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デウス・エクス・マギカ  作者: 囘囘靑
第3章:猫と毒薬(Las Chats e La Toxica)
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第46話:青磁色の光(Las Lazel Moh)

「大丈夫?」


 呼びかけに浅くうなずいてみせるキスメアだったが、その額から脂汗が流れ落ちるのを、オリヴィエは見逃さなかった。


 サイラスの触手に合成された(ドラコ)が、三人に炎の息吹を浴びせた刹那。――オリヴィエとシロットは間一髪で(かわ)したが、キスメアはわずかに遅れた。身をよじったキスメアの背中を、業火がなめ取ったのだ。


 三人は今、瓦礫の下に身をひそめ、息を殺している。地面を突き破ってサイラスは出現したが、その際に掘り返された地面が、却ってオリヴィエたちを救済していた。


「しぶといな」


 地表の辺りから、サイラスの声が響いてくる。


 瓦礫の間のわずかな隙間から目を細めると、シロットは首を振った。(ドラコ)の合成により、サイラスは光学迷彩を獲得している。炎と煙のせいもあって、オリヴィエたちはサイラスを見失っていた。


「なればこそ、手配されている、というわけでもあるか――」


 再び、サイラスの声が聞こえてくる。今度の声は、先ほどよりも遠くから響いたように、オリヴィエたちには聞こえた。


(どうする?)


 小声で尋ねてくるシロットに対し、オリヴィエもまた首を振って応じる。


 オリヴィエたちはサイラスを見失っている。しかし、サイラスもまたオリヴィエたちを見失っているのだろう。周囲が火で焼かれ、煙に満ちているために、サイラスは臭いを辿ることも、複眼を駆使することもできない。先ほどからサイラスが声を上げているのも、自分たちを陽動する目的だと、オリヴィエは見抜いている。


 しかしオリヴィエたちも、手をこまぬいているわけにはいかない。キスメアの額から汗が流れ続けるのは、火傷のためだけではない。息を潜めている間にも、炎はグラウンドの表面を舐めまわしている。このまま潜伏を続けたとして、蒸し焼きになるのは時間の問題だった。


「いつまでも隠れられると思うな?」


 外の様子をうかがっていたオリヴィエの前で、蒸気に当てられたかのようにして、景色が揺らめいた。揺らめきが収まった次の瞬間には、サイラスの巨体がを露わになっている。


 サイラスの胴体の、触手が収まっていたところから、白い液体が流れはじめる。液体は、地面にしたたり落ちる頃には、透明なものに変わっている。


「神経毒だ」


 サイラスの言葉に、オリヴィエは服の袖口を引っ張り、口元を覆う。隣では、シロットが唇を固く引き結びながら、キスメアの口元に、みずからの手をあてがっている


「私は酵素を持っているから、この毒は効かない。熱で毒は揮発し、お前たちのところまで拡散する。じきにお前たちは幻覚に苛まれ、動けなくなる――」

(ガマンして)


 背中を丸め、苦しそうに足を動かしているキスメアに、シロットは小声で呼びかける。火傷で憔悴している中で、呼吸も制限されようとしている。キスメアは限界が近い。


(置いていって……)


 しぼり出すような声で、キスメアが言う。


 そのとき。視界の端で、青磁色の光がほのめくのを、オリヴィエは感じ取った。


 今のは何だ? ほんのわずかな変化だった。シロットもキスメアも気付いていない。サイラスも気付いていないようだったが、そのわずかな変化は、オリヴィエの全ての感覚を吸い取ってしまった。


(私は……いいですから……)

(へえ、言うじゃん)


 シロットが、わざとらしく茶化してみせる。


(生き残ってから言うもんよ、そういう殊勝なことは――)


 キスメアから手を離すと、シロットは鉄槌(ドミニ)を構え直す。


 オリヴィエの視界の遠くが、再び青磁色に点滅した。二度目もわずかな変化だったが、今はその光が、どこから届いたものかが分かる。青磁色の光で、“笑い声(リュヴ・スメクス)”のある場所――。


(行くよ)

「待って」


 表へ飛び出そうとしていたシロットの裾を、オリヴィエは手で掴む。オリヴィエの声はシロットにまで届き――外にいるサイラスにも届いた。


「見つけたぞ――」


 サイラスが吠える。しかしその言葉が、サイラスの最期の言葉だった。オリヴィエたちの潜伏する方へ、サイラスが振り向いた瞬間、空気が湿り気を帯び、鼻孔を甘い臭いが伝い、口の中に金属の味が広がった。


 それから視界が、青磁色の光に包まれた。

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