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デウス・エクス・マギカ  作者: 囘囘靑
第3章:猫と毒薬(Las Chats e La Toxica)
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第40話:その日、またはぎりぎりの情熱(Rene)

 朽ちた大理石の柱の裏まで、シーラの身体を引っ張ると、二人の男は一息ついた。


「ほかの奴らは?」


 ひとり目の男に尋ねられ、もうひとりは柱の陰から、中庭の中央に目をやる。


 サイラスと、彼の“目”、“耳”は、すでに中庭を()っている。残された下級傭兵と鼎頭狗(ツァーベアス)たちは、ジェゼカの身体を弄んでいる。


 どの傭兵ギルドにおいても、反逆は脱走と同義だった。その(かど)で捕らえられた傭兵は、元の身分がどれほど高かったとしても、未来はない。男はその場で殺されるが、女の場合はもっと悲惨で、みずから死を選びでもしない限りは、命尽きるまで、男たちの慰み者にされるのが常だった。


 サイラスに降伏したジェゼカは、カリハにおける地位を全て喪い、奴隷に身をやつしていた。ジェゼカは服をはぎ取られ、下級傭兵や鼎頭狗(ツァーベアス)たちに組み敷かれ、男どもの体液まみれにされ、凌辱の限りを尽くされていた。


 ジェゼカほどの実力があれば、男たちを蹴散らして逃げ出すことなど造作もないだろう。それにもかかわらず彼女が服従しているのは、ここにいるレウキリア侯爵・シーラの命を守るためだった。


「気付いてる様子はねえな。みんな泣きそうな顔して、お姫様にしゃぶってもらおうとしているぜ」

「ツイてるな」


 二人目の男は、ズボンのベルトを外すと、下半身をむき出しする。シーラはといえば、目をつぶったままぐったりとしている。顔は蒼白で、唇は青い。胸がかすかに上下しているのが認められなければ、死んだと思われてもおかしくないだろう。


 二人目の男は、シーラの身体に馬乗りになろうとする――。


「とうとうこの日が来ました」


 背後から聞こえてきた声に、男たちはぎょっとする。振り向いてみれば、レウキリアの民で、カリハ傭兵団と内通していた猟師の娘・ナディが、二人の背中にじっと視線を注いでいた。


「あっち行け」


 安堵したのか、それとも興が削がれてしまったのか。二人目の男は、ナディを手で追い払おうとする。


「どれほどこの日を待ち望んだか、あなたがたには分かりますまい」

「何だって」


 ひとり目の男は驚いて、ナディを凝視する。ナディのすぐそばには柱が建っており、そこから落ちる影のせいで、ナディの表情は判然としない。


(おも)(しれ)えじゃねえか」


 脱ぎ捨てたズボンをたぐり寄せると、二人目の男は回転式拳銃を構える。


「いい気になってんじゃねえぞ。お前も服を脱いで、股を広げな。あるいはこの女の横で四つん這いになって、ケツを向けろ」

「この世に生を享けてから、私は多くのものを見てきました」


 ナディは一歩ずつ、男たちに近づいてくる。男たちと、地面に寝そべっているシーラを交互に見ながら、ナディは鼻から大きく息を吸っては、吐いている。


「実に多くのものをです」

「撃つぞ」

「その銃から弾は出ない」


 ナディの言葉に、今度は男たちが息を呑む番だった。


「俺は本気だぞ」

「なら、試せばいい。その銃から弾は出ません。これは私が、確かに言ったこと」


 空いていた左手を、二人目の男は銃把に添える。おいやめろ、と、ひとり目の男は言う。しかし、二人目の男は目を見開いたまま、ナディに照準を合わせている。まるで自分の意思では、もはや銃を降ろすことさえままならない、といった有様だった。


 二人目の男が、引き金を引く。発条(スプリング)の弾ける小気味よい音がする。しかし、それだけだった。


 その音に突き動かされるようにして、二人目の男は、何度も何度も引き金を引く。そのたびに、やはり弾は出なかった。


「ど、ど、どうなって――」

「あなたがたは、器としてふさわしくない」


 二人目の男に向かって、ナディは目を見開く。銃を手にしたまま震えていた二人目の男は、突然両腕を投げ出すと、大きくのけ反った。


「おい?! 何だよ?!」


 二人目の男の反応に驚いて、ひとり目の男は尻餅をつく。


 二人目の男は、今度はその場で真っ直ぐに立った。見えざる巨人の手によって頭をつままれ、操り人形か何かのようにして、吊り上げられたかのようだった。


 地面に血だまりができていることに、ひとり目の男は、遅ればせながら気付く。二人目の男の目、耳、鼻からは、血が噴き出していた。


 死か、死よりももっとおぞましいことが起きている。そう思った矢先、自分の眉間に突きつけられた銃口に、ひとり目の男は目の焦点が合った。


「や、やめ――」


 銃声。



   ◇◇◇



(ママイ)がお隠れになられてから、私はこの森に逃げ込みました。(ホン)(ゴン)の――あのラルトンの気狂いどもから逃れるに当たって、この森は私にとってのオアシスでした」


 手を伸ばすと、ナディはシーラの髪をかき分ける。口元に手を当てれば、かすかな呼気が感じられる。芯の尽きかけた蝋燭が、かすかな脂を頼りにして燃えているさまを、ナディは連想する。


「何より――ここには生き残りの人間(テポス)がいた。信じられないかもしれませんが、姫様、遠い昔には、人間(テポス)魔獣(デウス)とがともに助け合っていた時代が、確かにあった。私のことをよく支えてくれたひとりは、やがてレウキリア侯と呼ばれるようになっていった」


 ナディは続ける。


「千年が経って、みな死んでしまった。私は人々から忘れ去られ、それでもなお、私はあなたたちを忘れはしなかった。私を愛してくれた者たちが世を去っても、私が世を去らないうちは、その愛は私の中で永遠に生き続けるから。それからまた千年が経とうとした今、私の前に、あなたがやってきた」


 シーラの頬を、ナディはそっと撫でる。男たちの慰み者にされ、血と体液に冒涜されていても、シーラの肌の白さとその美しさは、ナディがため息をつくのには十分すぎるくらいだった。


「人間。いいえ、これからあなたが人間でない者に生まれ変わろうとも、あなたがその気高さゆえに蓄えてきた膨大な記憶は、私とあなたをともに生かすでしょう。私には情熱がある。私を愛してくれた人間たちの愛いに応えたいという、ぎりぎりの情熱が。レウキリアだけでない。世界をこの手に収められるだけの権能の前に、この私は立ち会っている――」


 シーラを前にして、ナディが膝をつく。ナディの身体からあふれた光が、シーラへと殺到する。

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