王様!勇者を生き返らしてください!
『祖は勇敢な魂なり。あまたの試練を乗り越えるための力を今一度与えん』
俺は、広間の中心で厳かに儀式を続ける老年の男を、壁際から眺めている。
正直日本でこんなことをしていたらただの痛い人であるが、あいにくここは日本ではない、俗に言う異世界というところだ。
『さあ!勇敢なる者に偉大なる神の奇跡を!』
毎度思うことだが最後のあれで厳かな空気など一瞬で霧散してしまうように思えるのは、日本人である俺だけなのだろうか。
自信満々に叫び、両手を高く掲げている老年の男、この国の王である彼を見ないようにしながらぼんやりと考えていると、王の目の前で幾何学模様の魔方陣が上下に複数走り始める。
魔方陣が消えると、そこには立派な鎧を着込んだ青年が立っていた。
彼は神より選ばれ、導かれた勇者である。
この世界には魔王や邪神と呼ばれる存在はいないが、変わりに大迷宮が大陸の中央にあり、そこから魔物とよばれる存在が無限に湧き出ているらしい。
らしいというのは、俺はその魔物と呼ばれる生き物を一度たりとも目にしたことがないのだ。
魔物と会ったら命を諦めろ。人のまま死ねると思うな。
魔物と遭遇してしまい、運よく生き残った者達が口を揃えてそう言う。
なぜなら、魔物とは人間や家畜を見ると、目の色を変えて襲ってくる上に、種族によっては異性を繁殖の道具として連れさることすらある。
ようは心が壊れて死ぬか、体が壊れて死ぬかの違いでしかない。
大迷宮には日々屈強な戦士達や、魔法を使える一部の者達がもぐり、出来るだけ魔物を狩ってはいるが、そんなものは焼け石に水だ。
魔物は大迷宮の中でどんどん生まれ、溢れたものが外で元々の生態系を破壊しながら人類を脅かす。
そんな戦士達の中には、大迷宮の心臓部であるコアの部屋まで到達できたものもいるのだが、いかんせん、コアに傷一つつけることが出来ずに命からがら逃げ帰ってきたらしい。
そのニュースがもたらされたとき、神殿に神からの神託が告げられた。
いわく、近々、神の選出したコアを破壊できる力をもった者たちを大迷宮に派遣するとのことだった。
神に選出され、愛された彼らを、国の民たちは勇者と称え、神の慈悲に涙したらしい。
先ほどから、らしい等と言っているのは、これがこの体の元の持ち主のものに過ぎないから、人づてで聴いた上に、それが国の歴史を纏めて頭に詰め込んだような、まあ、ともかく曖昧な、外から植えつけられた情報でしかないからだ。
と、思考がそれすぎた。
目の前の王が行っていた儀式は、大迷宮に挑み、その命を散らしてしまった勇者に新たな体を与え、魂を呼び戻すものである。
ちなみに、貴重な素材を使うようでかなりの費用がかさむため、勇者から大迷宮で稼いだお金に応じて料金をいただいている。
日本にいたときはゲームで死ぬたびにお金を持っていかれていたことに納得できなかったが、異世界に来て考えが変わった。これは国家運営のための致し方ない犠牲です。国が破綻してしまうのです。
復活した勇者を見た王、苦々しい顔つきになると、溜め息を隠そうともせずに吐いてから玉座に腰をかける。
「して、おぬしの今度の死因はなんじゃ?」
「私を甦らせていただき、まことにありがとうございます」
「よい、これは神より与えられた国の義務じゃ。それで?攻略はどこまで進んだのじゃ?」
「ハッ!私はようやく第1層目のボスと相対しました、奴は・・・恐ろしい強さでした」
「・・・他の勇者はとっくの昔に第1層を突破しておる!貴様はなぜ第1層目すら突破できていない!」
「・・・きっと神に愛されているからでしょう」
この勇者は見た目だけは立派だが、呼び出された中では一番弱い。下手したらこの世界の一般市民より弱いかもしれないレベルである。
なんで神様はこんな奴を選んだのかもうわかんねえや。
「・・・はぁ、もうよい、早く力をつけて探索に戻れ」
「かしこまりました。この私目が必ずやあの大迷宮を突破してごらんに見せましょう」
「・・・出来るといいな」
「はい」
王の皮肉にも気がつかず、朗らかな笑みを浮かべて謁見の間から退室して行く勇者を見送ると、ドッと疲れが出てきた。
「もうワシ勇者復活させたくねえ」
ついでに王の仮面も剥がれたみたいだ。
だらけた姿勢で背もたれに体重を預けると、吊り上げていた目の端がだるんと下がり、ハイライトを失った眼差しがどこか虚空を眺め始めた。
「てか、復活待ちが一人いるけど放置で問題ないよな」
「おおありだよ!嫌なことはさっさと終わらせる主義じゃ(キリッ)とか言ってたの王でしょうが!」
「嫌じゃ嫌じゃ!」
「わがままを言うんじゃありません!早くしなさい。あいつはもう生き返らせたんだから次はまともな人に決まっているでしょ」
「あいつら皆性格破綻者なんじゃもん。ワシにはどうしようもできないもん」
「もんじゃねえ!やるんだよ!」
欲しいものをねだる子供のように玉座から降りて地面を転がる王の姿には、威厳の欠片もない。
この王をどうにか出来そうな人物に向けて視線を送るも、大司教はそっと視線をそらし、騎士団長様は首を横に振るばかりで諦め顔である。
くそ、薄毛が侵攻してくる!
