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デウス・エクス・マギカ  作者: 囘囘靑
第2章:最後にして最大(Las Gros e La Finue)
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第21話:願い(La desire soloh)

「失礼いたします」


 アダバダの居室へ、白衣の男が入って来る。


 男は、手に携えた書簡を、うやうやしくアダバダに捧げた。


「勅許でございます」


 黙って書簡を受け取ると、アダバダは封を開ける。勅許には、アダバダをカリハ大盾白衣傭兵団の団長に推薦した、長老会の決定を支持する旨が、形式的にしたためられていた。


 カリハ傭兵団の団長は、ジルファネラス帝国の皇位継承者がその任に当たる。この勅許は、皇帝がアダバダを、自分の後継に指名したことと同義だった。


「――動員できる兵力は、どのくらいある?」

「第一軍団から第五軍団まで、全て動員できます。係争中の事案については、いずれも相手国に条件降伏を呑ませています」

「結構だ」


 アダバダは鼻を鳴らした。


廃業傭兵年金機構(エンマハ)とは全面戦争になる。私が陣頭に立つ」

「かしこまりました」

「バンドリカの王女の件はどうなった?」

「部隊を派遣しましたが、はかばかしくないようです」


 男の歯切れが悪くなる。


「拠点から、石灰化した魔獣(デウス)の肉片は押収いたしました。生存者の証言と照合する限りでは、エンマハの元締級傭兵・イカーナではないかと。ただ、王女と連れの女の行方は、掴めておりません」

「連れ立っていた女は、聖職者だった」


 アダバダは、自分の右肩をさする。“オリヴィエ”に刺し貫かれた傷口が、まだ癒えていなかった。


「ラルトンの者だ。聖職者のリストから洗い出せ」

「かしこまりました」

「嫌な予感がする」


 男が退出した後、アダバダは窓の向こうを眺める。アダバダの部屋からは、ジルファネラスの帝都が一望できた。


 アダバダがオリヴィエに執着するのには、理由があった。オリヴィエの持つ“銃”。それが、“死せる神の塔”へ至るための鍵なのだ。銃は、オリヴィエの身体と共鳴している。“死せる神の塔”へたどり着くためには、オリヴィエの肉体を回収しなければならない。


 もう一つ気になるのが、オリヴィエに同行していた、僧兵の少女である。強さで言えば、カリハ傭兵団の中でも上位職人級(セナレダ)くらいの強さはあった。もしかしたら、親方級(ペルゾナ)相手にも十分に渡り合える強さがあったかもしれない。


 ラルトン聖教国の中枢で“内紛”があったという情報を、アダバダは入手している。ラルトンは、独自の戦力として僧兵団を擁しているが、あのレベルの戦力が流出しているとなれば、その内紛に原因があると見るのが筋だろう。


 もし、オリヴィエが既にラルトンと通じているとしたら? ラルトンは、自国で擁する僧兵団とは別に、“ハウエル・カエヤデル六芒星(ヘキサ)傭兵団”と傭兵契約を締結している。“ヘキサ”は、“カリハ”や“エンマハ”と並ぶ、三大傭兵ギルドの一角である。


 今のカリハに、“エンマハ”と“ヘキサ”を同時に相手にできるほどの戦力はない。事実関係を確認するためにも、アダバダは、オリヴィエの行方を追わなければならない。


「打つ手は幾らでもある。オレから逃げられると思うなよ?」


 眼下に広がる帝都の夜景を眺めながら、アダバダは爪を噛む。


 その時だった。


「し、失礼します!」


 先ほどの報告者が、アダバダのところまで舞い戻って来た。報告者は息を切らせており、うろたえているのは明らかだった。


「どうした?」

「エンマハの頭取(コンツァ)が……」



   ◇◇◇



「イカーナの死亡は……確認できた、ということだね?」


 大陸の東・エレウンディリア共和国議会の大広間で、女性――廃業傭兵年金機構(エンマハ)の副頭取・ハルエラは、部下の男性に尋ねた。


「はっ。拠点の跡地において、石灰化した魔獣(デウス)の破片を回収しました」

「回収結果は……?」


 鼻に繋がれた(チューブ)を介して、ハルエラは酸素を吸う。


 ハルエラの身体は、無数の(チューブ)と、点滴に繋がれている。魔獣(デウス)と融合しているハルエラは、自らの細胞を複製し、増殖させる能力を得ている。その副作用として、ハルエラの代謝は常人の域をはるかに超えているため、こうして点滴や人工呼吸器などを介して、生命を維持していた。


