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十/トリガーハッピークリスマス


『助けて』

 Mからのメールはその一言のみだった。


 十二月二十三日、朝。クリスマスも明後日に迫り、どこもかしこも忙しい忙しいと呻いている。かという私は、まあ暇だ。特にクリスマスイブと当日は不味い。何が不味いって、予定が空白なのだ。

 店長やシフトリーダーは気を使ってくれたのか、それとも私に付き合っている相手がいないことを知っての嫌がらせか、クリスマスには一秒たりともシフトを入れてはくれなかった。むしろ入れてくれた方が良かった。そっちの方が気が紛れた。

 クリスマスは毎年サンタ狩りがどうだとネットで遊んでいるわけであるが、今年もそうなりそうだ。

 暇な時分、私はある場所を訪れることにしている。

「あ、先輩。こんにちはー」

 その病室の主はこちらの姿を認めるなり、そうにこやかに笑顔を返した。

「や、元気そうで何よりだよ」

 だから、私も笑顔を返す。

 先月子喰らい地蔵事件の被害者、ともちんのお見舞いである。今日は持ってきていないが、明日か明後日ぐらいに、Mと一緒にクリスマスプレゼントを持ってこようかと思っている。

 親に挨拶して、私はその子の隣に座る。この子の親は、私なんかに全幅の信頼を置いてくれている。自分がそれほど褒められた人間ではないと私自身は思うのだが、認められるのは嬉しいことだ。

「先輩ー、病院のご飯って味気ないよぅ」

 因みに、何故かこの子は私のことを先輩と呼称する。曰く、「年上は人生の先輩です。大抵敬っておいて損はないってばっちゃが言ってました」とのこと。そのお婆ちゃん在ってのこの孫か。

「そんなに不味いの?」

 私には入院の経験がない。精々半日ほど点滴を打ったことがある程度だ。だから病院食も口にしたことがないのだ。不味いだの味が薄いだのよく言われるのだが、どれほどなのかよく分からないのだ。

「すっごい薄いのです。濃い目の味付けがお好みのお子様には耐えられないのですよー」

 まあ、ご飯くらい美味しい方がいいよなぁ。特にこの子の場合は。

 この子の手足はない。それは、先日の子喰らい地蔵事件で失ったからだ。傷口が酷い状態であった為、この子の手足は繋ぐことはできなかったのだ。だからともちんはこれからずっと、手足のない生活を送ることになる。

「ねぇ、外出てみない?」

 私はふとそんな提案をした。

「あ、はい。分かりました」

 車椅子を引き寄せると、私はともちんを抱え上げる。

 ……軽い。ただでさえ小さい子なのに、手足がないとこれほどなのか。この子を抱き上げる時は、いつも鼻の奥がツンと痛くなる。

「ねぇ……」

「何、先輩?」

 私はそれまで抱えていた疑問を口にした。

「ともちんって、何でそんなに綺麗に笑えるの?」

 この数週間、私はともちんをずっと見つめていた。しかし、この子が泣いているところを一度も見たことがなかった。それどころか、楽しそうに笑ってばかりなのだ。それが私には全く理解できなかった。

「……なんというか、未練っていうのかな。そーいうのはないと言ったら嘘になります。だけど、ほんとでもない」

 未練、というのは足と手のことか。

「手足を取られた時に、ここで死んじゃうんだなー、って思ったんです。それがもう、悔しくて悔しくて。もっと美味しい物を食べておけば良かったとか、お母さんにありがとうとかごめんなさいとか言えなかったな、とか。外から足音が聞こえてきたから、もう駄目だと思いました。でも、そんな時に見たのが、あの人じゃなくてあなた、先輩の顔だったんです。その時にですね、『ああ、これが奇跡なんだ』って。生きていられる、これ以上の奇跡はないって思ったんです」

「……」

 絶句してしまった。

 なんというか、この歳でもう一種の悟りの境地に立ちつつあるともちんに、私は言葉を失った。

「せ、先輩っ!」

「えっ! あ、なんでっ!?」

 むしろもうあなたが先輩です。私なんか経験も薄い若輩者ですっ!

