第49話:異常な愛情(Lieve Etrange)(3)
「余計なマネを」
シロットを仕留めた段階で、“キスメア”は、勝ったつもりでいた。
それがどうだろう。今やシーラは――パプリオスは――玉座を追われ、オリヴィエの歯牙にかかろうとしている。
魔力を解き放たねばなるまい、キスメアの肉体が耐えられず、朽ち果てることになったとしても。――そう考え、“キスメア”は一歩を踏み出そうとする。
「死にぞこないが」
「――呼んだかい?」
声とともに、足首を掴まれる。
“キスメア”は、ぎょっとして振り向いた。地面に這いつくばったままの姿勢で、シロットがキスメアの足に手をかけていた。
「シロット……! あなたは……!」
「アンタには誤解がある」
唇の端から血の泡を飛ばしながらも、視線だけは絶対に自分から離そうとしないシロットを前にして、“キスメア”はただ息を呑むしかなかった。
「はじめから、だれも生きちゃいなかった。そうでしょう? あたしらも、そうよ」
足が潰れることになってもいい――“キスメア”がそう判断するよりも、シロットの行動の方が早かった。ラルトンの三魔女・望タイケメリアにとってみれば、シロットの魔力などは虫けら同然だ。ただ、戦闘技術の尺度で天秤にかけられてしまえば、今度はタイケメリアが、シロットに赤子扱いされる立場だった。
シロットの背中に走る魔術の刺青が、霊力を解放したのを“キスメア”は直覚する。シロットの渾身の膂力を前にして、キスメアの足首は、うれすぎたザクロのようになって弾けた。
足を失い、キスメアは前のめりに倒れる。そのときにはもう、みずからの懐に飛び込んでこようとする相手に対し、シロットは体を開いて、鉄槌を構えている。
「終わり――」
シロットは叫んだ。一閃。キスメアの胴体から、両腕が吹き飛んだ。
◇◇◇
オリヴィエちゃん、今よ! ――シロットはそう叫ぼうとした。しかし、もはや息が続かなかった。キスメアが倒れると同時に、シロットも顔から、再び泥水の中へ倒れ伏す。
かすむ視界を、一条の光がよぎる。遅れて、銃声が耳朶を打った。ガラスの弾けるような音と、シーラの、いや、パプリオスのつんざくような悲鳴が続く。こなごなになったパプリオスの翅が、花びらのようになって、シロットの下まで降り注ぐ。
オリヴィエは勝った! ――もちろん、考えるべきこと、感じるべきことは、ほかにもっとたくさんあるだろう。そんなことくらい、シロットにも分かっている。しかし同時に、自分には時間がないことを、シロットはよく理解しているつもりだった。何千何万という思考と感情を置き去りにして、シロットは自分の意識が、死の闇の中へと滑落していくに任せるしかなかった。




