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アタックですわ

 ごきげんよう、喜美あやかですわ。

 勇気ある決断をなさった木下さきさん。

 私も負けていられませんわ。

 

 アタック、アタック、アタックですわ!!


「と、言うことで、早退しますわ」

「どういうことだ」

 全く話の分からない方ですのね。相手にしていられませんわ。

「お、おい、待ちなさい、喜美くん」

 全く、先生ともあろうお方がどうして私の決意に気付いていただけないのでしょうか。

 走り出したらもう止まりませんわ。

「おどきなさい!!」

 お相手して差し上げる暇はありませんのよ。急げよあやか、立ち止まってはいけないわ。


 私の意中の方は同い年ではありますが、学生ではありませんの。すでに社会の中で働いておられて、物静かではあるけれども芯が強く魅力的な方ですわ。

 近くの喫茶店でアルバイトをしていらっしゃると思うのだけれど・・・。きっと今の時間なら喫茶店で開店準備をしていると思いますの。

「あ、いらっしゃいませ・・・。

 すいません、開店時間まだなんで、少しお待ちいただいても良いですか?」

 そう、この優しくて柔らかいお声、素敵ですわ。早くそのお顔をあやかに見して下さいませ。

「こんにちわ」

「ちわっす・・・。あれ、学校は?」

 こちらに気付かれたご様子。毎日通った甲斐あって覚えていただいてますのよ。

「抜けてきましたわ」

 貴方のためですもの。

「おいおい」

「今日だけですから」

 居ても立ってもいられなかったのですもの。

「そっか」

 とりあえず、一番近くにいられるカウンター席をゲットですわ。

「いつもので良い?」

 いつものとはブレンドのことですわ。

「はっ、は・・・、はい」

 落ち着いてあやか、噛んでは駄目よ。

「ちょっと待ってろ」

「はいですわ」


 何と幸せな時間なのでしょう。ただその人がコーヒーメーカーにお湯を注いでいるのを見ているだけで、会話も何もないけれど。真剣な瞳を見ているだけで、袖を捲り上げた姿を見ているだけで、繊細で優雅な立ち振る舞いを見ているだけで、何と幸せなことでしょう。穏やかで落ち着きのある高貴な香りの向こう側にあるその人の真心が嗅覚を通り越して心にじかに染み渡りますの。これを幸せと呼ばずして何と形容出来ましょう。


「はいよ」

 その手が好き。細く、長く、美しく、そして、セクシーですわ。

「あ、あ、ありがとうございます」

 カップに注がれると、また、香りは姿を変えますの。私の為に注がれ、私の為に存在し、そして、私に味わわれることを心待ちにしている。近くに寄せて、直に香りを楽しめる。独り占めが出来るのですわ。

「どう!?」

 そんなに見つめられると恥ずかしいですわ。

「そうですわね、静かに染み渡る優しい香り・・・」

 少しだけ口に含ませ、舌の上で転がし堪能しますの。

「お口に含んだ途端に引き込まれる強い主張が心地よい刺激となって包んでくれますわ」

 素晴らしいですわ。

「お、おお・・・、何か、ありがとう」

 いけないわ、あやか、困らせてしまいましたわ。

「とても美味しかったですわ」

「おう、それは良かった」


 言葉遣いやたち振る舞いは雑で乱暴に見えるかもしれませんが、彼の仕事は研ぎ澄まされた繊細さと真心があって成せるもの。私には分かりますの、その繊細さ、誠実さ、懐の深さ、人としての大きさが。必ず貴方を振り向かせて見せますわ。


「しかし、サボリとはね」

「あら、私そんなに固い女に見えまして?」

 思い立ったら何とやらですわ。燃え盛るあやかの心は一度火がついたら手がつけられないのよ。

「まあ、抜けてるとこ結構あるしな」

 そ、そんなことありませんわ。

「思い込みとか物忘れとか激しそうだし」

 そ、そ、そんなことは、さきさんもおっしゃっていたような気もしますが、ありませんわ。断じて。

「まあ、それも、多分、良いところなんだけどな」

 喜んで良いのか微妙なところですわね。

 いけませんわ、このままでは相手のペース、ここは話題を変えて反撃ですわ。

「良い曲ですわね」

 店の雰囲気に合った落ち着いた、しかし、少し不思議な音楽がかかっていますの。クラシックのような感じなのですけど、何か現代的、と言うよりは若者的(?)とでも言いましょうかか。雑で勢い任せで、『こう言うのを作ってみたかった、こんな曲が世の中には足りていない』と言った攻撃的で飢えたようなものをそれとなく感じさせる未熟で荒々しいものが見え隠れしますわ。人によって評価が分かれるでしょうが、私は嫌いではありませんわ。