「拝ませてくださいっ! 後光が眩しいですっ!」

「ちょっと待って意味が分かりません」

 こりゃもう、この子を教祖に宗教を啓くしかない。そして募金やら上納金うっはうは。

 ……ここまで考えて後悔する。冗談とは言え、考えるだけでこれほどのダメージがあるとは。この子だけは利用しちゃダメだな。色んな意味で。

「まあ、この手足になっちゃって未来とか夢とか、そーいうのはほとんどなくなっちゃったけど、何か別のことは見えてきたので」

 強い子だ。それとも、幼いのが理由なのだろうか。いずれにせよ、私の頃はもっとバカだったぞ。この件で急激に成長したのかそれとも元々こんな子だったのか、気になるところだ。

「ばっちゃが、抱っこしてくれながら言ってくれたんです。『おまえさんはなんもかんも亡くしたけどその代わりに色んなモンを詰め込めるようになったんよ。できることが少なくなったからって塞ぎこんでじゃいかん。結局は楽しんだもん勝ち』って、泣き笑いながら言ってくれました」

 ともちんの祖母も、相当に濃い人生を送ってきたのだろうか。それとも、ただともちんが生きて帰ってきたのが嬉しかったのか。まあ、考える必要のないことか。

「とりあえず、自分で教科書を捲るところから始めようかな。それができるようになったら、義足の練習だ」

 そう言って、ともちんは綺麗に笑うのだった。



 病院を出る時に、警察官を名乗る人から声をかけられる。はて、こんな顔の男とは事情聴取では見なかったのだが。

「あの子を担いできた人ですよね?」

「そうですが」

「あの子、見つけた時の様子、どうでした?」

 苦しそう、というよりは無感動に近いモノがあったか。ぼぅっとしていたように見えた。

「……見えたけど、それって大麻の作用じゃ?」

「それだけじゃ、ないようです……妖怪の薬って都市伝説、知ってますか?」

 それは、知っている。秋口にその件に付いては実体験を済ましている。

「どうやら、あの子に投与されたのはマリファナの他に、カッパの傷薬と俗称される薬も投与されたようです」

 カッパの傷薬。M曰く、元々は文字通り傷薬としての開発されたモノで、本来なら傷口に塗ることで傷を治療するにおいて最適な環境を用意する、と言ったものだった。

 だが、試薬は失敗作であった。傷薬というよりは痛み止めであり、何より服用した場合に強烈な酩酊感、多幸感を味わえるが、場合によっては呼吸障害に引き起こすというドラッグとなったという。それが百々目鬼の薬と同様に、町に出回っているという。

「何か、知ってることは?」

 特にはない。

「あの時の証言以上のことはもうないです」

「そうですか。何かあれば、こちらに」

 そう言って、警察官は私に名刺を渡して去っていった。

 ところで、病院から出てケータイの電源を入れると、Mからメールが一つ届いていた。

 一文、『助けて』とだけ。

 因みにそのMは、かねてより計画されていたネットコミュニティメンバーとのクリスマス旅行に出かけている。捨て台詞である「素人童貞を捨ててくるぜ」との一言が、癇に障ったがまあいい。問題はこのメールだ。

 いきなり主語も修飾語も抜けた文章を送ってこられても困る。まあ、焦って打ったのならコレも妥当か。というか、助けるにしても助けようがない。どこに奴がいるのか分からないのだから。

 どう反応すべきなのか、悩む。このメールが本気の『助けて』だったら不味いことになるのだが、逆に本気じゃなかったらそれはそれで不味い。からかわれるのは避けたいところだ。

 奴は狼少年ではないが、それに足るだけの人間性は備えているだけにタチが悪い。おまけに猛烈な空腹感の所為で頭も上手く回らない。目の前にうどん屋を見止める。よし、ここで食事を摂りながらこのメールの本意を考えよう。

 暖簾をくぐると、見覚えのある人物が座っていた。さわっちだった。そしてその前には、もう一人、意外な男がいた。

「あ、バイトさんだ」

 うちのバイト先の上に事務所を構える妖しげな団体の構成員だった。若いくせに和服というだけでも目立つのに、長髪によって口元ぐらいしか表情が見えない為、余計に悪目立ちする。

