子 子夏に謂いて曰く 汝君子儒と為れ、小人儒と為る無かれ
馬車の中からは街が見えた。
「中世ヨーロッパみたいな街だな」
ここまで言ったところで親友の宗像の言葉を思い出す。
ある日のことだ。俺は宗像に中世ヨーロッパ風の街にいる夢を見たと話した。そして宗像に夢の光景を語ったのだが
「すまないがそれは中世ヨーロッパではないよ」
開口一番がそれであった。
「えっ……」
戸惑う自分に、夢のどこがおかしかったのか懇切丁寧に教えてくれた。人々の食べてる飯から着てる衣装、また道の舗装についてまで全て中世ヨーロッパとかけ離れていた。
それ以来自分の歴史に対する浅学さを恥じて勉強するようになったのに…… それをすっかり忘れていた。
「やっぱ訂正、近代ヨーロッパと中世ヨーロッパをごっちゃに混ぜ込んだような町並み」
これでいいはずだ、うん。もし宗像君が異世界にやってきてこの街を見たとしても同じことを言うだろう。まあそんなこと絶対にないと思うが。
「起きましたか先輩、ムニャムニャ」
顔回だ。今起きたらしくこちらを眠そうに見ている。どうやら自分が寝てる間に着替えたのかワンピースを着ているのだが可愛い。まるで絵の中から出てきたようだ。
「エクセレント!! そのワンピースグッド!!」
思わず叫んでしまう。
「先輩大丈夫ですか? よっぽど眠れなかったのですね」
「いや確かに僕は蕎麦殻の枕じゃないとよく眠れないんだけど、そんなことはどうでも、ここはどこ?」
「はい、私達は今城へ向かってます。そろそろ首都ポナツガガプンスカですね」
顔回がそこまで言うと目の前で馬車を運転している男がこちらを振り返る。あの時の執事だ。また、他にもう1人の男が乗っている。
「あっあああの時などうも、えっと八王子です」
「お気に召さらず、あなたのことは先程顔回殿に聞きました。 それにしても趣味のカワウソ狩りをしていたお嬢様に出会えるとは本当に幸運でしたね、異世界からの訪問者は皆何か幸運を持っていると聞きますが」
異世界から来たとバレている、何故言葉が通じてるかはアレとして。城へ連れてかれて何をされるのかひょっとしたら解剖とか!?
「チョッチガ、ワタシソンナンジャナイヨ。 ナニイッテルカワーカラナイー」
「誤魔化せませんよ、その服は確か学生服というものでしょう? 異世界から来た人がたまに着ているものですので、一目でピンときました。 なーに何も変なことはしません。 ただ異世界から来た人は真っ先に王に挨拶しにいくのが習わしなんです」
とりあえず命の心配はなさそうだ。ここで顔回も語り出す。
「首都に入ったようですね、さすが首都すっごく栄えてますね」
顔回は目を輝かせて言う。こんなに人が沢山いるところを見たことがないのだろう。
「思えばこっちに来てから山の中でずっと野宿してきたわけだもんなぁ」
一晩とはいえ野宿は体に堪えるものだ。
外を見る。道路が舗装されている。また住民達も服や体型を見るに生活レベルが大きく上がってるみたいだ。
「えっと聞き忘れたんだけどあなたの名前は? それと一緒にいた女の子は城に行ったらいますかね、1度お礼を言いたいんです」
「はい、私も自己紹介を忘れておりました。 私の名前はパララ・リラリラ・ラパパッチ、長いのでラパパッチと呼んでください。 そして第一王女カエデ様の執事であります。 カエデ様は城におります、あなたのことをたいそう気に入っておりました」
たいそう気に入っている!? それはどういうことだ。男子高校生特有のいや童貞特有の妄想が爆発する。
あの子は王女だったのか別嬪さんだったな、いや待てよもしその子と結婚したら俺は王?
