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デウス・エクス・マギカ  作者: 囘囘靑
第2章:最後にして最大(Las Gros e La Finue)
20/52

第20話:王なき王座(La Throne neu La One)

「オリヴィエちゃん、ちょっと……!」


 横たわっているオリヴィエに、シロットは声を掛ける。


 その間にも、建物は大きく揺さぶられており、シロットの耳には、あちこちから(きし)む音が聞こえてきた。崩落しないのは、ほとんど奇蹟のようだった。


「もしもーし?!」


 ヤケクソ気味にシロットは尋ねるが、オリヴィエは、目を閉じたままである。


 シロットは、オリヴィエの口元まで、顔を近づけてみた。


 オリヴィエは、寝息を立てている。


「ハハハ」


 シロットはとりあえず笑ってみた。


「冗談キツいっスよ――うえっ?!」


 足元から伝わってきた衝撃に、シロットはよろめく。窓の外に目をやったシロットは、地平線が視界の下方へ消えていき、代わりに白い泥――“エンマハのハルエラ”の肉体――が、周辺で波を立てていることに気付いた。震動に代わって、建物が船のように上下に動いていることに、シロットは遅れて感付く。


「まさか――」


 別の窓から、シロットは身を乗り出した。シロットたちは、建物ごと、どこかに運ばれようとしているところだった。“エンマハのハルエラ”だった白い軟体が、身体を引き伸ばし、建物を地面からもぎ取ったのだ。


 軟体の一部分が隆起し始めたのを見て、シロットは建物の中に身をひっこめる。シロットの目の前で、隆起した白い軟体は、昆虫の(あし)に似たものを形作った。肢は、シロットたちの建物を抱え込み、押し潰すのにはちょうど良い太さだった。軟体からは、瞬く間に二本の肢が突出し、案の定、シロットたちのいる廃墟を抱え込んだ。


 肢の間が泡立ち始め、再び隆起が始まった。今度の突起は肢よりも大きく、先端には二本の触角が生えている。側面には、複数のレンズで覆われた眼が形成され、下部には口吻が形成される。――形成された“蜂”の頭部が、ゆっくりと建物まで近づいてくる。


「ちょっと――」


 シロットが飛びのいたのと、“蜂”の強靭な顎が、発条(ばね)のようになって廃墟の壁面を粉砕したのは、ほぼ同時だった。“蜂”は、顎を震わせると、口吻から白い泡を吹きだした。白い泡は、廃墟を壁伝いに広がり、空気に触れて固まった。退路となるべき窓は、全て泡で塗り固められてしまった。


「素晴らしい力だ……!」


 シロットの耳に、男性の声が聞こえてくる。その声は、“蜂”が発したものだ。


「アンタがイカーナね?」

「そうだ」


 蜂型の怪物――かつて“イカーナ”の名前で呼ばれていた傭兵――は、答えた。


「だが、それももうじき、過去の名前となろう。――これからは、“神”とでも呼んでもらおうか?」

「ハッハー、成仏する気満々ですな」


 シロットは、鉄鎚(ドミニ)を逆手に構える。


「『ギャルに“神”と呼んでもらいたいオッサン』なんて、今時流行(はや)んないでしょ」

「愚かな。私は本当に“神”になる素質を得たのだ」


 “イカーナ”は、口吻を小刻みに動かした。シロットは、なぜか“イカーナ”が、笑っているように見えた。


「“死せる神の塔”――貴様も『知らぬ』とは言うまい」


 “死せる神の塔”――その名前を聞いて、シロットは唾を呑み込んだ。東の果てにあるという“死せる神の塔”。オリヴィエとシロットは、そこへ向かっている。そこには、賢者・マース――またの名前を“お母さん(ママイ)”がおり、到達した者の願いを叶えてくれるという。


「やはりそうだな! やはりそうだ!」


 シロットの表情から何かを読み取ったのか、“イカーナ”は満足げに、口吻を小刻みに動かした。


「既に流出しているのだな。ママイと“死せる神の塔”の、融合が解除されたということが!」


――お母さん(ママイ)って奴がいて、そいつが腐っちまったんだよ。


 “ガラスの森”を抜けようとした際の、タージェの言葉を、シロットは思い出した。“死せる神の塔”が何か、“ママイ”が何者なのか、シロットには分かっていない。それはおそらく、オリヴィエも同様だろう。