「さわっち、この人と知り合い?」

「まあ、色々、ネ。たださんとは昔からの馴染みなの」

「どーも、たださんと呼んでくださいな」

 そう言って、妖しげな団体の構成員改めたださんは握手を求めてくる。その手を受け取るべきかどうか、ちょっと悩んで素直に握手に応じる。

「いやぁ、君、結構顔合わしてたし、結構気になってたんだ」

 そう、男は馴れ馴れしい笑みを浮かべる。

 前々から思っていたが、確信した。こいつは胡散臭い。信用できないタイプの人間だ。

「ところでさ、あれどう思う?」

 さわっちがうどん屋の壁に掛けられているテレビを指す。テレビではニュースが流れていた。

『――名行方不明。今月に入って二人目――』

 それは、この街での行方不明者を報じるニュースだった。

「あれ、これって犯人死んだんじゃ……」

「いや、確かに子供の行方不明者はあれ以来ぱたりと止んだ。だけどな、あの男がやってたのは子供だけだったんだ」

 子供だけ……それはそれで嫌な話だ。

「この前、この近辺の一人暮らしの大学生の世帯調査を行ったらしいんだが、そりゃもう出るわ出るわ、連絡が取れない学生のリストが二ページにも及んだらしい」

 たださんは海老天を頬張りながら言う。

「噂じゃ、オフ会やサークルの旅行という名目で被害者を誘い出して、拉致するという話だね。特に、一人暮らしの人間が狙われるらしい。同居人がいないから、例え消え去ってしまったとしても誰も気付かないからな。遠方から越境入学した大学生なんていい的だ」

「……」

「どったの? うどん来てるよ」

「あ、あの、これ……」

 震える手でケータイのメールを見せる。ただ一言、『助けて』と書かれたメールを。

「……彼って、一人暮らしなの?」

「……寝起きは、車でやってます」

 Mは、いつ消えてもおかしくないような人間の標準模型のような男だった。


「あ、にーちゃん。どこ出かけてたの?」

「飯。それはそうと、お前のコレクションから色々借りるぞ」

「弾、ちゃんと入れて返してよね」

「はいはい、分かりましたよお嬢様」

 まるで兄妹間の車かバイクの貸し借りのような会話だが、車とかバイクとか、そんな見慣れたものではなくて、これは重くてL字で火薬の臭いが漂う鉄の塊の貸し借りである。

「……こここ、この事務所って、なんの事務所なの?」

「そりゃぁ、ヤの付く職業に近いよ。桜田門組に顔の訊くヤーさんってとこ」

 ああ、そりゃ素晴らしい職業だ。向かうところ敵無しじゃねーか。

 まさか頭の上に銃火器を抱えながら仕事しているとは思わなかったよ。怖いよ日本、修羅の国は九州北部だけじゃなかったのか。

「まあ、たださんの仕事はいわゆるシティーハンターだからねぇ。兄妹でやってるんだっけ?」

「あと、フリーターと学生のバイトが一人ずついんの」

 バイトを雇っているシティーハンターとか嫌だ。

「で、どーすんだよ。あいつがどこに拉致られたのかわかんないぞ」

 どこに行くかとか、そーいう話はしなかったからな。口止めでもされていたのだろうか。

「あー、その辺は何となく予想ついてたから、さっきそこの妹に前調べよろしくしてたの。するとそれがビンゴだったわけよ」

「おう、がんばったからごほーびよろー」

 そう言って、その妹ちゃんは一番奥のデスクの椅子に座り込む。こっちの方も中々目立つ格好をしている。金髪ゴスロリファッションって、分かりやすくイタイなぁ。

「どうせだからお前も付いて来い。頭数を揃えたい」

「えー、うちもいくのー?」

 流石に、ヤクザのカチコミに子供を連れて行くのは不味いだろう。

「うちがいくとおーばーきるじゃない?」

 どういう……ことだ?

