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デウス・エクス・マギカ  作者: 囘囘靑
第3章:猫と毒薬(Las Chats e La Toxica)
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第28話:かりそめの肉体(La Materiel Momentolas)(2)

「一丁上がりっスね」


 地面に突っ伏している傭兵を一(べつ)すると、(そば)からはい出してきた鼎頭狗(ツァーベアス)に、シロットは声をかける。身に着けている白衣は、ブルガーの街で、カリハの傭兵から奪ったものである。


「どう? 出られる?」

「――ぷはあっ?!」


 鼎頭狗(ツァーベアス)の頭部が隆起し、真ん中から縦に裂ける。鱗に覆われた皮膚の内側から、オリヴィエが姿を現す。“鼎頭狗(ツァーベアス)の皮を被って検問を突破する”というのは、シロットの発案である。


「はぁ、ハァ――」


 鼎頭狗(ツァーベアス)を着るために、オリヴィエは衣服を全部脱がなければならなかった。それに、血は洗い落とせても、皮膚の裏側にこびりつく脂肪を削ぐのは難しい。結果、オリヴィエはろくに息ができず、白い肌は油で光沢を帯びていた。


「あらぁ、肌をテカらせて、あえいじゃって」


 シロットは、わざとらしく言ってのける。


「もしかして、興奮してるクチっスかね?」

「やめてってば」


 乳房を下から揉もうとしてくるシロットの手をかわすと、給水タンクのそばまで駆け寄り、オリヴィエは蛇口の下に身体をかがめる。噴き出した水がオリヴィエの全身を濡らし、身体を覆っていた脂は(おり)のようになって地面を流れていく。


「でも、これだけ?」


 濡れそぼった髪を手でしぼり、シロットから服を受け取りながら、オリヴィエは尋ねる。


 さすがは三大傭兵ギルドの一角を占めるだけのことはある。カリハの検問所は、ちょっとした基地と言っても差し支えはないくらいの規模だった。


 それにもかかわらず、この場にいたのは二人の傭兵だけである。ほかの傭兵たちは、どこへ出払っているというのだろうか。


「巡回してるのかもね」


 そう言いながらも、カリハの白いテントの中に、シロットの関心は移る。薄暗いテントの中で、機械が点滅していた。発電機の低いうなり声が、シロットの耳に遅れて届く。


「アレ何?」


 そう言いながらも、シロットの足は、テントの中へ自然と伸びていく。アクリルでできた透明な管の中に、裸の少女が閉じ込められていた。アクリル管の明滅と自分の心音とが、同じリズムを刻んでいることに、シロットは気づく。


 視界の端にちらついていたボタンを、シロットは押す。光は収束し、アクリル管の蓋が開く。


 閉じこめられていた少女が、目を見開いた。ガラス玉のように透きとおった瞳に、シロットの半身が映っている。一歩踏み出した少女に呼応するかのようにして、シロットは反対に、半歩引き下がる。


 眼前の少女は、(きゃ)(しゃ)でか弱い――ように見える。ただ、何かがおかしい。


 何がおかしいのだろう?


「シロット!」


 少女が、なおも一歩シロットに近づこうとした矢先、背後からオリヴィエの声が飛んだ。


 声を受けて、シロットが反射的に身をよじったのと、肉薄してきたオリヴィエがシロットを押し倒したのとでは、どちらが早かっただろうか。ただ、シロットの本能もオリヴィエの判断も、そのどちらも正しかった。


 引き倒された先の床のタイルが、光を受けて真っ白に輝くのを、シロットは目撃する。地獄の釜が口を開いたかのようになって、爆炎と熱風が二人を襲った。死んだかもしれない、いや、死んだなんてとんでもないと、相反する二つの情緒が、シロットの中で交錯した。


 炎は周辺の機械をなぎ倒し、(ほう)(こう)を発し、テントを突き破った。シロットが身をよじっていなければ、あるいはオリヴィエがシロットを引き倒していなければ、二人は今ごろ、炎に全身をなめ取られていただろう。


「何……」


 がれきの中から身を起こすと、少し擦りむいてしまった左ひじを、シロットは眺める。


「何なのよ」

「爆弾だったのよ」


 先に立ち上がると、オリヴィエが咳きこみながら答える。少女がいたはずのところに、オリヴィエのまなざしは注がれている。


「そういうのが開発されてる、って話は聞いた。ただの少女に見えるから、誰も気にも留めないし、群衆に混じりやすい」

「勝つためには手段を(えら)ばない、と」

「それより、見て」


 オリヴィエが手渡してきた紙を、シロットは見る。【リスクモニタリング情報】という見出しの下に、人物の特徴が列挙されている。桃色の髪を二房に束ねている、青い瞳、全身に刺青(タトゥー)、ラルトンの僧服――。


「あたしじゃん」

「気づかれなくて良かったわ」

「どうすんのよ」

「私の情報は書かれてない」

「ハーン?」


 手配書の一枚紙を、シロットは上から下まで眺めまわす。オリヴィエの言うとおり、シロットの人となりに関する記載はあるものの、オリヴィエの存在を連想させるような記載は、手配書の中にはない。


「確かに」

「二人で行動するのは危険だわ。でも、あなたをひとりにするわけにはいかない」

「やだ、かっこいい」


 口笛を吹くと、手にしていた手配書を丸め、シロットはそれを投げる。紙は放物線を描きながら火の中へと落ち、花びらのように拡がってから、ゆっくりと煤の中へ紛れていった。


「でも、どうするわけ?」

「簡単よ。二人でひとりになればいい」

「どういう意味?」

「こういうことよ。見て」


 オリヴィエの方に、シロットは振り向く。――自分の目の前に掲げられているのは、銃口だと気付いたときには、シロットの意識は銃声にわしづかみにされ、空虚へと引きずり込まれていた。

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