子曰く 朋あり異世界より来たる また楽しからずや
2002年7月28日、L県F市のこの日の暑さは常軌を逸していた。
気象庁の発表によると今日の最高気温は32度、真夏日という奴だ。
「あち〜、なんだよこの暑さ…… 地球は全力で俺のこと殺しに来てるな」
暑がっている少年、彼の名前は八王子秀、16才高校二年生だ。
そんな彼は夏休みの中、漢文の補講で学校に行くことになっていた。そして今はその帰りだ。
「いや、我が成績が悪かったから補講になる。この理屈は分かるぞ…… だが」
「いくらなんでも暑すぎる、ここはサハラ砂漠か何かか?」
大声で叫んだ。
叫び声に驚いたのか近くの電線に止まっていたスズメが一斉に飛び立つ。
「畜生、漢文の緑川め…… もし“力”があれば生かしてはおけないのに」
漢文教師への怒りは抑えることのできなかった。確かに漢文で赤点を取った自分が悪い、それは把握している。
だが自分は他にも5個も赤点を取っているのだ、どうして漢文だけが補講になるのか?それが納得できなかった。
頭の中で教師を殺す妄想をする、すると楽しくなってきた。
「フハハハハハ、我は雷神の化身にしてこの世を治る者である。 我が雷霆の槌の前に貴様の体は五臓六腑その全てが飛び散るであろう」
高笑いをする。勿論、周囲の人間がいないことを確認して…
「まあ一番むかつくのはこの天気だがな、我に権力そして金があったら気象庁を支配し、天候を変えてやるというのに〜 クククその時までの命だなぁ気象庁職員どもは首を洗って待っているがよい」
笑い過ぎて少し疲れてきた。
「今こそ変革の時なり、世界は変革を求めている。しかうしてまずはこの天気を変える」
ボソッと呟く。叫ぶと余計疲れるのは先程理解した。
その時、ふと後ろから声がかけられた。
「君は世界を変革したいのか?」
「なっ……」
先程、周囲を確認したはずだ。
なのにどうしてこの声は後ろから聞こえてくるのか。
急いで振り返る、そこにはスーツを着た意識の高そうな1人の男が立っていた。
ヤバい知らない人に見られた、だが急にここで振る舞いを変えるのも凄く格好悪い。こうなったらこのまま乗り切ってやる。
「はっハハハハハ…… そうか我が命貰いに来たか、我が前世がフレイム・デス・レクイエム・マスターである以上宿命に巻き込まれるは当然の帰結。 なあに覚悟はできているさ」
再び高笑いを始めてみたものの勿論虚勢だ。内心かなり焦っている。あれだ、制服で学校名バレて苦情入れられたりしないだろうか。
「気に入ったよ君のこと、あっちへ行くといい。あそこは年中人不足だからね」
「なんのことだ、そうかあっちとは黄泉の国か。ああなるほど我を殺そうという魂胆か、だが足りぬまだ足りぬよ、我を殺さば一国の軍隊その全てを余すことなくぶつけるとよい」
は?という顔を男はする、なんとなく雰囲気で自分の言動に引いてることが伝わった。そして男は指を鳴らす、すると地面に穴が開く。
「向こうに着いたらナビコに頼ってくれ、まあリゾートだと思って楽しむといいよ、あちらとこちらの時間の流れは違うし、体が成長した分はもとの世界に戻る際に戻してあげるよ」
穴は拡大する。まるで自分を飲み込もうとしてるかのように。逃げようとするが間に合わない。
生まれて始めて死を覚悟した。やがて闇に飲み込まれて意識を失った。
どれほど時間が経過したのか分からない、時間感覚はとっくに失われていた。
体が上下前後左右あらゆる方向に投げ出される、自分が穴に落ちてるのかどこかを飛んでるのかそれすらも理解できなかった。
しばらくすると目の前が明るくなってきた。
「ここは…… ってええええええええ!!」
自分が落下していることが分かった。高度は分からない、だが少なくともパラシュートを付けないで落ちていい高さではないことはわかる。
「スカイダイビングか何かかよ、これは……」
走馬灯が目の前をよぎる。そして必死に生き残る方法を探る。
ふと眼下を見るとそこには街や村が見えた。見慣れぬ風景でどこの地域かは分からない。少なくとも地元ではないのは確かだ。高い建物は見られない。
アカン死ぬやつだこれ。自分でも驚く程に冷静だった。
その時、声が聞こえた。
「マスタァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「えっ……」
振り返るとそこには女の子がいた。彼女も自分と同じように落ちている。
彼女もまたあの男の被害者なのだろうか?
「落としはしません、本当に間に合って良かった」
女の子は嬉しそうな顔をして言った。どこか無機質だが可愛いらしい顔をしている、それこそ今までの人生で一度も見たことがないレベルの美少女だ。
これが死ぬ前に迎えに来るという天使なのか。
その瞬間、2人の加速が止まった。
「えっ止まっ、いや駄目だ」
どういうわけか加速は止まったもののいくら加速度が0になったところで既に十分なスピードが出ている、地面に激突すれば死だ。
某漫画で読んだ五接地転回法を思い浮かべ、少しでも生存確率を上げようとする。
しかし、どうにも様子がおかしい。彼女はブツブツと何かを呟いている。
「減速してる……!?」
奇妙なことに自分と彼女二人のスピードは毎秒ごとに減速していった。やがて地面に着地する。スピードは消されておりケガは一つもなかった。
すると同時に女の子も着地する。何一つ驚く素振りを見せずまるで減速することが分かっていたみたいだ。
聞きたいことは沢山あった。しかしこちらが質問しようとしたその時彼女は口を開いた。
「異世界へようこそ」
第1話 朋あり異世界より来たる また楽しからずや