子曰く 兵を去れ。
「灼熱の風よ、天地全てを焼き焦がせ」
一人の男の詠唱と共に強力な熱波が発生する、そしてそれは敵の影の巨人を焦がしていく。
「俺もいくぜ、ミネルヴァのフクロウは黄昏の空を飛翔す」
別の男の肩にはフクロウが止まっていた、そしてそのフクロウは飛翔し敵陣に突っ込んでいき、敵を食いちぎっていった。
「なんだよ、これ」
「権能だ、これは魔術でも物理でもない権能の域に達している」
皆が驚いているが、それでもそれに気を取られてられない。敵は影のワイバーンだ。気を抜いているとブレスでお陀仏な上、こちらの攻撃も当てづらいのだ。
「俺達はこの世界に来るに当たって全員権能を付与されました」
先ほど宗像と名乗った男が言う。
「そうか事情は分かってるな? 敵は百万心してかかれよ」
カトモンの声に男達は応と返事した。
一方、壁上にも一人の男がやって来ていた。出席番号17番佐野だった。
佐野は敵陣を観察していた。
「お前は戦わなくていいのか? 下でお前の仲間らが戦ってるのだが」
壁上にいた王は佐野に尋ねる。
「そうしたいのも山々何ですが僕の権能はちょっとあそこでは撃てないもので」
「なるほど、遠距離攻撃向けなのか」
「いや…… そうじゃなくて、全体が俯瞰できる位置じゃないと巻き込んでしまうんですよ、味方を」
「!!」
佐野は息を吸い込むと詠唱を始めた。
「我が心の故郷、何度引っ越そうとも何度袂を分とうとも決して忘れず。 光り輝く栄冠の道、その全ては我が故郷さいたまへ通ずる。 」
「この詠唱は……」
「オーオーオーさいたまさいたまカモンカモン、オーオーオーさいたまさいたまカモンカモン。 今こそ召喚に応じよ、希望の町さいたま」
突如上空に巨大な岩盤のようなものが出現する。
「浮遊島!? あれは一体」
「我が故郷埼玉県さいたま市をここに召喚しました、そしてそれを敵陣に落とす」
さいたまはかなりの高さから落下していく、そしてそのスピードは次々と増加していく。
やがて敵陣のど真ん中に落ちた。
「敵の首級を殺ったみたいですね、敵も被害甚大雑と見て十万は潰したんじゃないかな」
「何じゃと…… 孟子をこんな呆気なく」
王は驚愕していた、今までの異世界人とは格が違う。
一方、地上部隊も必死に戦っていた。
「特別に音楽部員のこの俺の演奏を聞かせてやろう、感動して咽び泣くといい」
そう言うと丹生はバイオリンを取り出す。
「死重奏」
音が波状に広がると同時に敵の龍の死体も波状に広がっていく。
周りを見渡すとあちこちで戦闘が行われていた。クラスメイト達はもちろんのこと、この世界に元々いた住民達も奮闘している。
しかしあまりにも数は多かった。
「なあここには百万の敵がいると聞いてきたんだが」
そうワタリービに疑問を投げかけたのは遊佐だ、彼の権能は気配察知だ。
そして彼はその権能を使ってある疑問に至った。
「明らかに気配が少ないんだよ、これ30万もいないんじゃないのか」
「どういう事だ、30万もいないってどうして分かるんだ?」
「俺の権能が教えてくれるとしか言えないな」
ワタリービは考える、もはや伏兵がいるのか? いやそんなはずはそう思い、上を見上げた時。
「!!!!」
「どうしたんだ」
「えっと君、遊佐君って言ったよね。 君の読みは当たりみたいだ、僕は急いで首都へ戻る。 顔回君と八王子君は何処へ」
「顔回ちゃんは死にました、そして八王子は今首都の中央公園の所で塞ぎ込んでます。 彼はそっとしておいて下さい、立ち直るには時間がいるんです」
「悪いがそういう訳にはいかない、時は一刻を争うのでね。 では」
ワタリービは自らを転移魔術をかけ転送する。
「凄い人だなぁ」
そう遊佐が思ったその時、後ろから飛来してきたブレスに撃たれてしまう。
「みんなお先に…… 俺は元の世界に帰るぜ」
遊佐は食らう直前のベイルアウトで事なきを得た。
首都中央の公園では、八王子秀がブランコに乗って塞ぎ込んでいた。
「顔回……」
彼女との思い出が全て蘇ってくる。
彼女に初めて助けられた時、彼女に初めて先輩と呼ばれた時、車にはしゃぐ彼女を見た時etc
全て大事な思い出だった。なのにそんな彼女はもういない。
死んだのではないと思う、けれどもゲートを俺達がくぐり抜けた時振り返ると顔回がいなかったのだ。
世界の修正力とやらで崩壊しつつあるゲートを維持するのだけで大変な力が必要だったのだろう。さらに俺達全員に権能を付与したんだ。
普通に考えたら消滅したと考えるのが妥当だが、生きてる可能性もある俺の世界に取り残されたのかもしれない。いや、顔回が死ぬものか。
「やあここにいたんだ八王子君」
ワタリービがこちらに話しかけてきた、彼は壁で戦っているはずだ。何をしているのか?
「……」
「君の力が必要なんだ、上を見上げてくれ」
ワタリービの言葉に上を見上げる。そこには
「飛行船……!?」
「ああ飛行船だ、だがあれは普通の飛行船ではない。 影を動力にして走る飛行船だ」
「そんなものが」
「そしてこれが大事なんだが、恐らくあの飛行船は影の巨人60万体分の影を積んでいる」
「はぁ!?」
思わず声が出る、何だってこいつは何と言った?
「そのうち動力に使ってるのは僅かだというのを考えて、恐らくその60万体分のうちほとんどを攻撃に使うのだろう」
「そんなことが……」
「あるんだよ、そして今飛行船は首都中央部。この世界のマナ生成口の上空へ向かおうとしている」
「そんな所に上から落とされたら」
「ああこの世界は完全に消滅する、壁での戦闘の結果など関係なしにね」
そうだったのか、でももう俺には駄目だ。立ち向かう力が、いや権利がない。
俺は彼女を死なせたのだ。
「顔回君があっさり死ぬとは考えられない、何かを残しているはずだ」
「何かを?」
そう言いながらポケットを漁ってみた。
「何だこれ」
そこには手のひらサイズの小箱が入っていた。