「破片を再構築した結果、銃弾に撃ち抜かれた痕跡が見受けられました」

「ははは。ハァ、ハァ。やはりそうか。ありがとう」


 浅く息を吐きながら、ハルエラは笑う。


「イカーナは……あの子にやられたようだ。ボクの肉体がブルガーを“舐め取って”いた時……見た気がしたんだ。記憶のバックアップを……取っておくべきだったな」

「いかがいたしましょう? 追跡部隊を招集しますか?」

「心配要らない……」


 骨ばった指でレバーを操作すると、ハルエラは、電動の車いすを窓辺に寄せる。


「こちらが対処せずとも……あの子はみずから……こちらに来るさ。目当てのものは……皆同じだろうから」


 “死せる神の塔”は、“共和国”の領土内にあり、エンマハの傭兵たちが、その経路を厳重に監視している。


 ただ、経路は確保していても、“死せる神の塔”に入るための“鍵”を、エンマハは有していない。鍵を有しているのは、ただ一人。バンドリカの追放された王女だけである。


「承知いたしました。それでは、兵員のリソースはカリハに割り当てます」

「そのようにね。あと……ラルトンの“痴れ者”に……コンタクトを取ってほしい」

「そのことですが、副頭取」


 部下の顔が、険しくなった。


「あの者、我らだけでなく、カリハとも内通しているとのことです。こちらから情報を持ち出すのは、危険では」

「あの“痴れ者”……自分ではやりおおせていると……思っているみたいだね」


 ハルエラは言った。


「見くびってもらっちゃあ困る……ツケは払ってもらうけれど……まだあの子には……泳いでもらわなきゃならない」

「なるほど。では、おっしゃる通りに」

「ありがとう。あと……ミハーイ……キミに言っておかなければならないことがある」

「何でございましょう?」

「本日付けで……キミは元締級に昇進だ。イカーナの後任だけれど。不満かい……?」

「いえ……そんなことは」


 ミハーイと呼ばれた男は、思いがけない朗報に戸惑っているようだった。


「ですが、人事は全て、頭取(コンツァ)の所掌では?」

「ははは。ハァ、ハァ。それなら……大丈夫。人事異動はもう一つあって……私も昇格するんだ」


 ハルエラは笑った。


「前の頭取は殺した」



   ◇◇◇



「――ぷはあっ!」


 長いこと潜水していたオリヴィエが、しぶきを上げながら、水面に顔を出した。オリヴィエは真裸で、白い肌に滴る(しずく)が、陽の光を浴びて眩しく輝いた。


 ブルガーの跡地を抜け出してから、半日が経過していた。オリヴィエとシロットの二人は、“ようやく”見つけた小川のほとりで、休憩をしているところだった。


 “ようやく”見つけたのには、理由がある。


――あっ?! あっ?!


 イカーナ撃破後、建物を抜け出したシロットは、隣を歩くオリヴィエに、服の裾を思い切り引っ張られた。


――ちょっと……。

――ば、バイク! 私の!


 オリヴィエが指さす方向を見てみれば、“エンマハのハルエラ”に呑み込まれたはずのバイクが、荒地に放り出されていた。


――う、嬉しい……! 無事だったのね……!


 声を震わせるオリヴィエの隣で、シロットは目を細める。オリヴィエの言うとおり、バイクはサイドカーを天に向けた格好で横転していたが、目立った傷も、へこみもないようだった。“エンマハのハルエラ”は、バイクを呑み込んだは良いものの、揮発油(ガソリン)を舐め取ることはできなかったのだろう。


――ハーア、良かったわね。


 半分冗談、半分本気で、シロットは答える。歩いて旅をするよりも、風を感じながらのバイクの旅の方が、シロット好みだった。運転はオリヴィエに任せればいいし、発作的なオリヴィエのバイク語りは、とりあえず相槌を打っておけば足りる。


――それじゃ、内燃機関(エンジン)()くかどうか……。

――シロット、一ついい?

