第27話:かりそめの肉体(La Materiel Momentolas)(1)
「起きろ」
眠りこんでいた傭兵のとなりに、もうひとりがやってくると、自動小銃の銃床で、その頭を小突いた。
「何だよ」
「あれを見ろ」
さし出された双眼鏡を手に取ると、もうひとりの指さした方を、傭兵は見やる。白衣を身にまとった者と、犬のような、人間のような格好の生物が一匹、男たちのいる方角、検問所にまで向かってきている。
異形の全身は鱗に覆われ、かつ、浮かび上がった血管は軒並み血走っていた。何より、頭部のある場所には、六つの目が光っている。
「何だあれ」
「鼎頭狗だよ」
そう言いながら、もうひとりの傭兵はもみ手をしている。
「はじめて見たぜ」
「一回で十分だ」
双眼鏡を降ろすと、傭兵は吐き捨てる。
「それより、どうすんだよ。こっちに来るぞ」
「別動隊が戻ってきたんだろ。話を聞いてみようぜ」
検問所の前まで、ひとりと一匹が進み出る。よく見てみれば、鼎頭狗を連れているのは、年端もいかない小娘である。
小銃を手にしながらも、二人の男たちは安堵のため息をついた。それでそのまま、ひとりと一匹の正面に立ちはだかる。
「所属は?」
「第四傭兵部・一般傭兵のシーラです」
「へえ!」
もうひとりが、わざとらしく声を上げる。
「偶然の一致ってのがあるんだな」
「識別タグを」
シーラと名乗る傭兵から、識別タグを受け取ると、男は相棒に応対を任せ、詰所へと引き返した。
「どれどれ――」
部隊員のリストと識別タグの番号を、男は照合させようとする。所属は第四傭兵部。このレウキリア戦線にも、第四傭兵部の者はいる。
鼎頭狗を連れていることからして、調教師なのだろう。しかし識別タグには、調教師に付与されるはずの識別子が刻まれていない。リスト上にも、“シーラ”なる調教師はいない――。
「ちょっと待て」
外にいる相棒に聞こえるくらいの声で、男は呼びかける。返事がないことに気づき、男はリストから顔を上げる。“シーラ”も、鼎頭狗も、姿を消している。それどころか“相棒”の姿も見えない。
「お勤め、ご苦労サンでした」
“シーラ”の声は、頭上から聞こえてくる。見上げた男の視界には、自分に向かって振り下ろされようとしている、鉄槌の柄が映りこんだ――。




