前門の虎、後門の狼
王との面会が終わったその次の日、俺はあることに気付いた。
「荷物は!?」
そう異世界に来た時に持っていた荷物がどっかへ行ってしまったのだ。
どこへ行ったのか。
「それなら検疫所に置いてありますよ」
シロは言う。検疫所とはなんのことか。
「この世界に変なウイルスが持ち込まれてないか検査しているんです」
「そうかこの世界では既にウイルスの存在が明らかになってるのか」
確かこちらの世界では1647年にオランダの科学者が細菌を発見したのが、初めてだったはずだ。この世界の科学力は1640年代のオランダに匹敵するのか!?
「はい、荷物は全て中身を見られ必要があれば破棄されます」
「ふーんなるほど、って」
荷物が全て見られるってことはまさか、あの同人誌が見られてしまうのか。
クラスメイトの琉背筋原から貰った同人誌、そう彼も補講を受けていたのだが、補講の休み時間中に彼から試し読みしてくれと貰ったものだ。そして、それはケモノロリ系のものだ、獣人のシロに見せたら悪い影響を与えるかもしれない。
というか自分の趣味が明らかにされるのは死ぬほど恥ずかしい。
「その検査って防げないの?」
「王様の直々の命令ですから不可能です」
そんな…… このままでは俺が社会的に消されるのは時間的な問題である。
シロは部屋に帰っていた。そして、顔回と俺だけが残った。
「荷物を取り返しにいくぞ」
「それは禁じられているはずです、犯罪になってしまいますよ」
「えーー」
「先輩はただでさえこの前の件で死刑になりそうだったのに…… 厄介事を起こすなんて」
確かに顔回の言ってることは確かだ。だけど、俺は琉背筋原君に約束したんだ、試し読みは俺以外に誰にも見せないと……
さらに、あの本はケモノロリもの、こんなものがこの世界で流行ったら世界は大変なことになる、何しろこの世界には沢山の獣人やらがいるのだ。
「ふーーーーーーっ、顔回よ。 俺は『世界』を救う、友との『約束』も果たす、その為には全てを敵に回すこともある」
俺は息を吸いながら言う、顔回は目を輝かやかせている。
「世界のためにですか!! 先輩さすがです、私も協力させて下さい」
なんていうちょろインか。
「この前貰った地図によると検疫所はこの先にあるらしい」
そして、角を曲がると誰かにぶつかった。
「いててて気をつけろよ」
ズキュエイマーだった。
「四天王第一席ズキュエイマーにぶつかるとはいい覚悟じゃあないか」
ズキュエイマーは怒っているようだが、自分を見た途端怒りが収まったらしい。
「よお兄弟、お前かよ」
あの事件以来、ズキュエイマーはこちらに対して凄く馴れ馴れしく接している。その時、こいつが第一席だということを知って驚いた。こういう脳筋タイプは普通三席辺りだろ、と。
「ズキュエイマーさんは何をしにここへ?」
「検疫所を襲撃だ。 俺のハンマーで未知の魔獣を殴ったら変な汁が飛び出てきてかかっちまったんだよ、解析待ちだとよ」
さらっというなこの人……
「それって……」
犯罪ですよねと言おうとしたところで止めた。ここは協力関係を結ぼう。
「実は僕も検疫所に泥棒しようと思ってて」
「それは犯罪だぞ、兄弟」
お前が言うなよ。まあこうしてズキュエイマーがパーティに加わった。
「さて、目の前に来た。 作戦は前に告げたとおりで、今の時間検疫所はシフト的に誰も中にいません、ですからロックを顔回の魔法で解除し侵入、そして偽物にすり替えておく」
顔回は過労だが大丈夫なのか。ちなみに、同人誌の偽物はこの数学のテキストだ、これなら健全。
「先輩、始めますよ。 門よ開け ぷるぷるオープン」
懐かしいセンスだ。ビリビリどーん以来か。
「うっしゃあ開いたぞ」
