子曰く 過ちて改めざる、是れを過ちと謂う
「あーここ三重県なんですか」
異世界へようこそだって? いやそんなはずはない、何かの間違いのはずだ。
伊勢へようこそか。
なるほど全て納得した、どうやらここは三重県らしい。
薄々気付いていた。さっき落下する時一つも高い建物がなかったのだ。それは三重県の田舎だったからだろう。
おそらく先程道で会った男は三重県の観光大使のはずである。影の薄い三重県の現状を憂いた彼は自分を三重県に連れてきた。そしてスカイダイビングを楽しませ三重県の魅力に触れさせた後家に帰らせる。
そうなればきっと家族や友人とともに再び三重旅行に来るだろう。それが目的だ。
そう考えると全て納得がいく。
「合格だよ、この我をここまで愉しませるとは貴様の手腕少しは認めてやるとするか」
そう独り言をしようとしたとき、目の前の少女が語り出した。
「えっと……すみませんが何かを勘違いしてるようで。ここはマスターの住む世界とは違う世界となってるんです。 つまり異世界という奴です」
え? 一瞬戸惑ったが再び理解する。彼女も同じ穴のムジナなのだろう。中二病、それは永久に治らぬ不治の病にして精神を蝕む呪いである。
彼女が現実を見れるまでしばらくほっておいて周りを探索するとしよう。
近くの茂みに入ってみる。そこにはいわゆる獣道ができていた。
「いいねぇ自然と触れ合うこの感覚、魔獣猟師だった前世が思い浮かぶわ」
その時、茂みからゴソゴソと音がした。
猪か?熊か?緊張が走る。
しかし茂みから出てきたのは化物であった。
豚のような顔に、人間それも筋骨隆々な裸同然の肉体。おまけに棍棒のようなものを持っている。
一瞬焦ったが、すぐに理解した。これは着ぐるみだと。
おそらくここは三重県のなんらかのテーマパーク、この化物達はみなそこのマスコットキャラクターなのだろう。粋な真似をするものだ。
「写真撮影できますか?」
質問をしてみる。しかし返ってきた返事はフゴーフゴーという鼻息のようなものだった。どうやら彼らは完全に役になりきっているらしい。
着ぐるみの一人が棍棒を振り上げる。あれが三脚になるのかなぁなんて思っていたその時!
後方から矢が飛んできて目の前の着ぐるみの一つに刺さった。そして鈍い音を立てながら着ぐるみの1人が倒れる。周りにいた着ぐるみ達は動揺した表情で後ずさりする。
「あなた馬鹿なの? ここはオークらの群生地なのよ」
振り返るとそこには馬に乗った見知らぬ女の子がこちらを見て怒鳴っていた。傍らには執事のような者もいる。
燃えるような赤い長い髪、スラリとした体型、真っ白な肌、そして着ている服は黄色と赤を基調としたドレスのようなものだった。
少なくとも日本人ではなさそうだ。この子はテーマパークの外国人観光客か。相当な美人さんだ。
「全く私がいなきゃ命がなかったんだからね、感謝しなさいよ」
オークら?大蔵、もしや彼らは!!
またしても頭の中で回路が繋がった。彼らは大蔵省の官僚だ。
おそらくこの三重県のテーマパークは日本の経済に大きな影響を与えるものになるのだろう。訪日外国人も増え、まさにバブル崩壊後の日本を救う救世主となるのだ。そして大蔵省の官僚が自ら着ぐるみで自らPRをしていたのだ。
自分の将来の夢は国家公務員だ。おそらくここにいる大蔵省官僚らは国家公務員1種を受かったエリートに違いない。尊敬すべき対象に出会ったわけだしとりあえず手を合わせ深くお辞儀をする。
「ふーん、亡くなったオークの追悼ね、感心だわ」
後ろで少女が何か言ってるが気にしない。
その時、鬼気迫る表情でもう一人の着ぐるみがこちらに近寄ってきた。
「まずい、矢を絞るのが間に合わないっ」
ぶつかって吹き飛ばされる。相手のオークの体は非常に硬かった。まさかこれは着ぐるみではないのか?
後方に吹き飛ばされる。強烈な痛みと共に視界が歪む。
再び死を覚悟する、どうやら奴らは仲間が殺され怒っているみたいだ。今にも襲いかかってくるだろう。
ドゴーーーーーーン
その時、爆音が辺りに鳴り響いた。
「マスターの命取らせはしません」
痛みを堪えて振り返るとそこには先程別れた彼女が立っていた。
もしかしてまた命を助けてくれたのか? なんていい子なんだ。でもどうやって?
「詠唱せずにこれ程の大魔術を行使するなんて……」
赤髪の少女は驚嘆の表情を浮かべていた、一方で執事は何かに気付いたかのような素振りを見せる。
一方、自分のことをマスターと呼ぶ少女は杖のようなものを持ち呪文を唱える。
「もう許しません。 これが私の全力です。 マスターに仇なす者マスターを害する者全てを祓い給え…… 最上位雷魔術ビリビリドーン」
突如杖の先から電気が発生した。その威力は凄まじく自然現象の雷にも匹敵する程であった。
飛びかかるオークの群れにヒットする、そしてそのほとんどが勢いに負けて吹き飛ばされていく。
雷の眩しさが収まり目を開けるとそこには大量のオークの焼きこげた死体が転がっていた。一撃で群れを全滅させるとは……
しかしそんな絶技を目にして自分は全く別のことを考えていた。ビリビリドーンか、センスがなさすぎる。雷霆の槌とか贅沢は言わないからせめてライトニングとかなんちゃらボルトとかそういうのを頼む。そんな馬鹿なことを思いながら意識を失ったのだった。
目を覚ます。一体自分はどれだけ眠っていたのか。
「大丈夫ですかマスター」
視界に彼女の顔が入る、どうやら彼女は膝枕をしながら目覚めない自分の看護をしてくれていたみたいだ。
彼女はこちらに優しく微笑みかけていた。ドキッとする、彼女に心が奪われていくのが分かった。
色々聞きたいこともあるが、まず初めにやらなくちゃいけないことがある。
「うっううう、疑って本当にごめんなさい。自分が異世界に来たという現実を受け止められなくて妄想が爆発してしまいました。すみませんでした。現実を受け止められなかったのは僕です……」
中高ずっと男子校だったため女の子とまともに話すのは久しぶりだ。どもってしまったがちゃんと思いを伝えられただろうか?
「いえ気にしてないですよ、それより本当に無事でよかった」
よかった。会話を続ける。
「一つ聞きたいことがあるんですけど」
「なんでしょうか」
「あなたの名前はなんて言うんでしょうか」
すると彼女の顔は少し暗くなった。