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超短編ホラー

制作

作者: 青木森羅

 これは私が高校生の頃に所属していた映画研究部で起きた、ある事件の話です。




「お疲れ様です、編集どうですか?」


 私は、お昼に撮影が終わったばかりの映像を編集している先輩がいる放送室へと入る。


「ああ、佐藤か。そろそろ終わりそうだ。何とか文化祭までには間に合わせられたな、少しばかり無茶なスケジュールだったが。他のみんなは?」


 先輩に自動販売機で買ってきた無糖の缶コーヒーを手渡す。


「演劇部のみんなも含め、全員帰りましたよ」


「そうか、佐藤はいいのか?」


「ご心配なく。家が近いので大丈夫です」


「そうか」

 

 先輩の後ろにあった椅子に座って、私も買ってきた炭酸飲料を飲む。パチパチと弾ける炭酸が喉を刺激してくる。

 私がみんなと一緒に帰らなかったのには理由がある。それは私の気持ちを知っている友人のひとりに「あえて一緒に残って、先輩に送ってもらいなさいな」 そう嬉しい余計なお世話をされたから。


(作業する先輩の背中って、かっこいいな)


 そんな事をぼーっと考えていると先輩がふいに後ろを振り返った。

 急な事に私は少し驚き、


「どうしたんですか?」

 

 私は出来るだけ気持ちを悟られないように落ち着いた風で尋ねた。


「いや、なんとなく視線を感じたんだ」

 

 私が先輩を見過ぎていたのかもと思い、

 

「ごめんなさい、気になりました?」


 謝った。


「いや、大丈夫」


(びっくりした)


 私の視線から気持ちがバレたのかと思ってハラハラした。


(まぁ、バレたのならそれはそれで嬉しいんだけど)

 

 そんな事を考えてると、先輩が編集中の画面が映るモニターへと顔を近づけて、


「…ん? 誰だこれ?」

 

 声を出した。


「なんです?」


 先輩の横に立つ。

 そこには、今日撮った映画のクライマックスシーンが映っていた。そのシーンは、同じ部活に所属する後輩の女の子が片思いをする先輩へと、ずっと秘めていた思いを告白する場面。


(このシーン、さっきは感動してきちんと見れなかったんだよね)


 そこは夕焼けが綺麗な図書館で、主演の二人が演技をしていた。必死に自分の思いを語るヒロインの熱演が続く。

 けど、

 

「あれ?」


 主演の二人以外に、もう一人女の子が立っている。その子はウチの制服を着ていたが、俯き加減で顔は見えず誰かは分からない。


「先輩、こんな子いましたか?」


 先輩は顎に手を当てながら、


「いや、ここには誰も居なかったはずだ。室内もだけど、窓の外にいた生徒にも声をかけて、カメラに映らない位置へと移動してもらってたしな。佐藤は見覚えあるか?」


「いえ」


 その女の子を見てなんとなく違和感を覚えた、だけどその違和感の正体がなんなのかは考えても分からなかった。

 けど先輩は特に気にならなかったらしく、パソコンを操作する手を止めて、


「仕方ないな、また撮り直すか。期限はギリギリだけど間に合わない事はないだろ」


 そう言って溜息をついた。


「そうですね。けど、コレはもったいないですね」


「まあな」


 先輩は落胆した声を発した後、ひと口だけコーヒーを飲んだ。


「佐藤、俺ちょっとトイレに行ってくるわ。荷物を見ててくれ」


「はい、分かりました」


 先輩が出て行く。

 手持ち無沙汰になった私はその場にあった台本を手に取って見る。その台本は先輩のものらしく、赤いペンで様々な書きこみがしてあった。私は最初のページから台本を流し見る。今回の映画は今の私に凄く刺さる内容だった。

 主人公の女の子が転校してきた学校で出会った先輩に恋をするというのがメインのストーリーで、その間に主人公がいじめにあったり、恋のライバルが出たりと色々な障害があるけど、最後にはハッピーエンドで終わるという内容だった。


「私も、ハッピーエンドだったらいいんだけどな」


 そんな事を呟きつつ、編集中の画面を見る。


(それにしてもこの子は誰だろう? 校内で見た事ないし)


