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デウス・エクス・マギカ  作者: 囘囘靑
第3章:猫と毒薬(Las Chats e La Toxica)
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第42話:笑い声(RUV CMEX)(1)

 旧文明の時代には屋外競技場であった建屋が、現在のレウキリアの祖廟だった。


 競技場を覆うガラス製の屋根は、ところどころ朽ちており、(こぼ)たれていたが、千年の歳月を経ても健在だった。割れたガラスの合間から射し込んだ陽射しは、幾条もの線になって、グラウンドに穏やかな光を投げかけている。


 観覧席までたどり着くと、競技場の中心部にサイラスは目をやる。競技場の中央、すり鉢状になった位置では、カリハ傭兵団の工兵たちが作業を行っている。重機によって、競技場の地面を覆っていたツルとシダははぎ取られ、土が掘り起こされている。


 土砂の量からして、競技場の地面は、現在よりもかなり低い位置にあったようだ。遠い昔、それこそ“世界の冬(フィン・デ・アニヨ)”の時代に、今からサイラスたちが復元(サルベージ)しようとしているものを、誰かがここに隠そうとしたのだろう。


 しかし、隠されているもので、露わにならないものはない。――工兵たちの間から上がる歓声が、サイラスにも聞こえてくる。土の下にうずくまっていた装置が、千年の時を経て、再び地上へと姿を現そうとしている。


「申し上げます」


 上位職人級(セナレダ)の傭兵で、工兵たちの陣頭指揮を執っていた者が、サイラスの下にまでやってきた。


「作業は順調です。内部のデータベースと照合する限りでは“笑い声(リュヴ・スメクス)”に間違いないかと」

「本部に報告しろ」


 サイラスは指示を出す。


「それから、斥候の要員を増やすように。機構(エンマハ)六芒星(ヘキサ)がやってくる兆候を掴んだら、総員を展開させる。しかし、ここを祖廟にするとは考えたな」


 部下が持ち場へと戻っていくのを見届けながら、サイラスは続けた。


「初代の侯爵は、“笑い声”の存在を知っていた。それをこの地に隠し、上にみずからの廟を建てた。建国者を(まつ)る廟となれば、余計な手出しをしようとする者はおるまい。レウキリアの民は祖先をよく敬うが、それは元からの気質なのか、初代侯爵が造り出した伝統なのか――」


 クレーンのアームが、下から上へ駆動する。工兵の声に合わせ、ワイヤーを掛けられた物体が、少しずつ地表へとせり出してくる。四角い、青磁色の機体は、大きさだけで言えば(アォト)と変わらないだろう。


(あれが“笑い声(リュヴ・スメクス)”……)


 ジェゼカは目を細める。


 レウキリア宮城の中庭で、サイラスに降伏したジェゼカは、ジルファネラス帝国における皇族としての地位も、カリハ傭兵団における親方級傭兵(ペルゾナ)としての地位も喪失し、奴隷に身をやつしていた。首輪をつけられ、後ろ手を鎖に縛られ、裸にされたジェゼカは、傭兵団の男たちや鼎頭狗(ツァーベアス)に凌辱の限りを尽くされていたが、それでもまだ希望を喪っていなかった。


 ジェゼカの見る前で、“笑い声”が光沢を帯びる。それが、天井の隙間から差し込む陽光のためではなく、“笑い声”自体が発する光なのだと気付いた瞬間、光が一段と強まった。


「な、何だ?!」


 サイラスの従者のひとりが、声をあげた。


〈再起動プログラムを適用――初期化を開始しています〉


 “笑い声”から、無機質で平板な女性の声が響く。


〈初期化が終了しました。ガイダンスを開始します――〉


 “笑い声”が目を開いた。――それは、シャッターが開いて投影レンズがまたたいたにすぎないのだが、ジェゼカは文字どおり、“笑い声”が目を開いたように錯覚した。


 居並ぶ傭兵たちも、同じような印象をもったにちがいない。特に、下級の傭兵たちの中には、規律を破って薬物に手を出している者もいる。そうした者たちにとって、まばゆい光は身体に毒のようだった。ジェゼカのすぐそばでは、大の男が悲鳴を上げて地面に倒れ伏し、指先で目を庇いながら、わなわなと震えていた。


