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デウス・エクス・マギカ  作者: 囘囘靑
第3章:猫と毒薬(Las Chats e La Toxica)
34/52

第34話:軍団にして君主(Monarch e Legion)

――シロット。

「分かってる」


 オリヴィエの声に応じながら、シロットは早足で、遺構と化したバイパス道路の先を急ぐ。背後からの螺旋翼機(ガンシップ)のプロペラ音は、ゆっくりと、しかし着実に、シロットまで迫ってきている。


 螺旋翼機(ガンシップ)は武装していない。中には二人いる。――オリヴィエの五感を通じ、シロットはこれらのことを知覚している。ひとりは操縦士だろう。では、もうひとりは? シロットの、あるいはオリヴィエの直感が正しければ、もうひとりはすでに、シロットの存在を感知している。この(うっ)(そう)としたレウキリアの森の、砂漠の砂粒ほどの大きさしかないはずのシロットを、もう一人は、標的とみなしている。


「分かってますって」


 だからシロットは、できるだけ早く、開けた場所へ出ようとしていた。相手の索敵能力を鑑みるに、木々の合間に潜むことには、幾ばくかの値打ちもない。相手が“エンマハのハルエラ”のような能力の持ち主ならば、そもそも森ごと(まく)られてしまうおそれもある。


 そうである以上、今のシロットには、広いところへ出る以外に方法はなかった。遮蔽物がなければ、遠くまで見通しが効く。銃の射線も通りやすくなる。


 シロットの正面に、高台が姿を現す。長い年月の間に地盤が隆起し、バイパス道路の一部が、樹海から浮かび上がっていた。


 螺旋翼機(ガンシップ)を一瞥した後、シロットは地面から跳躍する。登りきるには、飛距離がわずかに足りない。腕を伸ばし、高台の突端に手をかけると、シロットは腕力にものを言わせて、鉄骨をよじ登る。


 螺旋翼機(ガンシップ)はシロットの頭上を飛び越えると、反対の縁で旋回する。シロットを意識した動き方だった。


 螺旋翼機(ガンシップ)のハッチが開く。


――気をつけて。


 オリヴィエが警告する。銃を抜き放つと、シロットは撃鉄を起こし、照準をハッチの下に合わせる。“もう一人”が降りてくる瞬間。それが狙い目だった。


 何者かが、ハッチから身を乗り出し、地面に着地する。その正体を確かめるより前に、シロットは引き金を引く。銃声! タイミングが合わなかったわけではない。引き金を引くのに手間取ったわけでもない。銃撃は標的に殺到したが、薙いだのは影だけだった。


――上!


 オリヴィエの声がする。シロットにも見えている。着地と同時に地面を蹴って、相手は跳躍したのだ。白い外套が、白銀の兜が、掲げられた槍斧(ハルベルト)が、まぶしく輝いている。陽の光を意図して受けることで、相手はシロットを(げん)(わく)させようとしている。


 後方へ飛び退(すさ)ると、シロットは相手の一閃をかわす。槍斧(ハルベルト)はコンクリートの地面に穿(うが)たれ、亀裂が周囲に走る。


 もう一回銃を撃とうと、シロットは撃鉄に指を掛ける。しかし、相手が畳みかけてくる方が早い。肘を折りたたむと、シロットは回避に専念する。


 槍斧(ハルベルト)(スピア)のような長柄武器は、間合いを維持しながらの戦闘に長けている。反面、相手に接近を許せば、簡単に無力化されてしまう。とりわけ槍斧(ハルベルト)は、刺突よりも振りかぶることが多いため、隙が生まれやすく、標的を呼び込みやすい。


 にもかかわらず、シロットが対峙する相手には、隙らしい隙がなかった。両腕の(りょ)(りょく)を駆使しても扱いにくいはずの槍斧(ハルベルト)を、ステッキを振り回すように、片手だけで軽く駆っている。


 単騎でも戦線を維持できるだけの戦闘力に、純白の外套――。


親方級傭兵(ペルゾナ)か……!)


 シロットは舌打ちする。


 親方級傭兵(ペルゾナ)と、一階級上の長老級傭兵(セナ)は、数十万の規模を誇るカリハの中でも、千人に満たない。契約当事国(クリエ)の軍事活動に関する全ての責任を負う代わりに、傭兵団を代表して、その業務執行の権利を有する者。ひとりにして軍団であり、ひとりにして君主。それが親方級傭兵(ペルゾナ)であった。


 相手の連撃をかわすと、シロットは引き金を引く。銃声がほとばしったが、銃撃は兜の脇をすり抜け、虚空へ飛散していく。


 銃撃の反動で重心がぶれないよう、シロットは左肩を固めている。その腕を手繰り、相手はシロットの懐まで飛び込んでくる。


 ただ、その動きはシロットも読んでいた。吸い寄せられるようにして、シロットも相手の懐に飛び込む。


 相手の背は、シロットよりもほんの少し高い。ここでシロットも、相手が女性だと気付く。槍斧(ハルベルト)の斬撃を浴びせようとしていた相手は、期せずしてシロットと密着する羽目になり、たたらを踏んだ。