 一階の図書室、綺麗な夕日に照らされた二人の影が幻想的な雰囲気を作っていた。

 机を挟んで本棚の方を見ているの先輩の背に、勇気を出して告白するヒロイン。その様子を廊下側から窓を背景にする様に撮られている。

 その二人の真ん中辺り、窓の向こう側に問題の顔を伏せた女の子がいる。


(明日も夕焼けだったら、近い画が撮れて良いんだけど)


 そんな事を考えていると、ガチャリと扉が開いた。


「さて。あと、もう少しで編集の大半は終わりだな」


 先輩しみじみと言いながらは椅子に戻る。


(この映画が終わったら先輩もとうとう引退か……)


 ふと、切なさが溢れてきた。

 その今にも押しつぶされてしまいそうな胸の痛みに、堪らず「先輩!」 そう叫びそうになった時、


「あれ?」


 先輩は再度つぶやいた。


「なあ、佐藤。パソコン、なんかいじったか?」


 私は先輩に言われたことの意味が分からなかった。


「どうしたんですか?」


「いや……さっきより近づいてないか、この子?」


 先輩に言われて画面を見るが、私には先輩の言っている違いが判らなかった。


「いえ、触ってないですよ」


「それなら俺の勘違いか……うーん。だけど、さっきよりカメラに近づいている気がするんだよな」


 先輩は腕を組みながら考えている。

 私は画面に俯いて映る少女を見て、謎の寒気を感じた。


「先輩、変な事を言わないで下さいよ。それじゃまるで、この子が幽霊みたいじゃないですか」


 先輩はこちらを振り向いて、


「ごめんごめん。佐藤はこういうの苦手だったのか?」


 茶化すように笑って言った。


「幽霊が得意な女子なんていませんよ」


 先輩はまだ笑っていた。


「もう! 笑わないで下さいよ」


「ごめんって。けど、この学校に怪談なんてあったかな? 聞いた事もないけど」


 私が首を横に振ると先輩は「だよな」 と話し、編集の続きをする為に画面へと目を向けた。


「えっ!? なんだよこれ?」


 彼は大きな声を出した。


「なんです?」


 先輩の横から編集画面を見ると、


「近づいてる……」


 画面の中の女生徒は図書室の窓際、頭が触れそうな程に近い場所に立っていた。さっきまではもっと奥の方、グラウンドにいたはずなのに……確実に近づいてきている。


「先輩!」


 とっさに先輩の腕に掴まった。


「大丈夫だ」


 先輩はそう呟いて、編集用のパソコンの電源を切った。パソコンは即座に消え、画面は真っ暗になる。


「良かった……」


 私の口から無意識に声が漏れた。


「ああ……そうだな。明日、先生に相談しよう。とりあえず今日は帰ろう」


 そう言って先輩はそそくさと自分の荷物を整理し始めた。私も先輩にならって帰る支度をする。


 プチッ。


 何かの電源がつく音が聞こえた。


「えっ?」


 その音のした方を見ると、パソコンの電源がついていた。


「先輩? またつけたんですか?」


 私に背を向けていた先輩が振り向く、その顔は真っ白になっていた。

 先輩は顔を横に振る。


「えっ?」


 私は固まる。


 じゃあ、なんでついたの?


 そう言おうとしたが声が出なかった、画面に映る女生徒が目に留まったから。その子は二人の間に立っている。そう、図書室の中に入って来ていた。

 その時にようやく、初めに見た時に感じた違和感の正体が分かった。それは彼女の着ている制服がウチの学校の指定された制服とは細部が違う事だ、もしかしたら今のではなく古い型なのかもしれない。

 私と先輩は目を合わせ、何も言わずにそのままドアノブに手をかけた。部屋のドアを開けて走り出す、ドタドタと走る足音が静まり返った廊下に響く。

 けど、その足音はひとつだけ。自分の足音しか鳴っていない。


「先輩!?」


 恐る恐る、振り向く。

 先輩が体半分だけを放送室から出して、その場で立ち止まっていた。


「先輩、早く来てください!」


 私は叫んだ。しかし、先輩は答えなかった。

 いや、答えられないみたいだった。その口には細く長い指を持つ手、女性の手が絡まっていた。それは先輩を逃がさないように、顔に指の肉が食い込むほど強く抑えつけていた。


「先輩!」


 先輩はもがいて女の手の拘束からかろうじて抜け、


「早く逃げろ!」


 そう叫んだ。

 先輩の背後には絶対に逃がしはしないというかのように、放送室の中から伸びる手が再度迫っている。


「けど……」


「いいから行け!」


 必死の形相で叫ぶ先輩のその声に私は走った。


 三階。

 二階。

 一階。

 階段を駆け下りて、玄関へと一直線に走る。


「はぁはぁはぁ」


 息を切らしながら走り、玄関の扉に手を伸ばした。


 ガチャリと扉が開く。


(よかった、助かった……!)