「えーのえーの、どうせチンピラ風情、オーバーキルぐらいやっとかんと、また湧いてくるからなっ」

 麻薬を売り捌くヤクザをチンピラとか、一体この兄妹はなんなんだよ。

「今回は俺とさわっちとそこの妹と、それとバイトさんとで行くから」

「あ、はい、分かり――ませんっ! なんで付いていかないといけないのさっ! こちとら銃一つ撃ったことのない一般ピープルだっつぅのっ!」

 銃の使い方なんて分かりません。

「大丈夫大丈夫。センターに入れてスイッチするだけだから」

「自分生身なんですがっ!」

 何で私が付いていくことになってんだろうか。それが不思議で堪らない。

「まあ、これも人生経験だよ。もし気に入れば、ここに就職してもいーのよ?」

 ヤクザ寄りのシティーハンターって……それは長生きできそうにない。

「大丈夫大丈夫。福利厚生危険手当もばっちり付くから。今のご時世、こんなホワイトカラーな勤め先もないよ?」

 その仕事内容がブラック過ぎんだろ。

「まあ、バイトさんの青田刈りはさておき、とりあえずは今回のターゲットネ」

 たださんは写真を一枚、机の上に置く。

「ここ、どこ?」

 どうみてもただの集落だ。真新しい建物も多いが、何の変哲もないただの集落だ。

「それがな。最近この辺に根付き始めた大陸系マフィアが東の山周辺の林に集落を拠点として買い取ったわけよ。それと、玉兎研って都市伝説、知ってる?」

 またその話か。嫌でも知ってる。

「この集落はその研究室の表向きの顔。これ、知る人ぞ知る情報ね」

 できれば知りたくなかった情報だ。

「最近うちのシマを荒らしちゃって、そろそろ片付けなくちゃいけないと思ってたのよ」

「シマってっ! シマって言っちゃったよこの人っ!」

「そのうちバイオハザードが怒っちゃったりして、薬物学者とかいそうだし」

 さわっち、それ、笑えない。

「さてさて、ミーティングも大体終わったし、とりま殴り込みと行きますか。決行は明日、クリスマス前日っ! 我らクリスマス戦線は故郷に悪い薬をばら撒くブラックサンタを狩るサンタ狩り部隊となるのだっ!」

 とりまとかサンタ狩りとか使っても、結局はカチコミには変わらない。

 こうして皮肉にも、空白だったクリスマスイブの予定表には、どす黒い色のハートマークが付くのであった。そのハートマークが何を表すのかは、言わなくてもいいだろう。



 十二月二十四日、未明。所時間変わって次の日、件の集落前。やっぱりただの集落にしか見えないが、こういった所だからこそカモフラージュには丁度いいのだとか。いっそどこかの大学の研究室でも使った方がいいんじゃないかとは思うが、曰く、「大学の研究室じゃあ管理が厳しくて麻薬の精製なんてできやしない」とかなんとか。

 ジャンパーの下に防弾チョッキを着せられ、リュックサックは手榴弾、スタングレネード、そして大量の鉛弾でずっしりと重い。

 ……こんな重いリュックサックは、生まれて初めてだ。本当に、色んな意味で重い。

「バイトさんバイトさん」

 たださんが声を掛けてくる。

「これ、お守りね」

 そう言って、たださんは私に拳銃を一つ渡す。

「その拳銃の中にはね、銀の弾丸が入っているんだ。お守り代わりにどーぞ」

「普通のお守りにしてください」

 銀の弾丸。銀には魔除けの効果があると言われている。それは、銀の硫黄等の毒物に反応して色を変えるところから来ているという。そして、その銀によって作られた弾丸は狼男や吸血鬼等の魔物を祓うという言い伝えがある。拳銃にはイミテーションが施されており、拳銃そのものもお守りの類のようだ。

 拳銃を懐にしまう。弾除けのお守りになればいいな。

「……それじゃー、まるにーいちよん、じょうきょーかいしー」

 妹さんの掛け声とともに、まず手始めに目の前の柵が吹き飛んだ。

「ハンドグレネード、くせになりそう」

 さわっち、帰ってきて……。

 その柵が吹き飛ぶ爆音ととともに集落は蜂の巣を突付いたような騒ぎとなった。次いで聞こえてくる怒号。異国の言葉で内容はさっぱりだが、なんとな~く意味が分かってしまう辺りが嫌だ。できれば聞きたくなかった類の怒号である。

 妹ちゃんとたださんは両手に持った機関銃を掃射しながら前へ前へと進んでいく。その後ろからさわっちが障害物をハングレで吹き飛ばしていく。機関銃を嫌って壁に隠れている奴をハングレで壁ごと吹き飛ばし、姿を現した奴らの悉くは機関銃の餌食となる。

「スタグレよろしくー」

 そして、手榴弾やらスタングレネードを投げたり、装填済みマガジンを渡すのは私の役目だ。

 スタングレネードは大量に姿を現した奴らの目を眩ませ、それらを機関銃が排除する。

「こんばんわぁーっ! 弾丸の配達に参りましたぁっ!」

 配達方法は火薬による射出。受け取り方法は生死を問わない。

 硝煙と血煙と炎の臭いとで集落は異様な空気に包まれる。

 その掃討劇は三十分に渡り行われた。この日本に置いて機関銃というのは余分な物だ。機関銃は根本的には戦争の道具である為、ヤクザの抗争レベルでは機関銃を使うというのは稀。機関銃を扱うのはこのような殲滅戦ぐらいだ。そして、そのような殲滅戦を行うということは、警察に目を付けられるということ。