――何?

――漏らした。


 オリヴィエの足元には、水たまりができていた。


 こうして探し回った挙句、シロットは“ようやく”、オリヴィエに身体を洗わせるための水辺を発見したのである。


(それにしても、)


 川べりに腰を下ろしていたシロットは、水の中で子供のようにはしゃいでいるオリヴィエを見ながら、物思いにふけっていた。


 思えば、シロットがオリヴィエと出会うことになったきっかけも、行水の合間に、オリヴィエの衣類が奪われたことが原因だった。無邪気に水浴びをする、嬉しすぎて吐いたり漏らしたりする――。


(「嬉しすぎて漏らした」なんて……。(ツオン)じゃあるまいし……)

「シロット、あなたもどう?」

「遠慮するわ。それより、乾いたみたいよ」


 針金に吊るされているオリヴィエの服を、シロットは指さした。ちなみに、乱雑に脱ぎ捨てられた服を渋々拾い上げ、洗って干したのは、シロットである。


「ねえ、そろそろ種明かししてくれてもいいんじゃない。オリヴィエちゃん?」


 濡れた髪を絞っているオリヴィエに、シロットは呼びかけた。


「あなた、本当は何者なのよ?」

「私は私よ、シロット。私以外の何者でもないし、何者にもなれないわ」

「ははーん」


 シロットはわざと、オリヴィエの(ベルト)に手を伸ばす。収められた銃に指が届くよりも早く、オリヴィエがベルト自体を、シロットから遠ざけた。


「オリヴィエちゃんじゃない人が銃に触ろうものなら、イカーナみたいになる。……そうよね?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわ」

「あたしが会った男は、『選ばれなかった』って言ってたわ」


 もう一人のオリヴィエを、シロットは記憶の中で反芻する。


「たぶんだけど、『選ばれた』のはオリヴィエちゃんだけ、ってことになる」

「なるほどね?」

「かれはこうも言っていたわ、『姉さん、すぐに助けるから』って。あなたのことをね。だから――」


 シロットは言葉を切った。


「それで、シロット? 続きは?」

「あはん? オリヴィエさん、もしかして“名探偵・シロット”の推理に魅了されたクチですかね?」

「中途半端な見世物ならゴメンってだけよ」

「あなたは『オリヴィエちゃん』じゃないわ」


 シロットは言った。


「しかし同時に、『オリヴィエちゃん』でもある。二人の人間に対して、心と身体が一つずつしかない。だからマースに会って、願いを叶えてもらうのよ……そうでしょ?」

「フフフ。どうかしらね」


 シロットが話している間に、オリヴィエは着替えを済ませていた。


「そうね……いつかは教えてあげてもいいわ」

「ハッハー! どっかで聞きましたねえ、そのセリフ!」


 シロットは、わざとらしく腕を組んでみせた。


「あれですか、『銃はチートでも、セリフは弾切れ』っていうオチっスか、センパイ」

「やめてよ、シロットったら」


 オリヴィエは肩をすくめてみせる。そんなオリヴィエの様子を見て、シロットはあることをひらめいた。


「でも……いいわ。あたし、オリヴィエちゃんには聞かないことにする」

「どうして?」

「マースに会えば、願いが叶うんでしょう? そんで、あたしのよく知るバイクオタは、自分の願いを叶えようとしている。そんなバイクオタと一緒に、あたしは旅をしている――」

「……いいの? そんな願いで?」

「なーに言ってるんスか、オリヴィエさん。『オリヴィエさんに、あたしの子供を出産してもらう』以外に、何の願いがあるっていうんですか」

「はいはい。分かった。訊いた私がバカだったわ」


 バイクにまたがると、オリヴィエはすぐに内燃機関(エンジン)を点した。辺り一帯に、轟音と、小刻みな震動が響き渡る。


「行きましょう、シロット」

「どこまでも行くわよ」


 サイドカーに乗り込むと、シロットは言った。


「地の果てまでも、ね」

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