 扉から一歩、踏み出した瞬間。


 誰かに肩を掴まれた。



 私の友人であり、同じ部活に所属する佐藤美樹は、学校の玄関で倒れていたのを早番の先生が発見したそうです。

 部長は何処に行ったのかいまだに分からないらしく、行方不明者として扱われたと後日新聞で報道されてました。


 美樹の病室に行った時に泣きながら喋る彼女からこの話を聞き、私はすぐに部活を辞めました。


※※※


「こんな感じになったんですが、どうですかね?」


 今しがた出来上がったばかりの映像をプロデューサーの木下さんに見せた。


「うーん。若干インパクトに欠ける感があるが、まぁいいだろう。これで今回のドラマパートは完成したんだな?」


 今回の夏特番は心霊番組をやる事になっていて、投稿映像系の間にドラマパートを差し込む形式で作っていた。


「ええ、今回のはこれで全部終わりですね。ようやく帰れるなぁ」


「おいおい新渡戸にとべ、まだ終わってないだろ。全体の頭と終わりの映像作んないと」


「分かってますよ」


「それじゃ頼むわ、俺は帰るけどな」


 その言い方、わざとらしいわ。


「はい、お疲れ様です」


 プロデューサーが編集室を出て行く。


「ったく、木下さんはいつも口だけだからな。たまには自分でやれってのに」


 温くなったコーヒーに手を伸ばす。

 

「うえっ……」


 変に沈殿していて、マズくなっていた。


(それにしても、さっきの心霊話って少しだけど今の状況に似てるな)


 映像の編集中で、二人しかいない……そう考えた途端、なんとなく後ろに視線を感じた。

 座っていた回転チェアーごと後ろを振り向く。

 

 だが、そこには当然のように編集室の壁以外、目に映る物は無かった。

 心霊系をやっているとこの手の感覚に襲われる事は、ままある事だと大して気にはしなかった。

 

 ※


(それにしても新渡戸は本当に仕事が遅くて使えねぇ、俺が下っ端の時代はもう少し早く出来たってのに)


 編集室からデスクに戻って一服する。


「ふぅ」

 

(一働きした後の煙草は、ウメぇなぁ……)


 口から出した煙が天井に到達して、ゆっくりと降りてくる。

 その様子を眺めてたら、やる事を思い出した。乱雑に物が置かれたデスクから、次回作の資料を探す。


(あの病院の資料何処だ? あとは、トンネルのやつもか。そういう時期だとはいえ、同時に何個も頼むなよ。他のとネタが被ったらどうするんだっての。そういうのは全部こっちの責任になるってのに、ったく)


 ガサゴソと『資料の山』 と称したゴミ山を漁っていると、さっき編集室で見た映像に違和感があった事に気づいた。

 俺は資料用としてドラマの撮影現場に持ち込んでいたデジカメに手を伸ばし、再生ボタンを押した。


(どこだっけかな、あの場面を撮ったのは)


 デジカメのボタンを押して、次々と画像を先へと進めていく。宴会でバカ騒ぎしている写真ばかりで、目的の写真が一向に出てこない。

 

(なんでこんなモンばっかり撮ってるんだよ)


 しばらく操作して、ようやく目的の画像が出てきた。

 

(これは……どういう事だ?)