「そんなにカリカリしてると、ただでさえない髪の毛がさらになくなってしまうぞ。
だからこんな誰の得にもならないことはすぐにやめるのじゃ」
「誰のせいだよ!」
「もちろんワシ」
無言で王に回し蹴りをぶち込み玉座から転げ落とすと、踏みつける。
騎士団長は見てみぬふりをしてくれているのはありがたい。
咎められてしまったら不敬罪とか国家反逆罪で極刑間違いなしだからな。
ここで軽く自己紹介をしておこうと思う。
自分はこの世界で宰相をしている元地球人だ。
なにやら神のイタズラで死んだようで、その埋め合わせとして第二の人生を異世界で過ごすことになった。
世間一般で言う異世界転生とかいうやつ。
なんではげ散らかったおっさんになっているかというと、ちょうど死にたての死体に、俺の魂を放り込むとか言っていたのできっとそのせいだろう。
そもそもの死因が、神がイタズラで置いた空き缶を俺が踏みつけて転倒。綺麗な弧を描いたサマーソルトキックを空中に決め、その勢いのまま後頭部をアスファルトに強打したせいみたいだ。
そんな死に方をしたせいで転生前にあった神からは大爆笑され、止めにこの宰相の体に魂を放り込まれたというわけ。
うん。これは神に対して怒りを爆発させても問題ないレベルだと俺は思う。
その挙句この王の対処をしなくてはならないとか・・・拷問か!!
ちなみにこの王には俺の事情を話してある。
最初は王に隠し事は不可能だろうと考えて観念して話したが、今の姿を見ていると最後まで隠し通せたんじゃないかと思ってしまう。うん。絶対に隠し通せる自信しかない。
ちなみに、勇者というのは異世界召喚者や、転生者を指し示すものではなく、現れた大迷宮のレベルに応じて神が選出した者達のことを示す。
まあ、さっきの勇者は何で選ばれたのか全く分からないんだがな。
「いいかげん諦めて死んでいる勇者を生き返らせてください」
「・・・はぁ、しょうがないのう」
渋々儀式を行う王の姿から視線をそらし、窓にうっすらと反射して映る前髪が後退した、痩せ気味のおっさんの姿を見て、思わず溜め息を吐いてしまった。
胸中に渦巻くのは、こんな大変な役職に転生するぐらいだったら、そのまま死んでおきたかったというのと、髪の後退がマッハで進んでいかないことを祈ることだった。
「復活していただきありがとうございます」
王に頭を下げているのは若い女性の勇者で名前は・・・なんていったかな?
とにかく、この女性勇者もよく死んでいるが、攻略はちゃんと進めている。おそらくだが、勇者連中の中で一番進んでいるんじゃないだろうか。けどなぁ・・・。
「して、今回お主はどのように?」
「ハッ!今回の探索で私は第三十八層目に到達いたしました。しかし、そこから地上に戻るころには深夜を回ってしまうと判断し、自決をして戻ってまいりました」
「・・・ダンジョン内のセーフゾーンで一晩過ごせばよかったのではないか?」
「いえ、戦闘続きでたくさん汗を掻いていたので早くシャワーを浴びて湯に浸かりたかっただけです」
・・・これである。
いや、ちゃんと儀式代も払ってくれてはいるのだが、死因が納得いかない。
王も苦虫を噛み潰したような顔をしている。いやー、王の百面相を見ていると気持ちが安らぐな~(現実逃避)
俺には風呂に入りたいという理由だけで痛みを伴う自決とか出来そうにないわ。
「それでは報告の義務も終わりましたし、私はここで失礼いたします」
王の返事を聞きもせず、自分の言いたいことを一方的に告げた女性勇者は広間から立ち去って行った。
姿が見えなくなってからたっぷりと十秒ほどたつと、王がこちらをドヤ顔をした。
「な?ワシの言ったとおりあいつら皆性格が破綻しておるじゃろ」
「いや、あの女性勇者は性格じゃなくて行動に問題があるだけだと思うんですが・・・」
「よってワシに溜まるストレスを宰相で晴らそうと思うのじゃガ、どうじゃ?」
「一杯どうですか?みたいなノリでとんでもないことほざくなアホ王」
「アホ王とはなんじゃ!騎士団長こやつを捕らえよ」
「・・・今のは王が悪いかと」
「ワシの味方はおらんのか!?」
全員そっと視線を逸らすのが回答である。この場に王の味方はいなかった。
今日はこれ以上勇者が死ぬことも無く、平和な日常が帰ってきた。
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本日の業務
1、勇者復活の見届け×2
2、騎士団長の提出してきた、騎士団の予算の見積もり確認。
3、王のわがままに付き合って外まで行って季節のスイーツの購入。
4、下町の工場から届けられた武器サンプルの点検。
5、魔法師団に魔術講義。
6、王に回される書類や手紙のチェックとその処理。
以上
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あれ?これって宰相の仕事だっけ?