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デウス・エクス・マギカ  作者: 囘囘靑
第3章:猫と毒薬(Las Chats e La Toxica)
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第31話:僧兵隊長キスメア(Qismea Las Nonne)

 もうひとりの僧兵めがけ、気を喪っている“エミちゃん”を、シロットは放り投げる。


「うわっ?!」


 相方を抱きとめるため、もうひとりは(スピア)を取り落とす。その穂先が地面に着くのを見届けないうちに、シロットは後方へ跳躍する。――シロットが今いた地点を、空からやってきた者が穿(うが)ったのは、まさにそのときだった。


 飛びのいたシロットを土煙が襲う。連撃がくりだされるのを予期し、シロットは身がまえる。しかし相手は、僧兵たちの介抱を優先したようだった。


 土煙が収まっていく。その向こう側に、三人目の人影が立ち現れる。藍色のショートヘアに藍色の瞳。色白で線は細いが、引き結ばれた唇からは、体格だけでははかりしれないような、意思のかたさをかいま見ることができる。


 槍の穂先が、シロットの喉元に向けられる。意気も技量も、新米の僧兵たちとは比べものにならない。


 なにより――相手は、シロットのよく知る人物だった。


「やだ、キッスじゃん」

「えっ」

「あ」


 自分の発言を取り消そうとしたときには、すべてが遅かった。キッス、こと“キスメア”は、シロットが僧兵団にいた頃の、直属の後輩である。


「どうして私の名前を」

「いや、名前っていったら、だいたいタロウか、ハナコか、キッスじゃないですか」

「そんなバカな」


 槍を構えたままの姿勢で、キスメアは鼻を鳴らす。


「それより……私の後輩たちを、ずいぶんと可愛がってくれたようですね」

「手ぇ出してきたのはそっちっスよ」


 シロットは肩をすくめる。


「『ただの旅の者だ』と言ってるのに、聞いてくれないんですよ。まずはそちらさんが仁義を切るのが、筋ってもんじゃないですか」

「“仁義”って」


 キスメアは眉根を寄せる。しかしキスメアは、会話に乗るそぶりを見せながらも、つま先で地面を(こす)るようにして、少しずつ間合いを詰めてきていた。


「ウチの僧兵みたいなことを言いますね」

「気を付けてください」


 “エミちゃん”の身体を支えながら、新米の僧兵がキスメアに耳打ちする。


「あの変態、強いです」

「大丈夫。私に隙はない」

「話を聞いてください――って、言ってもムダか」


 いつもの癖で、シロットは手を腰に回す。腰骨に指が触れ、鉄槌(ドミニ)は使えないのだと、あらためて思い起こす。――そのときにはもう、キスメアは(スピア)を旋回させつつ、シロットに肉薄していた。


 振り下ろされる槍を前に、シロットはキスメアの背後に回る。キスメアよりも自分の方が強い。そんな自負がシロットにはある。とはいえ、新米の僧兵たちのように、簡単にはいかないのも事実だった。


 槍の一閃一閃を、シロットは手でいなす。キスメアの目の動き、地面から立ち昇る土の臭い、(スピア)のうなる音。オリヴィエの知覚は、それらを正確に読み取っていた。少し先の未来が予見でき、予見のとおりにことが運んでいくような感覚、ちょっとした全能感が、シロットの中で高まっていく。


 突き出された槍をかわすと、キスメアの胸倉をシロットはつかむ。そのまま地面に引き倒すつもりだったが、キスメアも負けてはいない。空いていた手で、シロットの手首をつかみ返すと、もう片方の手で(スピア)を振り回しながら、キスメアはシロットを()ごうとする。


 すぐに手を離すと、シロットはキスメアから離れる。距離が開き、キスメアの連撃も止む。シロットの視界の中央で、キスメアは槍を構えなおしている。強いな――声には出さずとも、キスメアの顔にはそう書いてある。


