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デウス・エクス・マギカ  作者: 囘囘靑
第1章:東へ(To East)
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第3話:刺青(Tatouage)

 昔者(いにしえ)、今から千年ほど前、この世界にはそれなりの文明があり、人々は繁栄を謳歌(おうか)していた。その時代には、“燃える水”を原料にして千(マイル)を行く移動手段や、天にも届くような摩天楼(まてんろう)や、はるか遠くにいる人と、あたかもその場で向かい合っているかのように会話をする術などがあったという。


 しかし、その繁栄は、長くは続かなかった。何かがきっかけとなり、その世界は戦争に巻き込まれたのだ。戦争の終わりがいつになるのかを知る者は少なく、そもそも何のために戦争をしているのかを知る者は、もっと少なかったという。


 戦争は長く続き、人々の生活水準は低下していった。そして戦争の終末期に、ある国が投入した最終兵器“笑い声(リュヴ・スメクス)”によって、その戦争は勝者不在のまま幕切れとなった。



◇◇◇



「はい、ごちそーさんでした」


 胸の前で両手を合わせると、シロットは組み敷かれているオリヴィエに対し、深々と頭を下げた。上気している頬を見られるのが嫌なので、オリヴィエは何も言わずにそっぽを向いた。


 窓から差し込む太陽の光が、シロットの裸体をまぶしく照らす。“行為”は丹念に、しかも長く行われた。もう少しで日が暮れてしまうだろう。


「最高。すっかり(おり)が取れた、って感じ」

「こんなところで……女同士でやる羽目になるとは思わなかったわ」

「そう? その割には、お姫様だいぶ上手に腰振ってたと思うけど?」


 おどけて語るシロットに対し、オリヴィエは眉をひそめた。


「お姫様って呼ぶの、やめてくれない?」

「いいじゃん、事実なんだし。――あ、でも、あなたの名前聞いてないかも?」

「オリヴィエよ」

「オリヴィエちゃんね。良い名前じゃん」

「……”ちゃん”付けもやめてちょうだい」

「あたしルールなんだけどね、おいしく頂いた女の子はみんな”ちゃん”付けしてるのよねぇ……」


 そう……、と、オリヴィエはため息をついた。シロットの奔放(ほんぽう)さに対して、これ以上何かを言っても無駄なようだった。


「あれ? でも……ちょっと待って」


 ツナギを着直そうとした姿勢のまま、シロットがつぶやく。


「今さらなんだけどさ、オリヴィエちゃんって、どうしてこの“ガラスの森”にいるわけ? あたしと同じクチ?」

「一緒にしないで」


 オリヴィエは白い腕を伸ばすと、シロットの身体を強引にどかそうとする。


(あれっ?)


 シロットはまだオリヴィエを組み敷いているつもりだったのだが、オリヴィエの力が強かったため、重心が浮いてしまい、どかざるを得なかった。これは、シロットにとって意外なことだった。“おいしく頂いて”いたとき、オリヴィエは全然抵抗しなかったためだ。


「私には使命があるの」

「うひょー、かっこいい!」


 冗談めかして言ったシロットに対し、オリヴィエは銃のベルトをたぐり寄せただけで、返事をしなかった。オリヴィエの機嫌が悪いことに気付き、さすがのシロットも(せき)払いする。


「えへん、えっと……それって、国を捨ててまでやるほど、大事なことなの?」

「王が殺されたのよ」

「はい?」

「その犯人を見つけるために、マースに会いに行くの」

「マジで?」


 “マース”という人物名を聞き、シロットも思わず聞き返した。


 戦争が終わった後、残された人類は少数の集団となって、それぞれ復興を始めた。その人類に追い打ちをかけたのが、戦争の終盤に投入された生物兵器たちだった。生物兵器は繁殖し、かれらを生み出したはずの人類が想像できないほどの知恵と力を得て、人間の前に立ちはだかったのだ。人類は抵抗を試みたが、戦争の爪(あと)が癒えないままに行われた抵抗は、無意味に等しかった。


 残された人類が絶望の(ふち)に立たされたその時、人類の前に現れたのが、賢者・マースだった。その賢者が何者であるのかは、伝承でも明らかとなっていない。しかし、残された人類たちは賢者の知恵と力とを借り、生物兵器たち――今では“デウス”と呼ばれている――を撃退することに成功したのだった。


 言い伝えによれば、人類の勝利を見届けた後、賢者・マースは東の果てに姿を消したという。それから千年の間に、人類は残存するデウスたちに警戒しながらも、小規模な国家にまとまって生きながらえていたのだった。


「え、何? オリヴィエちゃんって、もしかして伝説を信じちゃうような、イタイ子なわけ?」

「そうよ。伝説を信じちゃうような、イタイ子よ」


 パンツを穿()き直しながら、オリヴィエは答える。とげのあるオリヴィエ反応を受け、シロットは自分が失言をしたことに気付いた。


「待ってよ、オリヴィエちゃん、()ねないでって……。でも、オリヴィエちゃん、そんな装備で大丈夫なの?」

「私のことは気にしないで」


 緑色の上着を羽織る手を止め、オリヴィエがシロットの方を振り向いた。


「返す言葉で悪いけど、正直、あなたの方が心配よ」

「え、あたしが?」

「あなた……そんなに強いようには見えないわ」

「あら、それなら大丈夫よ」


 神妙な表情をするオリヴィエに対し、シロット胸を張って答える。


「仕込みはバッチリだから」

「“仕込み”?」

「そうよ。――って、そうか。オリヴィエちゃん、ずっと四つんばいにさせられてたから、あたしの背中見てないのよね?」


 そう言うと、シロットはくるりと後ろを振り向いて、オリヴィエに自らの背中を見せた。


 シロットの背中を目の当たりにして、オリヴィエは目を細める。シロットの背中に、肌色の箇所は一部分もない。二の腕から太ももの裏側にかけて、シロットの背面には原色の派手な刺青(タトゥー)が彫られている。


 それらの刺青(タトゥー)について、細かな意味はオリヴィエも分からない。しかし、大雑把に言って、それらの刺青(タトゥー)がシロットの身体能力を強化するものであることは、オリヴィエにも分かった。


(なるほどね)


 オリヴィエは心の中でつぶやいた。しゃがんでいたはずのシロットが、何の予備動作もなしにオリヴィエに飛びかかることができたのは、脚力と瞬発力とを強化する刺青(タトゥー)が、シロットの背中に彫り込まれていたためだ。


「やだー、あたしったら」


 身体をくねらせながら、シロットは一人ごちる。


「出会ってすぐの女の子に、こんな無防備に裸をさらしちゃうなんて。ヤダー、オカサレチャウ。コンナンジャ、オヨメニイケナクナッチャーウ。……って、あれ?」


 オリヴィエの様子を確かめるために後ろを振り向いたシロットは、既にオリヴィエがその場を立ち去り、階段を伝って下に降りようとしているのを目撃する。


「もうっ、ちょっと待ってってば――」


 慌ててツナギを羽織ると、シロットもまた、オリヴィエの後を追った。

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