 彼らは自分らを桜田門組に顔が利くヤクザだと言った。要は、警察のお目こぼしを預かれる身分だということだ。半ば公然的にこのような重火器を扱えるのは彼らのような身分ぐらいなのだろう。

 そうやってどんどん奥へと進んでいく。あらかた人の姿がなくなった頃には、集落の最奥まで辿り着いていた。

 集落の最奥には民家一つあった。

「あー、ここだろうね」

「うん。匂うよ~。薬品のにおいがばりばりだ」

 犬かよ。

 民家に侵入する。部屋の奥から何かの物音が聞こえてくる。パソコンを叩いたり、デスクチェアのキャスターが動く音だ。

「こーんにちはー。サンタさんでーす」

 お前さっきサンタ狩りとかなんとか言ってただろ。

 部屋の中には、白衣の男が一人、一心不乱にパソコンを睨み付けていた。男はイヤフォンを付けているようで、ここからでも音漏れが聞こえてくる。

「聞こえてないみたいだね」

 さわっちは、男の背後に近付いて、イヤフォンを取り上げた。

「なんだよ、今忙しいから後に、……って誰だい、君?」

 目を丸くして、さわっちを男は見る。

「玉兎研って、ここ?」

「新しい検体、じゃないね。なんだよ、バイトなら間に合ってるよ」

 男はさわっちに取り上げられたイヤフォンを取り戻そうと手を伸ばす。だが、さわっちはイヤフォンを取られまいと腕を上げる。

「あんた、名前は?」

 たださんが、拳銃を突き付けながら言う。

「サトー。玉兎研薬品開発主任だよ。何か用? 忙しいから手短にしてくれ」

「忙しいも何も、君の雇い主は全滅したよ」

「へぇ、そうなんだ。けど、私には関係ないね。いい加減帰ってくれよ」

「僕たちの質問に答えたらね」

 さわっちのその一言に、サトーは頭を抱えて天井を仰ぐ。

「分かった、ただし三つまでだ。そうしたらもう放っておいてくれよ」

 サトーはそう言って、部屋の片隅のコーヒーメーカーまで行く。

「じゃあ、一つ目。ここのボスは君かい?」

「私はフリーターだよ。ここのボスなんか知らないね」

「二つ目。玉兎研ってなんなのさ?」

「不老不死の妙薬の研究室だよ。そんな夢物語、誰も信じちゃくれないから、こうして環境を整えてくれる雇い主の下で薬を作っているわけ。まあ、彼らも信じちゃいないみたいで、私が生成する麻薬まがいの薬の方が目当てみたいだけどね」