 俺はデジカメとカバンを持ち、慌てて編集室に向かった。

 階段を上り、一つ上の階にある編集室の扉を叩いたが反応は無かった。元より人の少ないこの会社の中は深夜という事もあり、扉を叩いた音が響いた。

 

「おい、新渡戸。どうした?」


 やはり返事はない。


「新渡戸、開けるぞ」


 編集室の扉を開ける。

 目の前には机に突っ伏したままの新渡戸が居た。

 

「新渡戸!」


 声をかけてもピクリとも動かない。


「おい、新渡戸! 大丈夫か!」


 何かあったのかと俺は新渡戸の肩を揺さぶる。


「うわぁ! なんだ、地震か!?」


 新渡戸は単に寝ていただけらしい、心配するだけ無駄だった。


「おい、新渡戸。寝てんじゃねぇよ!」


「あれ? 木下さん、帰ったんじゃないんですか?」


 俺は頭を掻きながら、


「さっきの映像で気になった事があったから、それを確かめにな。ほら、さっさと映像のアタマを出してくれ」


 俺に言われて、新渡戸は緩慢かんまんにパソコンを操作する。


「早く!」


 新渡戸はビクッと肩をすぼめた。


「なにをそんなに気にしてるんですか?」


「見れば分かる」


 新渡戸は指定した怪談話の前の作品が終わった所で止める。画面が暗くなり、赤くおどろおどろしい字で『制作』 と、タイトルテロップが現れた。


「これは私が高校生の頃に所属していた映画研究部で起きた、ある事件の話です」


 友達役を演じた子のナレーションが編集室に響く。


「そこだ」

 

 俺の言葉に新渡戸が一時停止する。


「なんですか? このシーンになにか問題あるんですか?」


 そのシーンは日中の教室を映したモノで、エキストラの子たちに適当に遊んでもらって学校の休み時間を演出した場面だった。

 そのシーンのワンカット、教室の中の様子を入り口付近から撮った所。


「見ろ、気づかないか?」


 新渡戸は首を傾げながら、


「うーん。特に気になるような物なんて無いと思いますけど?」


「そんなんだから、まだ編集止まりなんだよ。窓の所をよく見ろ」


 新渡戸は画面に顔を近づけ、


「あっ!」


 ようやく気づいたみたいだ。


「これですね、この女の子!」


 編集画面には、カメラに背を向けて窓の外に立つ女生徒がいた。


「でも、この子がどうしたっていうんですか? 外に立っているだけならなんの問題もないんじゃ?」


 新渡戸が不思議そうな表情をする。


「でも、こんな所に人って居ましたっけ?」


 俺は冷や汗で軽く濡れたデジカメを渡すと、その画面を見た新渡戸は固まった。

 

「有り得ないですよ、こんな事……」


 撮影した場所は三階建ての廃校の最上階にある部屋だ。そんな場所の窓の外に人が立っている事は有り得ない。


「あっ! あれですよ。ベランダとかあったんじゃないんですか?」


「次の画像を見てみろ」


 画面には窓の外を撮った写真が映っていた。そこにはベランダどころか、人が立てるようなスペースすら存在していなかったという事実がまざまざと示されていた。


「え……」


 新渡戸の顔は引きつっている。

 重い空気と無言の時間がわずかばかり続いたが、


「これって、ホンモノを撮っちゃったって事ですかね?」


 新渡戸が珍しく神妙しんみょうに話す。


「たぶん、そうだろうな」


 その言葉に彼は嬉しそうな顔をして、


「やったじゃないですか、これで人気出ますよ!」


 そんなお気楽な声を出した。

 たしかに、こういう心霊物に本物が映っていたらオカルトマニアの間では話題にはなるだろう。

 だが……


「それ、編集で消しとけよ」


 俺の言葉に新渡戸は困惑した顔をする。


「なんでです? もったいないじゃないですか、オタク共にウケるのに」


「確かに、そうかも知れない。けどな、クレームも同じ位に多くなるし、なによりキャストも含めてお祓いしなきゃいけなくなるんだよ。そんな費用がウチにはない事は分かってるだろ」


