第29話:かりそめの肉体(La Materiel Momentolas)(3)
――目を開けて。
オリヴィエの声に促され、シロットは目を開ける。銃声の残響が、耳の奥にこびりついているような感触があった。
シロットは今、カリハの検問所内に立っている。目の前の光景も、テントが爆発したときのままだ。周囲は黒く煤け、焦げた臭いに包まれており、炎と煙が揺らめいている。
ただ、目の前の光景にも、焦げた臭いにも、もっと言ってしまえば、肌に感じるそよ風にも、シロットには違和感があった。自分であって、自分でないような感覚。――違和感を探るうちに、シロットは、いつもより高い目線から自分が景色を眺めていることに気付いた。
――どう?
いや、どう、って言われましても。――そう答えようとしたシロットは、オリヴィエの声が自分の左手の辺りから聞こえてくることに気付いた。
シロットは目を向ける。自分は銃を握りしめていた。そして、銃を握る指先は白く、ほっそりとしている。まるで、オリヴィエの手のようである。
もしかして――駆け出すと、地面に落ちていたガラスのかけらを、シロットは拾う。煤けた表面を服の袖でこすってみれば、ガラスの表面には、オリヴィエの相貌が映り込んでいる。
――あなたと融合したのよ。
銃から、再びオリヴィエの声が聞こえてくる。しかし、より正確には、脳内にオリヴィエの声が直接響いてくる、と言った方が正しいような感覚だった。
「どうやったわけ?」
――銃を使った。
オリヴィエの声が聞こえる。
――今の私の精神は、銃の中に収まっている。銃をかりそめの肉体にしたのよ。それで、空いた私の身体に、シロットが収まっている。私の身体でできることは、シロットもできるように――。
それ以上の説明は、シロットの耳には入ってこなかった。ガラスの破片を投げ捨てる。銃を投げ捨てる。来ている服を全部脱ぎ捨てると、地面にあおむけになって、両脚を大きく広げて、足の付け根に、自分の指を這わせる。
――ちょっと! 私の身体……!
投げ捨てられた銃から、オリヴィエの抗議の声が上がる。しかし、「私の身体でできること」という一節と、次第に高まってくる性的な高揚感で、シロットの脳内は埋め尽くされており、抗議の声などが入りこむ余地はなかった。
「あっ……!」
“その時”がやって来た。頭の中は真っ白になり、自分の耳に届いてきた声が、自分のものではなく、オリヴィエの声であるために、絶頂の余波は二段階になってシロットを襲った。このまま死んでしまうのではないかと思うほどだったが、それはそれでいいかもしれないと、シロットは、自分の身体が痙攣するに任せた。
浅い息をつきながら、シロットは裸のまま、地面に大の字を描いている。オリヴィエのすすり泣く声が聞こえる――ような気がする。が、今のシロットにはどうでもいい。陽射しはまぶしく、空には雲ひとつない。そよ風が肌に心地よい。野外でやり切ったのだという余韻が、達成感をより完全なものにしている。
しばらくしてから、シロットは身を起こした。肌は汗に濡れ、光沢を帯びている。派手にやり遂げた跡が、澱のようになって地面を流れている。
やっとの思いで服を着なおすと、シロットは銃を拾い上げる。
――ひどい。
オリヴィエはメソメソしていた。
――あんまりよ。
「実績解除っスね」
そう言ってのけた矢先、シロットは、こちらに向かって誰かが近づいてくることに気付いた。