 薬まがいの麻薬の間違いだろ。

「三つ目。検体って言ってたけど、勿論生きてる体を使うわけだよね。拉致って来た人間はどこに?」

「さあ? 管轄外だね。答えたんだから、もう放っておいてくれよ」

 そう言って、サトーはさわっちに取り上げられたイヤフォンを取り返し、はめ直したのだった。

「まずったなー。会話が通じる相手を、一人ぐらい生かしておけばよかったねー」

 妹さんは笑顔でその年頃の女の子はまず言わなさそうな台詞を吐いた。

「まあ、虱潰しに探していけば、死体の廃棄場所ぐらい見つかるだろ」

 不吉なことを言わないで欲しい。それって暗にあいつが死んでいると言わんばかりじゃないか。

「でも、あの人、あのままでよかったの?」

 それは、私も思ったことだ。一応は諸悪の根源とも言える。あのまま放っておくのも問題なのではないだろうかと、思わないでもない。

「まあ、いいでしょ。生かしといて害になるでもなし。そのうちウチの組のモンが取り押さえるだろうよ」

 もう誤魔化す気がないのだろう。もうあのバイト先辞めようかな、頭の上がヤクザの事務所とか生きた心地がしない。

「そうだねー。まあ、放っておいても後ろから撃たれることはないだろうしねぇ」

 そしてこの妹さんも大概歳不相応の台詞を吐くのだった。

 研究室の裏手の林を探る。すると、小さな小屋とその前に大きな堀が成されていた。その堀は小屋の横に鎮座している建機によって掘られたものだろう。

 嫌な予感がする。その堀の中は不味い。あまり見たくないものがその中にはある筈だ。

 果たして、その予想は的中する。

 それは人の池だった。多分全部死体だ。下の土が見えなくなってしまっている。

「全部、死体?」

「そうだね、全部死体だよ」

 ふと、誰の物でもない声が聞こえた。だが、聞き覚えのある声でもあった。

 その声とともに、その腕は首に回る。その手にはナイフ。ぴたりと私の首筋に当たられている。

「刑事、さん?」

「どうも、あの時の刑事もどきです」

 そいつは、私がお見舞いの際に声を掛けてきた自称警察官だった。

「派手にやってくれちゃったねぇ。全く、君には秋口の売人検挙の際も迷惑を掛けられたよ」

「あはは、なんのことやら」

 そんなことを言われても、普通そうするし。売人の教育とか情報統制とか、ズサン過ぎんだよ。お前の組は。

「お前、何者なのさ?」

 さわっちはそう問い掛ける。

「俺? 俺っちはこの研究所で作られた薬を売り捌く売人の元締めさ。この子にはね、秋口にその売人の一人を潰されてね。前々から目を付けてたのさ」

 不運だ。これはもう、不運以外の何物でもない。

「まあ、このまま静かに生きてくれるようだったら見逃したけど、今日のこのザマよ。こりゃもう、落とし前付けるしかないよね? どうせおじさんは死ぬのは確定だし、ここで死のうが生き残ろうが関係ないのよ。おじさんも落とし前つけるから、君も付けないと」

 そう言って、男は私の懐に差してある拳銃に目を付ける。

「こりゃ趣味のいい拳銃だな。貰っとくよ」

 そう言って、男はその拳銃を抜いて、私に突きつける。

「チョッキ着てても、この距離から撃たれたら死ぬよ。俺、上手いのよ、結構な人数撃ってるからね。人が死ぬ距離ってのは大体心得ていんの。この口径なら、この距離で十分さね」

 それはあまり知りたくない類の豆知識だ。

「この辺でもういいだろう。銃を構え続けるにはおじさんはもう歳だ。腕が疲れてきたよ」

「もうちょいがんばらない?」

「おじさんに無理させんじゃないよ、若いんだから、諦める時はすぱっと諦めな」

 ――銃声が夜空を切り裂いた。



「……」

「やあ、久しぶりだね」

 塩原の真ん中、『私』は私に笑いかけた。

「そんな顔で見ないでくれよ。自己嫌悪だよ、それは」

「だって、会いたくなかったもん」

 それは、いつぞやの塩原の鏡だった。

「さて、ここに来た理由は――まあ後で良いか。どういう状況で、今ここに立っているのか、分かるよね?」

 分かっている。

「結局さぁ、ここは一体何なのよ。精神世界なのか、死後の世界なのかはっきりしてくれない?」

 銃で撃たれたのだから、死ぬのが普通だ。その結果ここに立っているというのは、つまるところここが死後の世界ということになる。

「いやいや。死んだからといっていきなり死後の世界に直行するとは限らない。例えば走馬灯。この世界は、君の見ている走馬灯のようなものなのかもしれないし、この精神世界を死後の世界と呼ぶのかもしれない。その辺は君の想像に任せるよ」

 また無責任な。まあ、責任を取れというのが難しい話ではあるが。

「まあ、もしヒントがあるとしたら、こいつじゃないかな」

 すると、鏡の後ろにそいつは現われる。

「くじら?」

 そう、くじらの死骸だった。塩原の中心に横たわるくじらの死骸というのは、違和感の強いものだった。

「君の死のイメージさ」

 鏡は言う。

 死のイメージ? 一体何を言っているんだ?

「死の擬人化、いや、擬像化と言ってもいい。君が死に対するイメージ、感情を形にしたのが、あのくじらなのさ」

「抽象的過ぎて何がなんだが」

 何故くじらなんだ? 一体このくじらに対して、どのような死のイメージを私は持ったのだろうか?

