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デウス・エクス・マギカ  作者: 囘囘靑
第3章:猫と毒薬(Las Chats e La Toxica)
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第44話:思惑(Ennoia)

「私の“目”をかいくぐるとは」


 そう言いながら、カメの甲羅の外骨格の隙間から、合成獣(カイメラ)はタコの触手をむき出しにする。黒ずんだタコの触手は、体液の光沢を帯びていて、吸盤の隙間に埋もれる無数の複眼は、オリヴィエの握りしめる銃をにらみつけていた。


「あなたがサイラス。カリハ傭兵団の“奇種の奏者”」

「バンドリカの王室の者であるな?」


 オリヴィエの背後では、シロットが鉄槌(ドミニ)を逆手に構えている。そんなシロットの下へと、サイラスの複眼の視線が移る。


「後ろがラルトンの者だな?」

「私が答えると思うの?」

「いや」


 サイラスの巨体の中央には、半透明の(まる)(キチン)がある。その内側には、サイラスの上半身が――人間だったころの名残が――うずくまっている。


「口を割らせる相手が増えただけのこと――」

「二人をお願い」


 サイラスを見据えたまま、オリヴィエはシロットに言う。


「分かると思うけれど――」

「三対二、ってことでしょ」


 そう言ってのけたシロットに対し、キスメアが戸惑った様子を見せる。


「壁に擬態してんのよ」

「フーム」


 シロットの言葉に、サイラスが反応する。


「今からでも遅くない。この女を裏切って、カリハに――」


 サイラスが言い終わらないうちに、オリヴィエが銃を構える。放たれた一撃は、サイラスの半透明の(キチン)に殺到する。金属同士が衝突するような鋭い音が響き、サイラスが後ずさる。


 しかし、それだけだった。オリヴィエの魔法銃が威力を発揮するのは、魔獣(デウス)に対してだけだった。サイラスは人外ではあるものの、魔獣(デウス)ではない。


「サイラスは私が――」


 オリヴィエがすべてを言うより前に、サイラスが怒号を上げて、触手の一本を振り上げる。()ぎ払いを予期したオリヴィエは、その触手に向かって引き金を引いた。銃声とともに、触手が千切れ飛ぶ。


 その瞬間――胴体から離れた触手が、中空で大きく膨らみ、弾ける。中に溜まっていた白い液体が、オリヴィエめがけて殺到する。間一髪で身をよじったオリヴィエの目の前で、グラウンドまで降り注いだサイラスの体液が、土やガラスを猛然と溶かしていく。


 湯気を吸わないようにしながら、オリヴィエは立て続けに発砲する。しかし、サイラスの触手は、すでに外骨格の中に収められていた。銃撃は(キチン)に、あるいはカメの甲羅に阻まれ、肉体をえぐることはない。


 オリヴィエの視界の中央で、サイラスの形態が変わる。否、サイラスは土砂をかき分け始めていた。強酸の湯気が沈下し、土ぼこりが収まった頃には、サイラスの胴体は見えなくなっている。


 地面に潜り込んだのだ――そう理解しつつも、出方を(うかが)っている余裕はない。(きびす)を返すと、シロットとキスメアの下まで、オリヴィエは走り出した。競技場の反対側では、二人が(ドラコ)と対峙している。


 カッ、カッ、カッ――と歯を打ち鳴らしながら、(ドラコ)は炎の息吹を吐きつけようとする。シロットの前に躍り出たキスメアが、手に握る(スピア)を振り回す。キスメアの身体に彫られた、群青色の魔法陣(シギラム)が光を放つと、(スピア)の穂先から放たれた稲妻が、(ドラコ)の炎を中和する。


 炎を吐くのを中断すると、(ドラコ)は機敏に身をよじって、尾の一撃をキスメアに食らわせようとする。その先端めがけ、オリヴィエは銃撃を放つ。鱗が飛び散り、尾の先端が破裂した。


 光学迷彩のヴェールを帯びると、(ドラコ)は身を翻す。目標を見失い、たたらを踏んでいるキスメアに対し、ドラコは真横から肉薄しようとする。


 しかしその動きを、シロットは読み切っていた。キスメアを食いちぎろうと、大きく(あぎと)を開いている(ドラコ)の間合いには、すでにシロットが踏み込んでいる。


「――はあっ!」


 掛け声とともに、身体の前で交差させていた二本の鉄槌(ドミニ)を、シロットは真横へ叩きつける。加圧された空気が発光し、鉄槌(ドミニ)から放たれた衝撃波が、(ドラコ)の長い首に殺到して、それを断ち切った。


 勢いは収まらず、(ドラコ)の身体の残骸は、血と肉を周囲にまき散らしながら、競技場を水平に飛んで、観客席にぶち当たる。その刹那、地中に潜り込んでいたサイラスが、土砂をかき分けながら、地表へ姿を現した。


 一本の太い触手で、(ドラコ)の千切れた首を巻き取ると、サイラスはそれを、オリヴィエの銃撃で千切れた、もう一方の触手の付け根に当てがう。


 死んだはずの(ドラコ)の眼に、再び光が宿る。サイラスの動きに応じて、(ドラコ)が鎌首をもたげた。


「マジ?」


 地面に膝をついて、額の汗を拭いながら、シロットが言う。


「合成したんだ……」


 シロットの更に隣で、キスメアが言った。キスメアは膝に手をつき、肩で息をしている。


 身体に刺青(タトゥー)があるのは、オリヴィエも同じだ。ただ、シロットとキスメアのものは、オリヴィエのものほど手が込んでいない。発汗が制約されるせいで、二人とも長期戦には不向きだった。


 シロットはまだ耐えられるだろうが、キスメアはこれ以上()たない――。そこまで考えた矢先、サイラスの身体が、オリヴィエの視界から消え去る。


 カッ、カッ、カッ――。


 頭上から、(ドラコ)の歯を打ち鳴らす音が聞こえる。


 逃げて! ――オリヴィエの声が届くのと、(ドラコ)が口を開くのと、どちらが早かっただろうか? オリヴィエがその場を飛び退いた矢先、竜の業火が、地面に降り注いだ。

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