 唇の端をぬぐうと、ホルスターに収められた銃を、シロットは握る。撃鉄を起こし、照準を合わせようとしたときには、シロットの目と鼻の先まで、キスメアが迫っている。


 キスメアをねらうか、その背後で立ち尽くす、新米の僧兵をねらうか。シロットに与えられた選択肢は、その二つだけだ。そして今の状況下では、シロットが新米の僧兵をねらう可能性が高い。――少なくともキスメアはそう考えており、そうである以上、銃撃を予防し、かつ、銃撃後の隙をねらうために、シロットの前へ出るのが、キスメアの必然だった。


 ――シロットがねらったのは、その必然、キスメアの教科書どおりの対応だった。


 キスメアの間合いに一歩踏み出すと、銃を握る手を、シロットは開く。目を丸くするキスメアの前で、銃は地面へと落下を開始する。


 膝を持ち上げると、シロットは膝頭で、銃をそっと押し上げる。ゆっくりと回転しながら、銃はキスメアの顎に触れる。


 瞬間、周囲をまばゆい光が襲った。銃からほとばしった稲妻が、鞭のようにしなり、キスメアの身体をとらえる。はじき飛ばされたキスメアは、そのまま地面に叩きつけられ、動かなくなった。


「センパイ?!」


 エミちゃんをかばっていた僧兵が、キスメアの下まで駆けつける。至近距離で稲光を浴び、キスメアは気を喪っているようだった。


 キスメアの槍を、僧兵が拾って構えなおす。小きざみに震える槍の尖端を見やりながら、シロットは冷静に、銃の照準を僧兵に合わせる。


「待て……」


 撃鉄を起こそうと、シロットが顎を引いた矢先、意識を取り戻したキスメアが、口から血の泡を漏らしながら、言葉を発した。グローブに覆われた手で槍の柄をつかむと、キスメアは後輩の僧兵に、槍を降ろさせる。


「センパイ……?」

「お願いします」


 シロットの前まではい出すと、キスメアはそのまま、額を地面にこすり付ける。


「私はどうなってもいいから……後輩たちだけは……」


 ひれ伏すキスメアを、シロットは見下ろす。こちらが油断し、銃を降ろそうとする隙を、キスメアが突こうとしている可能性があった。しかし今の一撃は、キスメアにもこたえたようだった。一対一であれば、キスメアも退散を選んだかもしれない。しかし、後輩たちをかばわなければならない事情を鑑み、降伏を選んだようだった。


「いいわ。見逃してあげる」


 冷たく、突き放すようにして、シロットは言った。


「その代わり、あなたには私の奴隷になってもらう。どう?」

「はい」

「よろしい。服を脱ぎなさい」

「え……?」


 たじろぐキスメアに、シロットは目を細める。


「何? 不服なの?」

「いえ……」

「早くしなさい」

「はい……」


 膝立ちになると、キスメアはグローブを脱ぎ捨てる。あらわになった白い手指で、薄紫色の外套を脱ぐと、上着のボタンも外す。立ち上がると、今度は靴を脱ぎ、そのまま黒いレギンスも脱ぎ捨てた。キスメアの周囲に、脱ぎ捨てられた服の輪ができる。


 ブラジャーのホックを外すと、キスメアはそのまま、パンツも脱ぎ捨てる。白日の下に、キスメアの素肌がさらされる。キスメアの身体の(りょう)(せん)に、シロットは視線をはわせる。目を閉じ、唇をかんで、シロットからの視姦を、キスメアは耐えている。


「これで……いいですか?」

「『これでよろしいでしょうか、ご主人様』、復唱(エコ・ポスタマ )

「これでよろしいでしょうか、ご主人様」

「よろしい」


 キスメアの()(たい)()めるように見ていたシロットは、ふと、キスメアの腰に模様が描かれていることに気付いた。


「まわれ右」


 キスメアは後ろを向く。背中には、うなじから尾てい骨にいたるまで、青い紋様に覆われている。


「ずいぶん彫ったわね」


 シロットがラルトンにいた頃、キスメアの背中はまだ白いままだった。


 僧兵団の部隊員が隊長へ昇格するためには、戦闘力を高めなければならない。刺青(タトゥー)は戦闘力の底上げにつながるため、僧兵たちの多くは、自分の戦闘様式に合わせた刺青を彫る。どのような刺青を彫るのかは、刺青の専門家である彫師の助言を訊きながら行うのが常識(ボンサンス)だった。