「本来、このくじらは海底に横たわり腐ることなく食まれ朽ちるというイメージで構成されていた。あえて解説するとするなら、海底は孤独、朽ちる姿は忘却、腐らないその姿は永遠を意味している。……そして、そのくじらは君自身を表している」

 私はそれほどロマンチストとは思えない。

「君はそう思っていても、これは深層心理に近いものだからね。それに、君が思っていないだけで本当は乙女みたいな詩的な一面を持っているんだよ」

「恥ずかしいから止めろ」

 詩的というよりは叙述的の間違いだ。

「つまるところ、君は死というモノを永遠の孤独の中に身を投じることと見ている。そして、身体が食い尽くされ――忘却される時、君はその存在をこの世から消す。逆に、生きることをこの塩原に投射しているのも見て取れる。何もないのに、無常さだけはその塩の鏡に映し出す。前に言ったね。この塩原の世界は君自身だと。それは同時に、君の生き様にも関わってくるモノだ。この広い塩原を当てもなく歩き回ること、その無謀さを人生に置き換えている節があるね。君の死生観はこんなところかな?」

 やたら夢の内容をやたらリビドーに関連させたがるような精神分析学者でもやらないような滅茶苦茶な精神診断だ。

「人は結構分かりやすいモノに自分の人間性や人生を投影するものだよ」

 人間ですらないものが何を語る。いや、自分自身ではあるが。

「君は今年、色々な出来事に出合い、考えた。雨女の死に様に憤慨し、夏の化け物と魂の所在を夢想し、夜空の下で神に付いて語り合い、ドラッグのバイヤーを破滅させ、抱き枕の夢を見て、鏡に君自身を見て、暗闇の中に光を見つけ、うみぞこのくじらと出会い、神隠しの正体を暴き、果てはヤクザの抗争に巻き込まれる。きっと君とって、今年ほどのドラマチックな年はこれまでなかっただろうね」

 その結果がこのザマだ。

「だけど、満足はしているのだろう?」

 ……そういえば、思った以上に私は死というモノを、――あのくじらを受け入れている。

「もっと足掻くかと思った。だけど、こんな人生も悪くなかったと思っている」

 鏡はその言葉を聞いて満足そうに、そして意地悪く笑い言った。

「――矛盾、みぃつけた」

 矛盾? どういうことだ?

「客観的に君の死を評価しよう。下の下だ。ヤクザの抗争に巻き込まれて死ぬなんて、マトモな死に方とは言えない。それがヤクザの死に方ならもしかしたら上出来なのかもしれないが、君はただの人間。こんな死に方は、君のような人間には相応しくない。まだ車に轢かれて事故死の方が一般人らしい」

 だけど、私はそのことに満足している、それのどこがおかしい。

「おかしいね。だって、君は雨女の死に方に憤慨した。ニセモノの救いによって報われた死を、君は救いの無い死に方だと斬って捨てた。そんな君が、君自身の死に方を最低だと評しないのは、矛盾だ」

 絶句してしまう。今更そんなことに気付かされてしまう自分が、無様だ。

「あのくじらに飲み込まれた時だってそうだ。君はあの死を受け入れようとした。それはつまり、死に方にコダワリがないということだ」

 そうだ。そんな人間が、他人の死を評価しようなんて、矛盾もいいところだ。

「しかし、その矛盾を体現するのが、人の精神性でもある。その矛盾を証明するならば、君は自身に興味がないことだ。そんな人間ならば、この矛盾も証明できる」

 だったら、どうすればいいんだ。そんなことに気付かされたって、私にはどうしようもない。

「何、それは君がこれから生きて行く中で見つけるものさ」

 何を言うんだ。私は死んだのだろう? もうそんな時間はない。

「ポケットの中、調べてごらん」

 鏡の言うとおり、私はポケットの中を弄る。

「これって……」

 くじらが塩原の中に沈んでいく。そして、代わりに現われたのは、真っ黒な布を被ったマネキンだった。

「銀の弾丸さ。今回、それが君の生死を別った。それに、いつどこで言ったんだ。君が死んでしまったなんてこと――」

 鏡は言う。そして、マネキンはその手を差し出す。

「さあ、さよならだ。今日は聖夜だったね。こんな奇跡ぐらい、神様は認めてくれるさ」

 鏡はあの時のように姿を消す。そして、私はマネキンに手を引かれ、その塩原をどこまでも、どこまでも歩いて行く。


 十二月二十四日、夕方。猛烈な背中の痛みで目を覚ます。

 ここは、どこだ?

 私はケータイの時計で時間を確認しながら、居場所を確認する。ここは、そうだ。あのヤクザのようなシティーハンターの事務所だ。

「おはよう、気分はどう?」

「……最低」

 背中が猛烈に痛い。死んでしまうかと思うほどの痛みだった。

 ――昨夜のことを思い出しながら、私は出されたコーヒーを口にする。

 男は確かに私を撃った。その瞬間、妹さんが行動を起こした。空になった機関銃を放り投げ、懐から拳銃を二挺抜き、一気に掃射した。

 男は蜂の巣。撃たれた私は地面に倒れ付していた。

 さて、ここで問題です。あの男が撃った銃は誰の銃でしょうか?