 新渡戸は不満そうな顔をしながら、


「え~、けど」


「『え~』 も『けど』 もいらないから、消しとけ。あと、上にもこの事は言わなくていいからな」


「……分かりました」


 お祓いの事もそうだが、なんとなく嫌な予感がしていた。

 長年こんな業界で働いていると、この手の勘が鋭くなる。そんな勘が、とっとと消した方がいいと警告していた。杞憂きゆうであるとは思うのだが。

 新渡戸は渋々(しぶしぶ)編集ソフトを立ち上げ、マウスを忙しそうに動かす。だんだんとその姿は消え去り、何もなかったかのような青い空へと変わった。


「こんな感じでいいですか」


 新渡戸の声からは不満の色が感じられたが作業自体に手抜かりはなく、少女の姿は画面から跡形もなく消えていた。


「ああ。それでいい」


 保存をしようとマウスを動かし、新渡戸は上書き保存をクリック。

 瞬間、うるさいエラー音が鳴った。


「どうした?」


「なんか……保存出来なかったみたいです」


 その画面にはまた、少女が現れた。


「マジかよ。もう一度、消してくれ」


「はぁ、分かりました」


 新渡戸が億劫そうにもう一度同じ工程を繰り返して、もう一度偽の空を作り上げた。そして保存する。


 ブー。

 再度エラー音が鳴る。


「どうなってんだ?」


「分かんないですよ、またエラーなんて」


 また少女が現れる。

 しかし、その姿はさっきと違っているのがひとめで分かった。


「なぁ、こっち向いてきてないか?」


 新渡戸が画面に近づき、


「そうですかぁ?」


 と、間抜けな声を上げる。

 それが俺のしゃくに障り、声を荒げた。


「お前な……さっきまでコイツは後ろを向いてたろ!? けどな、いまコイツは横向いてるじゃないか!」


 言われた新渡戸はようやくその事に気がついたらしく、徐々に顔が青ざめる。


「えっ……えっ!?」


「驚いてなくていいから、もう一度消せ! 早く!」


 そう言いながら俺は、携帯電話を取り出す。


(仕方ない。こうなったらお祓いしてもらうか)


 もう一度撮影し直す事も考えたが、役者に二度も支払いをする事を思うとその金額だけでオレの首が飛びかねない。それよりならば知り合いの霊能力者にお祓いをした方が安いと、電話をかけた。

 プルプルと呼び出し音が響く携帯を片手に、新渡戸の作業を眺める。


「これで良しと、消えろ」


 新渡戸が呟く。しかし、その作業工程もエラー音が掻き消した。

 電話はまだ繋がらない。


「木下さん、なんですかこれ!?」


「俺に聞くなよ!」


 どう考えても想定出来るはずのない出来事に、声が大きくなる。


「じゃあ、どうするんですか!?」


「こっちは今、その対応してんだよ! 口を動かさないで、とにかく消せ!」


 新渡戸は渋々、作業に戻る。しばらくマウスのクリック音と、携帯の呼び出しだけが俺の耳に響いていた。

 その静寂を破るように新渡戸が、


「木下さん」

 

 と声をかけてくる。


「あぁ、なんだ? 口を動かすなって言ったろ?」


「これって、似てませんか?」


「なにが?」


「今の状態って、これの話とそっくりじゃないですか?」


 新渡戸の言っている意味が理解出来なかったが、新渡戸が指さす画面を見て、彼が何を言いたいのか気づいた。


 編集中の部屋、作業中の二人、画面に映る霊。


 それを理解した俺は手に持っていた携帯を落とした。ガシャンという音と共に、偶然スピーカーになったようで呼び出し音が部屋の中に響いた。

 俺の意識が落ちた携帯に向く。


 その時、ガチャッと鳴り呼び出し音が切れた。


「うぅぅぅぅ」


 うめき声のような音が、部屋に響く。

 これは駄目だと思った俺は、部屋を飛び出した。


「木下さん!」


 新渡戸の俺を呼ぶ声が聞こえたが、無視した。今、他人の事はかまっていられないと廊下を走る。


「待って下さい!」


 部屋から出てきた新渡戸が追いかけてくる。


「置いてくなんて酷いじゃないですか!」


 俺の後ろで叫ぶ新渡戸を無視して階段を降りる。三階から二階へ、そして一階に向かおうとした時、新渡戸が「あっ!」 と叫び、転ぶ音がした。

 とっさに足が止まり、新渡戸の方を振り向いた。


「いってーなぁ」


 俺は新渡戸の足下に敷き詰められるように存在したモノを視界に入れた瞬間、彼を置いて逃げた。


「うわぁ、なんだよこれ!? なんで置いてくんですか、待って下さいよ!」


 それは細い腕、まるで女のような腕。

 その腕だけがびっしりと床一面に貼りついてうごめいていた。


「掴まれました! 助けて下さい、木下さん! 助けて、頼むから! おい待てよ、木下!!」


 俺は後ろから聞こえる声を無視して玄関に向かう。あんなのに掴まれたらどんな事になるか分かったもんじゃない。

 一階へとたどり着き、玄関へと一目散に走る。

 ふと、ドラマの最期のシーンである玄関を抜けようとして捕まった少女の事が頭をよぎる。


(頼む、抜けさせてくれ!)


