表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デウス・エクス・マギカ  作者: 囘囘靑
第3章:猫と毒薬(Las Chats e La Toxica)
52/52

第52話:白日の夢(La Libido Divine)

 撃たれた(せつ)()、ジェゼカの全身が光に包まれる。ブルガーの街で、少年がオリヴィエに分け入っていく際にも、シロットは同じ光を見た。“笑い声(リュヴ・スメクス)”から放たれたのが死の光ならば、これは生の光だろうと、シロットは思った。


 まぶしさに目を閉じ、再び開いたとき、ジェゼカの姿は消えていた。地に伏すシーラの表情は、心なしか安らいで見える。


「傲慢だと思う?」


 銃を握りしめたまま、オリヴィエが低く問いかける。


「私を愛してくれる人を、私は生かそうとしている」

「思わないよ」


 シロットは首を振る。


「そんなこと考えなくていい」


 あなたは愛されていい、と、シロットはそこまで言おうとした。しかし、背後から聞こえてきたうめき声が、その言葉を奪っていった。


 振り返ってみれば、キスメアが咳き込みながら、血の塊を吐いている。四肢を喪った彼女の断面からは、肉でもなければ、骨でもないもの――銅線や、歯車や、発条(ばね)がはみ出している。


 流れ出る“血”に触れると、シロットはそれを鼻先へと持っていく。機械油(オイル)の臭いが、鼻孔をくすぐった。


「どういうこと……?」

「先輩……?」


 キスメアの声には、機械特有の雑音(ノイズ)が混じっている。ひゅうひゅうという浅い息の音に、送風機(ファン)とモーターの駆動音が紛れる。


「キッス?」

「ああ、先輩……!」


 シロットの呼びかけに、キスメアは何度も首を振った。


「怖ろしい夢を……見ていたんです。私が……先輩を殺そうとしていて」

「あなた……覚えていない?」


 シロットの問いにも、キスメアはただ、ガラス玉のように透きとおった青い瞳で、霊廟の割れた天井の隙間から、空をぼんやりと眺めているだけだった。自分の身に何が起きたのか、キスメアはまるで理解していないようだった。


 遠くで、競技場を覆っていたガラス屋根の一部が、音を立てて崩れる。破片は陽射しと炎に煽られ、きらめきながら、水たまりへと吸い込まれていく。


「使節として、あなたはレウキリアへ来た」


 声の方へ顔を向けると、青髪の少女――シーラが身を起こし、オリヴィエとシロットの輪に入っていた。


「レウキリアは、ラルトンの(さく)(ほう)に入っている。儀礼目的で、年に一度、ラルトンの使節がレウキリアを訪れる。その機会を、あなたがたは利用した」


 シロットもオリヴィエも、シーラをじっと見つめていた。目の前にいるのはシーラで、声もシーラのものだ。ただ、口調はジェゼカで、目の伏せ方もジェゼカのものだった。


 言葉づかいや、言葉にならない細かな(きょ)()も、すべてがジェゼカのものなのだろう。シーラの肉体に、ジェゼカの精神が宿っている。“融合”と呼ぶほかない現象だった。


「ねえ、教えて。あなたたちの真の目的を。あなたは何を聞かされて……この地までやって来たというの?」

教皇(ジリッツァ)の……暗殺……」


 かすれ声で、キスメアは答え始める。オリヴィエもシロットも、耳をそばだてた。


「暗殺? 誰が?」

「タイケメリア枢機官が……クロエ教皇を……」


 クロエ――懐かしい、それでいて、この場で決して耳にしてはならない名前を聞きつけ、心臓を締め付けられるような痛みを、シロットは味わった。


「どういうことよ」


 シロットの質問に、キスメアは答えない。


「『あの子を教皇にはしない』って……取決めがあったはずでしょう」

「私は……分かりません。――ああ!」


 そう言いながら、キスメアは口の端で、ひゅうひゅうと息をこぼす。


「怖い、怖い! 今でも怖いんです! ――だれか、私を救ってくれたりするのでしょうか? 私を……」

「怖がらなくていい」


 錯乱しかけているキスメアに、ジェゼカ――いや、シーラが、優しく語りかける。


「タイケメリア枢機官。ラルトンの三魔女のひとりで、古魔術の練達者。凍結の魔法の使い手で、四体の魔獣(デウス)と融合を果たし、長命を得るために、みずからの身体を機械に置き換えた者――」


 そう言いながら、ジェゼカはキスメアの胸の辺りに手を置いた。


「もう怖がらないで。悪夢は終わったの。彼女の陰謀に呑まれ、知らず知らずのうちに、貴方の内臓は機械に置き換えられた。けれど、もう終わったの。あとは安らぎだけよ。そうでしょう?」

「そう、そうですね」


 キスメアが言う。見開かれていた瞳は穏やかになり、やがて濁っていく。ふう、とため息をつくと、キスメアは目を閉じる。それからキスメアが、ふたたび口を開くことはなかった。


「信じない」


 キスメアを看取りながらも、シロットは首を振った。


「私は信じない」

「教えて、シロット」


 キスメアの亡骸を前に、険しい表情を浮かべるシロットに対し、今度はオリヴィエが、そう声をかける番だった。


「ラルトンで何があったの? 何が起きようとしているの?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