 ただ、僧兵として生きる時間よりも、僧兵を引退してから生きる時間の方が長い。このため、(ほり)()たちは、身体に負荷のかかる刺青は、たとえ僧兵が強く希望したとしても、決して彫らないのが常だった。


 それにもかかわらず、今のキスメアの身体には、その刺青がある。


「ずいぶん彫った」

「イヌハナ団長の命令です」


 イヌハナ――懐かしく、また、腹立たしい名前を聞きつけ、シロットは大きく息を吐いた。


「もういい。わかった。あなた、『私はどうなってもいい』って言ったわよね?」

「はい」

「ならば、服従の証を見せなさい。この場で自涜(オナニー)するのよ」

「え……?!」


 キスメアの顔が、耳まで真っ赤になる。


「そんな……外でなんて……」


 予想どおりの反応であり、なおかつ、ピントのずれたキスメアの言葉に、いら立っていたシロットの気持ちもまぎれる。


「ハハ、中ならオーケー?」

「そういう意味じゃ――」

「じゃあ、何? 逆らおうっていうの?」


 キスメアの背後で立ちつくしている僧兵に、シロットは銃口を向ける。


「分かりました……!」


 地面に座りこむと、キスメアは両脚を開く。左腕を下腹部にはわせ、キスメアは脚の付け根に、自分の指をあてがう。


「オカズは私が指定するわ」


 指を動かしはじめたキスメアに、シロットは声をかける。


「あんたがラルトンで、一番推していた人を思い浮かべなさい。その人の名を叫びながら、コトをし終えるのよ」

「あ、っ……」


 歯を食いしばりながら、キスメアは一心不乱に手を動かしている。ラルトン護教僧兵団・一番隊隊長としての威厳は、今のキスメアからは感じられない。


「し、シロット先輩……」


 キスメアの唇から、(あえ)ぎとともに、シロットの名が漏れる。


「シロット先輩……シロット先輩……!」

「シロット?」


 シロットはわざとらしく、(あご)をなでてみせる。


「その“シロット先輩”なる人物は、あなたとどういう関係なワケ――?」


 シロットが全てを言い終わらないうちに、キスメアが全身を弓なりにのけ反らせる。声にならない声がキスメアの喉から漏れ、玉のようになった汗が、キスメアの身体からほとばしる。全身を小きざみに震わせると、キスメアはそのまま、あおむけに倒れた。


「早漏っスね。絶頂しちゃいましたか」


 わざとらしくあざ笑ってやろう。――いたずら心から、シロットはそのように考える。しかし、普段オリヴィエがどのように笑っていたのかを、シロットは思い出すことができなかった。


 とはいえ、オリヴィエだって、バンドリカ王国のお姫様である。そうであるならば、ここはお嬢様らしく、お上品に笑っておけば差支えはないだろう。――そう考えたシロットは、口元に手の甲を当てると、


「オーッホッホッ!」


 と笑ってみた。


――私……そんな笑い方してるんだ……。


 シロットの脳裡に、オリヴィエの声が響いてくる。その声は、絶望の色を帯びたものだった。


「聞こえますか、もしもーし?」


 キスメアを見下ろせる位置まで歩み寄ると、シロットは尋ねる。キスメアは、白目をむいて(けい)(れん)していた。


「ダメか。ちなみに言っておきますけれど、アンタの先輩の“シロット”なる人物も、今は私の奴隷ですから。もう、私がないと生きられない身体にされてますからね。悔しかったら、あんたも根性見せなさいよ。……さぁ、いつまでここにいるつもり?」


 全裸のまま気を喪っているキスメアの後ろで、静かに涙を流している新米の僧兵に、シロットは声をかける。


「あんたたちはお情けで生かしといてやるから、さっさと逃げなさい」

「こ、この……外道!」


 涙を拭いながら、新米の僧兵は吐き捨てた。


「絶対に、絶対に許さない……! 覚えておけ……!」

「分かったってば」


 右わきに仲間を抱え、左脇にキスメアの着ていた服を抱えて退散する新米の背中を見送ると、キスメアをそのままにして、シロットは先を急ぐ。

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