 だが、“イカーナ”は何かを知っているようだった。そしてそれが、“ママイ”と“死せる神の塔”の、融合解除とのことである。


「ハルエラはこの情報を隠したがっていたが……。私のほかにも、内通者がいるということだ。そして今、私はハルエラの肉体を、このようにして手に入れた。……私の研究成果が、私の役に立ったのだ!」

「シロット、」


 ふいに後ろから呼びかけられ、シロットは危うく飛び上がりそうになった。声を掛けたのは、オリヴィエである。正真正銘、これまでシロットが聞きなじんでいた、オリヴィエの声だった。


「じっとしてて。私が“今”って言ったら、しゃがんで」

「ハルエラはデウスと融合し、この肉体を得た」


 語ることに夢中なあまり、オリヴィエの意識が戻ったことに、“イカーナ”は気付いていないようだった。


「そのハルエラに、今の私は融合を重ねている。これほどの力があれば、エンマハもカリハも怖れるに足りん。――“死せる神の塔”に至り、神になるのは私だ!」

(そういうことか)


 “イカーナ”が言おうとしていることを、シロットも理解する。シロットは字面通り“死せる神の塔”を“(トウエル)”と考えていた。


 しかし、これも魔獣(デウス)の一形態なのだろう。つい最近までは、“ママイ”が“死せる神の塔”と融合していた。それが何らかの弾みで、“ママイ”と“死せる神の塔”の融合は解除され、“ママイ”は行方をくらましてしまったのだ。


 すると、宿主を喪った状態で、“死せる神の塔”は残されることになる。“イカーナ”は、“死せる神の塔”と融合することで、“ママイ”の後釜に座ろうとしているのだ。もし、“ママイ”の全ての願いを叶える能力が、“死せる神の塔”に由来するのだとすれば、“イカーナ”が神を自称することも、あながち間違いではなくなる。


「――まずはお前だ」


 “イカーナ”の視線が自分に集中したことを、シロットは感じ取る。


「神に最初に(ほふ)られる者として、その栄誉を受けるが良い。――味わえ!」


 “イカーナ”が、シロットに向かって口吻を広げる。


 その時だった。


「――伏せて!」


 シロットの背後から、オリヴィエが叫ぶ。


 「今」って言うはずじゃなかったのか――内心ではそう思いつつも、シロットはおとなしく地面に膝を突いた。


 “イカーナ”が、顎を地面に打ち付けるようにして、シロットに頭部を突き出してくる。そんな“イカーナ”の眉間に目掛けて、何かが飛来した。


「えぇ……?」


 こんな状況にもかかわらず、シロットは声を漏らした。


 オリヴィエが放ったのは、銃撃ではない。


 銃そのものだった。


 イカーナの眉間に、オリヴィエの銃が接触する。その瞬間を、シロットは目撃した。そして


「あっ」


 と声を上げた。その直後、銃からほどばしった稲妻が、“イカーナ”を貫通している影像(イマゴ)が、あたかも静止画のように、シロットの脳内に飛び込んできた。


「ハァ、ハァ……」


 シロットは、自分の目を強くつぶり、まぶたの裏の眩しさを追い出した。シロットの側で、足音が止まる。足音の主が、撃鉄(アンメル)を上げる音が、シロットの耳に聞こえる。


「オリヴィエちゃん……」


 シロットの隣で、足音の主――オリヴィエは、“イカーナ”に照準を合わせている。


 “イカーナ”は、その場で固まっていた。目を凝らしたシロットは、“イカーナ”の全身が、石膏(せっこう)のようにざらついていることに気付く。オリヴィエの銃が発した稲妻が直撃し、“イカーナ”の身体は、石灰と化してしまったのだ。


「ずるい……」


 シロットは言葉を漏らした。


「ずる過ぎる……」

「話は後よ、シロット」


 シロットの恨めしげな目つきなど、オリヴィエはどこ吹く風のようだった。


 オリヴィエが、指を引金(トルジェ)に掛ける。――銃声とともに、イカーナの身体は崩れ去っていった。

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