さっそく中にある荷物を取り出す、同人誌回収完了そしてすり替え完了。ズキュエイマーはハンマーを取り返せたようだ。
帰るかと思った時に柔らかい何かを踏む。
「いたぁぁぁぁぁぁーーーーー」
それは尻尾だった。そう俺はシロの尻尾を踏んでしまったようだ。どうやら彼女は寝ている時にたまに寝ぼけて獣人の姿に戻るらしい。
「しまった……」
「逃げるぞ」
ズキュエイマーが叫ぶ。
「あれはズキュエイマーさんと八王子さん…… まさか泥棒ですか」
「いや違う違う俺違うよ」
「あなただけならともかくこんなデカイハンマー持ってるズキュエイマーさんが誤魔化せますか」
ああこいつを仲間にしたのは失敗だった。
シロは追ってくる、俺とズキュエイマー、そして顔回は必死に逃げ続けた。
「何だよあの速さ」
シロはまさに獣人のフィジカルを遺憾なく発揮している、だがこちらにも策はある。
「顔回頼む」
何回も頼って申し訳ないが仕方ない。顔回には加速の魔術とトラップ設置の魔術をやってもらう。
このままで逃げ切れるか。
角を曲がると、目の前に大勢の武器を持った人達が広がっていた。
「何だぁ、ありぁぁぁぁぁぁぁ」
「あれはデモ隊だな」
「デモ隊?」
この世界にもデモとかはあるのか?
「今年はトマトが豊作で、豊作貧乏になってしまったトマト農家達が政府に補助金を求めてデモをしているんだ、ほら後ろに農耕用ワイバーンがいる」
ワイバーンを農耕に使ってるのかそりゃ凄いな。
「このままではデモ隊に突っ込む、しかも後ろからはシロが」
捕まったら一巻の終わりだ。どうする?
「前門の虎、後門の狼か」
「先輩、確かにシロさんは狼ですがデモ隊は虎じゃありませんよ」
「これは故事成語だよ顔回、趙弼『評史』に出てくる有名なフレーズだ。 ってそんなこと言ってる場合じゃない」
腹を括らなくては……
「顔回爆発魔術をかけてくれ、デモ隊にでもないシロにでもない。 俺らにだ」
「えっ…… 了解です先輩」
「いくぜぇぇぇぇぇあばよシロ、俺は吹っ飛び離脱する」
自分の体が爆発と共に吹っ飛ぶのを感じる。体はデモ隊を遥かに越え高く飛翔した。これなら行ける。
「あっ……」
爆発の衝撃で同人誌がポケットから落ちていったのを感じる。それをシロは拾う。そして、ページをめくる。
「あっ」
シロは真っ赤な顔をしている、これはアカン奴だ。そう思うと同時に意識を失った。
「うーん」
目を覚ます、ここは医務室のようだ。
目の前にはシロが立っていた、獣人形態だ。
「え……」
「あの本読みました、その〜こっちの姿の方があなたは好きそうだったので」
「読んだのかアハハアハハ」
誤魔化そうとする。
「ですがあのエッチなシーンの数々あれはいけません、あんなものが市井に流れたら世界は混乱、色んな意味の革新が起きるでしょう」
同意だ。
「だから処分しました」
「なん……だと……」
落ち込む、俺は友との約束を果たせなかったわけだ。
「泣いてる…… そのすみません、勝手に捨てたりして。 そのー」
ん? 何かを言いたそうにしている。
「この姿で良ければいつでも見せますから気落ちしないで下さい、エッチなのは無理ですけど」
「この姿はみんなから獣だの動物だの揶揄されて嫌だったんですけど、あなたは全く嫌がる様子もなくむしろ好いてくれたので」
「当たり前田のクラッカー、冗談はよしこさん。 人が人に狼ってやつだよ、だから獣人大歓迎って俺の世界のエラい人も言ってた」
もしルソーがこの世界にいたら、ボコボコにされても文句は言えないだろう。
だがこれぞ、ファンタスティックビースト、異世界ファンタジーだ。
幸せな気分で二度寝に入るのだった。
後日、不法侵入と通路爆破で説教を受けることになったのは言うまでもない。