 答え、私がたださんに手渡されたお守り代わりの銃です。

 さて、更に問題。その銃に装填されていた弾は何製でしょうか?

 答え、純銀製。

 ところで、銀の比重を知っているだろうか。銀の比重は10.49、一般的な弾丸に使われる鉛の11.36よりも軽い。比重が軽いということは、そのまま殺傷力の違いにも現われてくる。

 男は拳銃には普通の鉛の弾丸が入っていると思っていたようだが、入っていたのはそれよりも殺傷力の劣る銀の弾丸。その僅かな計算違いが、私の命を繋いだのだ。九死に一生、もしちょっとでも男が前に出ていたら、もし私が銀の弾丸が入った拳銃を持っていなかったら、死んでいてもおかしくはなかった。

 だからといって、骨折すらないのはどういうことなのだろうか? その旨をたださんに問いただすと――。

「何、お抱えの闇医者がいるのですよ。打撲から眠り病に至るまで、あらゆる怪我病気を治してしまうちびっ子魔法使いが」

 胡散臭い話だ。まあ、運がよかったのだろう。

「あの時、もしあの拳銃を持っていなかったら?」

「あいつは自分の拳銃なりを使っただろうねぇ。彼なりの皮肉だったんだろうよ、『一般人が拳銃なんて持つからこうなるんだ』って言う皮肉」

 嫌な話だ。

 私は気持ち良さそうに眠るさわっちと妹さんを尻目に、事務所を後にする。

「あら、もう帰っちゃうんだ。もうちょいゆっくりしていきなよー」

「バカな。死に掛けたんだから、もういいだろ。こちとら銃を扱ったことのない一般人なんだ。これ以上危ない目には遭いたくないよ」

「そうかい。まあ、眠り病の件はこれでチャラ、ということで」

「――?」

 手を振るたださんを尻目に、私はテナントビルを降りてゆく。

 痛む背中を摩りながら、冬の街を歩いてゆく。

 さて、今日はどうしようか。とりあえず、ともちんにクリスマスプレゼントを届けなければならない。

 そんなことをぼぅっと考えてた時だった、聞き慣れた声が背後から聞こえてきた。

「おい、何で助けてっつったのに助けてくれなかったんだよ」

 そいつは変な歩き方で近付いてくる。まるでどこか痛いところがあるかのようだ。

「――助けてって言ったって、助けようがないだろ、あんだけだったら」

「うっせぇっ! こちとら必死だったんだよぉぅっ!」

 Mだった。こいつ、生きてやがったのか……。

「あのオカマ野郎、入らねぇっつってんのによぉ」

「ぶっ!」

 だんだん見えてきたぞ。この事件の真相が。

 ケータイに保存されている写メを改めて見る。この写メ、見るたびに違和感が消えていったが、今その違和感の正体が分かった。

 始めはMが女性に囲まれているが故の違和感だと思ったが、その実この写真に写っている美女は女性であって女性ではない。

「こいつら……男だったのか……」

 笑い声が抑えられない。ケータイの写メには、美女に囲まれるMの姿。その美女はその違和感の正体が分かっていればとても分かりやすい画像だった。

「わ、笑うんじゃねぇっ! こちとら男の処女をとられたんだっ!」

「ぶぼぉっ!」

 もう、ダメ。お腹、痛い。背中は、もっと痛い。

「おかげで歩くたびに響くんだよ、ケツがっ!」

「だ、だから、言ったんだ。気をつけろって、ぶふぅっ!」

 ダメだ、楽しい。こいつ、生き様がギャグそのものだ。

「まあ、いいや。とりあえず、今日はともちんのところにクリスマスプレゼントを持っていったら、ご飯にしようよ。いい釜飯屋を知ってんだ」

「マテコラ、何故釜飯なんだ。何故釜飯をこのタイミングでチョイスしやがったんだ」

「まあまあ。他意はないよ」

「他意はないってそのまんまそういう意味だな畜生がっ!」

 こうして、一年は終わりを迎える。同時に、私たちの物語もまた、この辺で筆を置くこととなる。

 今年は色々な事件が起こったが、まあ、いい一年だったと思う。

 来年に思いを馳せながら、私はあのボロアパートへと足を向けるのだった。


十/トリガーハッピークリスマス――了

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