いやー困るな学校もあるしここは丁重に結婚を断りまずはお付き合いから始めよう。 うんそうしよう。
ふと顔回の方を見る。ひょっとしたら自分が他の女の子を考えてるのを見て嫉妬してるかもしれない、頬をぷぅっと膨らませて私だけを見ていてとか言うかもしれない。
そんな姿を見たら可愛いすぎてショック死は免れない。
そう思い顔回の方を見たがそんなことはなかった。むしろ窓の外の光景を見てはしゃいでた。これはこれで可愛いぞ。
「ここから降りてもらいます。ここから先は馬車は通行禁止ですから」
ラパパッチさんの言葉で我に返る。
「あっはい了解です」
自分とラパパッチさんと顔回は馬車から降りる、そして馬車に乗っていたもう1人の男は馬車を運転しもと来た道を引き返していった。ラパパッチさんはここで待つようにいってから近くの店に入っていった。
「すげぇなここが異世界の街か……」
周りを見る、猫耳のようなものが付いてる人や耳がやたら尖ってる人やら明らかに人間ではないような人があちこちを歩いていた。
人間ではない人というのは変な話だが現状そうとしか形容できない。また、皆奇妙なことに手のひらサイズの板のようなものを持って歩いている。
中には歩きながらその板をのぞきこんでる者もいてそのせいで歩き方がおぼつかない者もいた。
「板については後で聞くとしてこの人達って人間なの?」
「あれは獣人とエルフですね」
ほうそんなのもいるのか、いや異世界だから何でもありと言えばありなのだが、こちらの世界でファンタジー小説などに出てくる種族がこちらにいると聞いて少し心が踊った。
「じゃああれはあれは」
目の前にいる人型のトカゲのような生き物をバレないようにこっそり指さす。
「あれはリザードマンですね、略してこの世界の人間はリザードンと呼んでます」
目の前にいるやたら首が長い人をこっそり指さす。
「あれはやたら首が長いだけのただの人ですね」
なるほど言われてみれば自分の住んでる街にもあれくらい首の長い人はたまに見かける。
「顔回は本当に知恵者っていうか何でも知ってるんだなぁ」
「私が生まれる際にこの世界についての一般常識や世界情勢、言語や歴史学、魔術など様々な先輩をサポートするのに必須な知識がインストールされてますから、とはいえ」
顔回はえへんと誇らしげな顔をする。
「とはいえ?」
「知識があるだけで何事も体験するのは初めてなので新鮮な気持ちで楽しいです」
顔回は笑顔を見せる。
少し時間が経ってから思い付いた疑問を口に出す。
「なあ前々からの疑問なんだけどさ、俺ってどうして言葉通じてるの? 異世界の公用語が日本語とは思えないし、それに昨日から会話に割と外来語というかカタカナ語も混ぜてるんだけど通じてるし」
「あーそれはですね、エグゼクティブ様の計らいですね。 言語の壁の破壊という術がかけられてるんです」
「ちょっ待っそれを能動的に使う方法教えてくれないか、英語のテストで無双できるじゃないか。 いやなくても無双できるんだけどね、『力』を使いたくないんだよ。 あれはテストにではなく『世界』へ行使する技ゆえね」
「あれはエグゼクティブ様の権能ですからね、先輩には無理です」
そう言われても完全に諦めきれるものでもない。
「俺早口言葉得意だし、それに地元ののど自慢大会で二位入賞したこともあるんだ。 詠唱は得意なはずだ」
「そういうんじゃないんですよ、権能やギフトっていうのは詠唱とか特別な儀式とかがいらないただ念じるだけで異能が起こせる能力なんです」
顔回は笑って付け加える。
「まあもっとも先輩は力があるらしいので権能なんて要らないでしょうが」
俺の扱い上手くなったなぁと思う。ところで一つの言葉が突っかかる。
「ギフト?」
顔回はあっという顔をする。まるで言ったらまずい何かを言ってしまったかのように……
「ギフトって何のことか教えてくれよ」
顔回は諦めたかのように言う。
「ギフトっていうのは異世界からの訪問者に与えるられる廉価版の権能ですね、起こせることは小さいですが限りなく権能に近い能力です」
「おーそんな凄いものがあるのか!! で俺のギフトは?」
「それはーー」
顔回は目を逸らして言った。
「私です」