 俺は誰とも分からないなにかに懇願した、そして玄関から一歩足を踏み出す。

 そして、そのまま駐車場に停めてある自分の車まで駆け抜けた。


(よかった、助かった!)


 玄関を抜けた事に俺は少し安堵あんどをしつつ、自分の車に乗り込んでシートベルトをつける。


「鍵、鍵は!?」


 俺はポケットを探り、レシートや釣銭つりせんの奥に入っている鍵を乱暴に抜き出した。そしてそのまま鍵穴に差し込む。

 無機質な感覚とは違うグニャッとした生ものの感触があった。それは鍵穴ではなく、ナニかとナニかの隙間だった、差し込まれた鍵はその内部へと沈む。


「えっ?」


 ハンドルをよく見る。

 それはハンドルではなく、お互いの腕の付け根を掴んでいる二本の腕がハンドルのように見えているだけの偽物(ナニか)

 

「なんだ、これは!?」


 座席を触る。妙に柔らかく弾力がある。

 恐る恐る首を捻じって見ると、それは女の腕が絡み合い椅子のように見えているだけの、到底椅子とは言えない代物(ナニか)だった。


「うわぁぁぁぁ!!」


 俺はシートベルトを外そうとするが、手のシートベルトが手の椅子を離さない。いくら動こうと、いくら足掻あがこうとビクともしないどころか、だんだんと俺の体を締めつけてくる。


「なんで俺がこんな目に!?」


 たしかに俺の作った心霊物は死者の思いを小馬鹿にしたモノもあった。

 だが、そんな事ぐらいでこんな目に合う理由は無いはずだ。

 それに今回のは俺が考えたわけじゃなく、投稿されたものだ! 俺に何の責任があるっていうんだ!

 こんな所で死ぬ為に生きて来たんじゃない! まだまだ俺にはやりたいことがあるんだ!

 まだ、死にたくない!

 誰か……


「誰か助けてくれ!」


 そう叫んだ瞬間、俺の顔に無数の腕が絡みつき、足掻く事も喋る事も出来なくなり、俺は消えた。





「ありがとうございました」


 私は病室から出て、今聞いた事件の話を手帳にまとめる。

 その事件と言うのが、ある映像制作事務所で起きた従業員の失踪事件。

 その失踪者と一緒に残業をしていた男性の話では、転んだ自分を無視して帰った上司が何処に行ったのか分からないし、もちろん自分がやったわけでもないという。

 やったのは怪談噺の女生徒だと言っていた。


 自分のした事を隠すためにした咄嗟のウソ、普通ならばそのように思うのだろう。

 けど、私はそうは思わない。


 私がこの事件に興味を持ったのは自分の母校で起きた事件と似ていたからだ。

 母校での事件というは、映画研究部部長の校内での失踪事件と、その時間一緒に残っていた後輩が後日、病院の屋上から飛び降り自殺をしたというものだった。

 さらにその後も、撮影で主演を演じていた男女二人、恋敵の女生徒、カメラ担当などその撮影に関わったすべての人々がなんらかの不幸にあっていた。


 そして今回取材した制作会社では、私の母校の事件を取り扱っていたそうだ。

 このふたつの事件にナニかの繋がりのようなモノをを感じるのは、ジャーナリストとしての勘なのだろうか。

 

 私はこれから、この事件のあらましを記事にしようと思う。

 この事をこれ以上は広めさせない為に。

時代を越えて伝番する恐怖的な物をイメージしてみたのですが、いかがだったでしょうか?


読んで頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ご存じかどうか分かりませんが、心霊物のディレクターと出演したグラビアタレントさんが霊障にあって、引退されたという事がありましたよ。
[一言] 恐怖が波のように次々と押し寄せて来ます。本当にぞっとしますね。
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