第43話:笑い声(RUV CMEX)(2)
天井が崩れる――。ジェゼカは手首に力を籠めた。身体を這う透明な刺青が、ジェゼカの魔力に呼応して、その瞬発力を最大値まで高めていく。手錠が弾け、鎖は紙くずのようになって地面を転がった。
「おい――」
天井を見ていた傭兵が、異変に気付いた。しかし、かれがパイクを振るおうとしたときには、全てが遅すぎていた。首輪を素手で引きちぎると、ジェゼカはそのまま、シーラに向かって跳躍する。シーラの身体に飛びつくのと、シーラの首につながれた鎖を引きちぎるのを、ジェゼカは中空で、瞬時にやってのける。
シーラの身体を抱えたまま、ジェゼカはグラウンドに肩から着地する。横滑りになりながら、自分の身体が砂山に激突するに任せた。地面を滑ったせいで、身体には擦り傷と火傷ができる。しかし砂山が、空から降り注ぐガラス片の雨から二人を守った。
「大丈夫ですか?」
「何とか……」
咳き込みながらも、シーラは返事をする。
先ほどまで自分がいたところに、ジェゼカは目を向ける。ガラス片に打たれ、傭兵たちは壊滅していた。ただひとり、カメの外骨格を持っているサイラスだけが、血だまりの中で無傷だった。
ガラスの雨とともに、三人の人物がグラウンドに降り立っている。ひとりは、ジェゼカやシーラと同じく真裸で、背中には群青色の、夜空のような刺青が走っている。もうひとりは、二振りの鉄槌を逆手に構えている。薄紫の装束は、ラルトン聖皇国の僧兵の制服であるが、背中にあるラルトンの紋章には、上からバツの印が付されている。
最後のひとりは、銀色の長い髪に、緑の長衣を身にまとっている。こぎれいな格好で、冒険者というよりもむしろ、貴族の遊覧者とでもいったような身なりだった。ただ、その白くて細い手には、不釣り合いなほどものものしい銃が握られている。何より、ジェゼカは一度、彼女に対峙していた。
「バンドリカの王女……」
ジェゼカは遠くから、銃使いの青い瞳を見つめる。対峙していた時は、戦うのに夢中で、瞳の青さを気に掛ける余裕がなかった。バンドリカ王家の者に特有の、透き通った青い瞳。帝都にいた頃、その瞳を持ったひとりの青年を、ジェゼカはよく知っていた。
よく知っていて――彼を好いていた。