 レンズから、グラウンドに向かって影像が照射される。ひとりの若い男性が、実像のようにして浮かび上がった。“世界の冬(フィン・デ・アニヨ)”より前の時代に存在したという、ホログラムの技術だった。


〈……の……リロイ=サキです。このたびお買い上げいただいたラフター……について、……に基づき、説明させていただきます〉


 ホログラムの男性の言葉に、ジェゼカは耳をそばだてる。昔者(いにしえ)の時代の言葉であり、ジルファネラス帝国では儀式や、格式の高い典礼のときにしか利用されない高級発音(ハイ・スピーチ)を、ホログラムの男性はよどみなく話している。


〈……が黎明を迎えてから、数えて二百年を迎えておりますが、昨今は天変の時代と言われています。迫りくる人類の危機に対し、……にも活発な議論がなされ、……な協調がなされていることは、皆さまもご存じのとおりでしょう〉


 ホログラムの男性が微笑み、白くて細い歯が見える。腹違いの兄・アダバダの笑い方を連想させ、ジェゼカの背中を冷たいものが走った。


聯盟(リーガ)の主導によって、ヒャルターリン=トウミ博士の指揮の下、世界を再生させるプロジェクトが進行しております。このプロジェクトは道半ばではありますが、すでに比類のない副産物を生み出していることについては、皆さまも否定はいたしますまい。――そう、魔術による神デウス・エクス・マギカを〉


 なじみのある言葉を耳にして、ジェゼカは息を呑む。世界を滅ぼした最終兵器・“笑い声”が、魔獣(デウス)とどう関係があるというのだろう?


神獣(デウス)が、各国において比類のない成果を上げていることは、聯盟(リーガ)の場でも報告されています。人は動物の中でもとりわけか弱いかもしれませんが、知恵によって霊長として君臨している。神獣(デウス)は人間よりもなおか弱いですが、人の生命と融合することによって、図り知れない恩恵を人類に与えようとしている。――しかし〉


 リロイと名乗る男は、ここで一度言葉を切った。


〈その恩恵を、人類のために利するのではなく、自分たちの便益のみのために利用しようとする(やから)が出没しているのも、また事実です。昔者(いにしえ)の時代から(よこしま)な者たちがいる。そのような者たちから、自己を防衛するための装置として、ここに“ラフター”が、笑い声ではなくて――産声を……上げ……です〉


 音声が途切れがちになり、リロイと名乗る男の姿が明滅し始める。“笑い声”のシャッターが閉じられていき、装置から放たれていた緑色の淡い光も収まっていく。


「誤作動か……あるいはそれとも……」


 含み笑いを漏らしながら、サイラスが呟く。


「いずれにせよ、すぐに分かること。――シーラ侯爵、ジェゼカ殿下、このサイラスが、貴殿らを死地へとお連れいたしましょう」

「嫌だ……離して……!」


 “笑い声”の展開と、リロイと名乗る男の言葉に心を奪われていたジェゼカだったが、隣から聞こえてくる大きな声に、現状へと関心が引き戻される。ジェゼカと同じように、裸にされ、首輪をつけられ、鎖につながれていたシーラが、先ほどからしきりに身をよじっては、無駄な抵抗を続けていた。


 宮城の中庭に降り立ったときには、霊薬(エリクサー)を飲ませて辛うじて立てるかどうかというくらい、シーラは衰弱していた。それにもかかわらず、今のシーラは、周囲をたじろがせるには十分なくらい、激しい身振りで傭兵たちの手を振りほどこうとしている。“笑い声”機動のカギをシーラが握っている以上、彼女を乱暴に取り扱うわけにもいかず、周りの傭兵たちは手を焼いているようだった。


「ほら、歩け」


 隣にいた男が、ジェゼカの尻の肉を鷲掴みにする。


「もう一度犯されたいのか」


 ジェゼカは無言のまま、サイラスの後に連れられ、グラウンドまで歩みを進める。中段まで降りたあたりで、突然、サイラスが後ろを振り向いた。――否、サイラスは半透明の(キチン)越しに、頭上に目を向けている。


「ネズミどもが」


 サイラスがそう吐き捨てた、次の瞬間。競技場を覆うガラス製の天井に、大きな亀裂が走った。


 ジェゼカの見る前で、天井の亀裂は、さらに大きく広がっていく。

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