 もしかして――。シロットは考える。相手が強いのは間違いない。オリヴィエの身体を手に入れている今でさえ、実力は伯仲している。


 しかし、相手の戦闘経験は多くないと、シロットは踏んだ。戦闘経験が豊富ならば、〈距離を詰めようとする相手の動きに呼応して、あえて一歩踏み込む〉という定石どおりのシロットの動きに、たじろぐことはないからだ。


 ならば――と、賭けに出ることにした。相手の(ベルト)を右手で掴むと、脚の内側に、シロットは自分の脚を掛ける。内掛けを決めようとするシロットの意図を、相手も察知したようだ。シロットの(ベルト)を掴むと、相手は上背を活かしながら、シロットを吊り上げようとする。


 ここでわざと、シロットはかかとを地面から離す。兜の向こう側で、相手の目が光る。指技(フィンガーアクション)槍斧(ハルベルト)を逆手に構えると、頂端の槍部で、相手はシロットを刺し貫こうとする。


 その瞬間こそ、シロットの狙う機会だった。相手の脚を、シロットは強く蹴る。シロットを刺そうとしていた相手は、上半身が伸び切っていたために、重心が上がっていた。倒れこそしないものの、よろめかせるのには十分だった。


 (ベルト)の締め付けが緩み、腕一本が通るくらいの隙間ができる。折りたたんでいた腕をその隙間に差し込むと、握りしめていた銃の引き金を引く。至近距離で轟音が漏れ、稲妻が直撃したかのようになる。


 銃撃が、槍斧(ハルベルト)の穂先を叩く。逆手に握り返していた分、相手はその衝撃に耐えられず、腕を大きく広げた格好になる。


 このときにはもう、シロットは銃を手放し、(たい)を開いている。相手の(ベルト)を掴んだまま、シロットは踵を返す。股関節を開いて、重心を沈み込ませながら、シロットは大股で力強く踏み込み、相手を投げ飛ばす。


 投げ飛ばされている合間にも、相手は悪あがきで槍斧(ハルベルト)を振るう。間一髪でそれを避けると、シロットは後ろへと下がる。


 肩から叩きつけられ、相手は地面を転がった。かなり強い衝撃を受けたはずだが、相手はすかさず槍斧(ハルベルト)を持ち直し、立ち上がろうとする。


「動くな」


 しかし、そのときにはもう、シロットは銃を拾い、相手に照準を合わせている。


 槍斧(ハルベルト)の柄に指を掛けた状態で、相手は静止している。兜からこぼれ出た金髪が、肩の動きに合わせて上下していた。


 戦闘経験は自分の方が豊富だ。息が上がっている様子からして、継戦能力も、今の自分に分がある。――息が弾みそうになるのをできるだけ我慢しながら、シロットはそう考える。


 ただ、有利な状況がいつまで続くかは分からない。何よりシロットは、先ほどから靴ずれに似た感覚を覚えていた。重心や、歩幅のちょっとしたズレ。今はまだ良い。ただ、いつもの自分のつもりで戦い、いつもの自分ではないために、それが命取りになる。――そんな不安が、シロットの脳内に、火花のようにちらつきはじめる。


「待て――」


 兜の傭兵の背後、遠目に見える位置から、声が聞こえた。陽射しの中、白い肌を惜しげもなくさらしているのは、キスメアだった。意識を取り戻し、素裸のまま、シロットの後を追いかけてきたようだった。


 キスメアの存在に、シロットは気を取られる。その瞬間、槍斧(ハルベルト)を抱え込むと、相手は純白の外套を大きく翻した。


「うっ……?!」


 強烈なまぶしさに、シロットは顔を背ける。次に振り向いたときには、兜の傭兵は消え去っていた。二対一。キスメアの戦闘力も推量できない中で、相手は退却を優先したようだった。


「よう、奴隷」


 近づいてくるキスメアに、シロットは飄然と声を掛ける。


「主人が困ってるんだから、もっと早く来てもらわにゃ困るぜ」

「今の、カリハの傭兵ですよ」


 露骨に奴隷呼ばわりされ、キスメアはむっとしているようだった。そんなキスメアの手には、ものものしい金属性の鞄が握られている。


「それは?」

「私がレウキリアに来た目的です」

「見せなさい」

「ダメです」

「主人の命令が聞けないの?」

「死んじゃいますよ」

「は?」

「呪いが掛けられているんです。置いていっても、目的地以外で開いても――ドカン!」


 空いている方の手で、キスメアは握りこぶしをさっと開いてみせる。


「なら、目的地は? 宮城?」

「いえ。あそこです」


 キスメアの指さす方向には、レウキリア宮城の裏手にある、小高い山が見える。

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