっていまして、練習するプールが高等部と同じなんで練習時間が同じ時は一緒に練習できるんっすよ。その人は競泳選手なんで毎回一緒ではないんっすけど、基礎泳力のトレーニングを週二回一緒にやってるっす。いや、そこで、まあ、女性の方は良いなあと思ったりなんかしてしまうわけです。あ、いや、誰でも良いって訳じゃないっすよ。それに、練習中にそんな不謹慎なこと考えてる訳でもないっすよ。でも、あの、良いじゃないですか、その、あれ・・・・・・。
筋肉が。
やっぱ、男も女も心身を鍛えるのは基本っすよね。その方は、練習熱心で、すっげえ尊敬していて、とても魅力的で、その、パワフルで、ダイナミックで、何より、あれっす、その・・・・・・。
背中っす。
広背筋が凄くて、肩まわりもスゲー鍛えてて、背中がデッカイっちゅうか、あれは、男なら一発で惚れてしまう偉大で雄大で尊大な広い背中っす。ちょーかっけぇです。これでバタフライなんて泳がれたら、そのパフォーマンスたるやもはや神の領域。地上に舞い降りた女神。ああ、素晴らしい。素晴らしすぎて、素晴らしすぎて、素晴らしすぎて・・・・・・。
到底自分には追いつけない。
これが問題っす。確かに、自分の方が年下っすけど相手は女性。運動で男が女に負ける何てマジ格好悪いっす。ましてや、告白なんてありえないっす。種目が違っていても、同じ様に毎日泳いで練習していて女性の方に負けるとかそんなの嫌っすよ。
だから自分決めたんっす。
鍛えて、鍛えて、鍛えて、鍛えて、自分の方が速くなったら・・・。
その時男になるっすよ!!
そのためにもトレーニングっす。今日はダンベルで上腕二頭筋を鍛えるっすよ。
「おい、井上、今日も精が出るな」
先生、自分強くなるっすよ。
「ハイっす」
「『ハイっす』じゃないだろ。今それをする時か」
いや、あってるっすよ。今日は上半身の筋肉を中心にする日っす。自分は体がちっちゃいんでしっかり鍛えて太く大きい筋肉をつくるっす。あたり負けしない体をつくるため、速く泳げるようになるため、男になるなる為にやるっすよ。
「そうっす」
「・・・・・・いまどき廊下に立っていろと言うのもあれだしなぁ・・・・・・」
アイソメトリック・トレーニングっすか!?
「さすが先生っす。自分、廊下に立ってきます!!」
誰もいない廊下だと集中してトレーニングできるっすね。ありがとうございます、先生。
「・・・・・・もう好きにしろ」
「うっす」
よっしゃ、自分、がんばるっす!!
・・・・・・。
しかし、ダンベル持って立ってるだけで強くなれるんっすかね・・・・・・。自分はまだまだなんで、もっともっと練習が必要っすよね。これだけじゃまだ足りないっす。先生も好きにしても良いって仰っていたことだし、ここはもっともっと自主的により厳しいトレーニングを行うべきっすよね。
いや、でも、高い強度のトレーニングはやる過ぎると不味いとか何とか言われたような・・・・・・。なら、基礎的なトレーニングなら大丈夫っすよね。基礎と言えば泳ぎこみ、陸上でなら走りこみっすね。分かったっす。さあ、行くっす。
アップダウンの激しい丘の上の学校の周辺はトレーニングに最適っすね。緑に囲まれ、透き通った空気の中、力いっぱい駆け抜けるのは最高っす! 筋肉も喜んでるっすよ!! 心身ともに元気一杯っす!!! でも、元気ってことはまだまだ追い込み方が足りないってことっすよね。よっしゃぁーー!!
行きますわよ!!
被った!!いや、自分は『わよ』とか言ってないっすよ。ただ、その決意に満ちた言葉の重みは自分と同じ物を感じるっす!! やっぱ、こう、青春は全力疾走に限るっすよね。
「あら・・・・・・ごめんなさい。恥ずかしい所を見せてしまいましたわ」
これはまた、お綺麗なお嬢さんっす。いやいや、自分は浮気したりしないっすよ。それに、良い体をしていらっしゃるんすけど、見たところ体を鍛えているようには見えないっすね。ちゃんと毎日鍛えてあげないと筋肉が可哀想っすよ。
「そんなことないっすよ!! その魂震わせる感じ大事っすよ」
今からでもその気合で鍛えれば大丈夫っす!!
「まあ、ありごとう。そう言っていただけると元気が出ますわ」
どう言ったらいいんっすかね。いいところのというか上品と言うか、なんかそんな感じっす。自分とは育ちが違うっぽいっすね。あ、だから、僻んでるとか差別するとかそんなんじゃないっすよ。第一、身分違えど同じ魂を持つ人っすからね。
「いえ、頑張ってください」
お互いしっかり鍛えましょう!!
「ええ・・・・・・頑張りますわ」
何でしょう、ただならぬ決意を感じるっす。ちょっと緊張してるっすね。筋肉の固まり具合から察するに、初めての試合で緊張してるとかそういう奴っすね?体つきからしてまだ初心者っぽいっすからね、自分もデビュー戦は緊張したっす。年上の方ですけど、筋肉の先輩としてここは自分が勇気付けるっすよ!!
「いよいよなんっすね!!」
その総指伸筋の力み具合、分かるっす、分かるっす、超分かるっす。
「えっ!?・・・・・・ええ。そうですわ」
優しい笑顔。でも、笑筋に硬さが見えるっす。
「最初なんてみんなそうっすよ。そういう時は、四の五の考えずに全力全開でぶち当たるだけっす」
色々考えるのは経験つんでからでいいって自分も教えられたっすよ。
「・・・・・・」
もう一押し必要っすね。
「大丈夫、行けるっすよ」
最初だから上手くいかないかもしれないっすけど、とりあえずぶつかっとかないと悔しさすら味わえないっすからね。
「そうですわね。せっかく手にしたチャンスですもの、必ずものにして見せますわ。見ていらっしゃい」
「そのいきっす!!・・・・・・って、自分の方が後輩でしたっすね、出すぎたまねをしてすいませんっした」
「いいのよ、こう言う時に年齢なんて関係ありませんわ。
夜までまだ時間はありますわ。勝負服を用意しないと」
「あ、その気持ちわかっるっす。やっぱ、そう言うの着ると気持ち高まるっすよね」
試合用のやつを着るとやっぱ何かがここ(胸のあたり)からグッと湧き上がってくるんすよね。
「では、私急ぎますので。今日は本当にありがとう。ごきげんよう」
「うっす」
頑張ってください!!
こうなると、自分も俄然燃えてくるっす!!
自分、やりますよ!!
待っててください!!
草野先輩!!!!!!