「そりゃ、あいつが喜ぶな」

「まあ、お知り合いでしたの?」

「まあ、腐れ縁かな。暇だったら、来週あいつの演奏聞いてやってくれないかな」

「ええ是非・・・」

 でも私が聴きたいのは、

「でも」

 そう、私が聴きたいのは、

「ああ、ごめん、無理して行かなくてもいいから」

 そうではなくて、私が聴きたいのは、

「いえ、そう言うわけでは」

「そう?じゃあ、まあ、暇だったら」

 私は私は貴方の

「ライブはやりませんの?」

「え、あ、俺の?」

 そうですわ。そうですの。そうに決まっていますわ。


 僅かな沈黙。

 曇る表情。

 澱む空気。


「私が聴きたいのは・・・」

「いや、俺は暫く予定入ってないよ」

 話を終わらそうと主張するような言い草。こんなことで引き下がったりするとでもお思いなのでしょうか。

「何でですの?

 新しい曲でも作っていらっしゃるの?」

 それならば納得ですわ。

「いや、そんなんじゃねぇけど」

「ならどうして?」

 踏み込みますわ。斬り込みますわ。殴り込みますわ。

「まあ、いいじゃん、俺アマチュアだし」

「練習量はアマチュアではなくてよ」

 貴方がどれほど練習熱心で、音楽を愛していらっしゃるかはよ〜く存じておりますわ。

「そりゃプロでもアマでも人に聴いてもらうとなればそれなりにしておくのは当然だろ。音はそこにいるだけで聴こえてしまうものだ。下手な音楽でもそこにいるだけで、有無を言わさず、聴かされてしまうものだ。だから、誰かに向けて発した時点で聞き苦しくないようなものであることは最低限必要なものであると俺は思ってる。最低限である以上プロもアマもないんだよ」

 そんなところが素敵ですわ。そして、そう言うところがプロだと私は思いますの。

「だと、思ってる」

 その通りですわ。

「では、アマチュアで良いですわ、私にお聴かせ下さいませんか」

 プロでもアマでもその圧倒的な音撃に心を打ち抜かれれば誰もが納得せざる負えないのですわ。

「まあ、その、ちょっと」

「何ですの!!」

 はっきり仰って下さいまし。

「俺の曲は聴いてもらうためのものではないからだ」

 どういうことですの?

「音楽は言葉や国境を超えて人と人とを結びつける・・・」

 そうですわ。

「なんて俺は思ってはいない。

 否、そう言う音楽もあるともいえるだろうし、悪くはないと思っているが、俺の考える音楽は、少なくとも俺が思い、俺が創り、俺が発しようとする音楽は、俺が俺の欠けている部分を満たすためのもので、伝えるためのものではない。大体、音楽にそういうものを求めること、あるいは、音楽が何やら人と人を結びつけるものと考えること自体に俺は否定的な立場をとる。ただ退屈しのぎで、ちょっと酔っていたいってだけのことだ」

「そんなこと・・・」

 ありませんわ。ありませんわ。ありませんわ。

「少なくとも俺のやりたい音楽はそういう性格のものだ。そもそも人に聴いてもらうというたものではない」

 どうして、私がこんなにも求めているのに。私がこんなにも心動かされたというのに。私がこんなにもこんなにも・・・。

「では、私の感動はどこへ行けばいいのですの!?」

「嬉しい言葉ではあるけれども、それは同時に、俺を孤独にし、苦しめる言葉でもある。俺の音楽はそういう性格のものだ」

「そんなこと」

 でも、ご本人がそうおっしゃっているんですもの・・・。そう言う音楽のあり方も考えられなくないのでしょうか。


 でも、嫌ですわ。

 正当な理由なんてありません。

 身勝手な事は承知していますわ。

 

 それでも、認めませんわ!

 絶対、認めませんわ!!

 何が何でも、認めませんわ!!!

 

「そんなの嫌ですわ!」

 全うな理由がない分、語調を強め心を震わすことしか出来ませんの。何て私は卑しいのでしょう。ああ、こんな自分がいやになりますわ。

 それでも私は!

「私は、貴方のお声が」

 その人は勝手なことを言う私を、乱暴な主張をする私を、一杯一杯な私を、何と申しましょうか、ただただ見つめていらっしゃいますの。

「だって私は、私は、私は」

 声を震わせ、音を立てて手をつき、ひどく醜い私は、貴方の目にどう映っていたのでしょうか。

「だって、そんなの」

 私には耐えられませんわ。

「ごめん」

 謝らないで下さいませ。

「いや、驚いた」

 驚かせて申し訳ありませんわ。

「何ていうか」

 何でしょう?

「今日暇?」

 え!?


 こうして私はなぜだか佐橋浩二様のお誘いを受けることができましたの。理由は良く分かりませんが、あやかはやりましたわ。


 ここからが勝負ですわ!

 行きますわよ!!

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