死に馬に鍼を刺す
「先輩の元いた世界のことを教えて下さい」
そう顔回は問いただしてきた。
時は数刻前に遡る。
外は大変暑く大地は干からびていた。
「暑いな」
「そうですね先輩」
顔回は同意する、本当に暑い。これはこの世界に来てからもっとも暑い日だろう。
「ったく俺がこの世界に来ていた日のことを思い出すよ」
そう口を滑らせてしまったからだ。顔回は好奇心旺盛で知識欲の高い子だ。これは一日が会話で潰れてしまうだろう。
だがまあいい彼女の喜ぶ姿が見られるのなら。
「えっと俺はその日学校の漢文の補講の帰りだったんだ」
とそこまで言ったところで顔回は首を傾げる。
「補講……ですか? でも話を聞いた限り先輩漢文が得意そうというか、凄く知識を持ってるように思えたんですが」
「ああそこから話さないとね」
かくして話すことになった、俺が異世界に来る前の話。論語にハマったその原点を。
かつて俺は漢文が苦手だった。そして、毎回のテストで赤点を取っていた。
しかしそんな時新たにうちのクラスで漢文を受け持つことになったのが、そう伯楽先生だった。
伯楽先生は本当にいい先生だった、人格者であり熱血かつウザったさもない。
桃李もの言わざれども下自ら蹊を成すとはよく言ったもので先生の周りには休み時間に人だかりが出来ていた。
彼が教えた論語についての話は心に残っており、また彼の言葉は今も支えとなっている恩師だ。
「でもそれじゃあどうして……」
「先生が変わったんだよ」
高一最後の授業、先生は俺たちに来年もまた会おうと言った。
しかしそれは叶わなかったのだ。自動車事故、それで先生は亡くなった。
「新任教師が緑川っていうクソヤローでさ」
「先輩がそこまで言うなんてよっぽどの人なんでしょうね」
「ああエコ贔屓はするし、それに奴自身伯楽先生が人気なのを知っていて先生のことをさんざん意識し、それを汚すようなマネをしてきたんだ」
「だからボイコットすることにした」
緑川の関わるありとあらゆるテストを全て白紙で出すようにしたのである。これは意地だった。
少しばかり効果はあればなと思った、毎回漢文で必ず満点を取っていた自分が白紙で出したのだから。
でも世界は何も変わらなかった。
「そして補講だよ、アホみたいだろ」
「はい、先輩はアホですね」
「おいちょっと顔回!?」
「ですが……」
顔回は溜めてから言う。
「先輩は先生のことが本当に好きだったんですね」
ああそうだ。そのとおりだ。
「いつかまた会えるかな」
「だったらいいですね」
一方、その頃、世界の片隅でエグゼクティブは王城の様子を水晶で覗きんでいた。
「うーん、やはりその伯楽先生とやらは亡くなっているのかぁ」
「おかしいな、僕の悪夢魔術は死んでいる人を絶対に出すことはないのに」
「だってそうだろ? 生きてる人間が自殺する幻覚を見せるから意味があるのであって、既に死んでいる人間の幻覚を見せたところでぶっちゃけ意味は無い」
「それこそ相手を怒らせるだけさ、彼のようにね」
エグゼクティブは首を傾げる。
「まあいい、その先生が生きていようが生きてまいがこっちには関係ないわけだしね」
そう言うとエグゼクティブはもう一方の水晶を覗き込み言った。そこにはメガネをかけた男が映っている。
「奴らを欺けるのも時間の問題だ、頼むぜ闇斎君」




