マルティネのカミさん達
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というわけで、新章スタート。
ハっと気づいた時、リュウは自分がどこにいるのか直ぐにわからなかった。
それでも、ベッドで寝ていたはずなんだけどな…と思っている矢先に突如見知らぬ声がかかってきたところで大して驚かないのは、やはり肝が据わっているからだろうか。
< ようこそ 異世界より来たりし銀の娘よ >
姿を確認せずとも、それが人間の声ではないことは直感で察せられた。
とりあえず、寝ていた自分の部屋での屋敷の中でもない。頭上には満天の星々……外、なのだろうが、だがそれが本当に思う様な外なのかはわからない。
リュウは、青々と茂る草原の、小川の畔の土の上にいた。
蛍灯なのか狐火なのか、仄かな光がふわふわと辺りを漂っている様は幻想的に見える。
そして何故か、とある輪の中に加わって座っていた。というのも、これが一体なんの集まりなのか、そもそもこれがどういう状況なのか不明なので判断のしようがないのだ。
< なるほど 奇稀な心を持つ人間だ >
< なかなかに 興がそそられる >
人間ではない……と判断したところで、さぁ相手がなんなのか、それもわからない。
確かに、自分の周りに居る。
だが、はっきりと何かの形をしているかといえば首肯しかねるし、かといって何も見えないわけでも幻覚でもなく。
兎にも角にも、言葉でどうのと言い表わせるものではなかった。
けれど、リュウに恐怖は微塵もない。ただ、この状況が不可解だ。
(敵意はない、か……だが、気配が妙だな)
鍛えあげられた五感ないし六感により探ってみるも、それを総動員しても相手の正体が判らないことに、少し驚く。
元々初対面の相手に対して無口なリュウだが、状況判断のためにも敢えて無言を貫くことにした。
そして、ふと気づく。
輪になっている不可思議な者達が、何かを回していることに。
そしてそれは、リュウの元へと回ってくる。
杯、だった。
「…?」
いつの間にか手に持たされていて、その小さな杯と中になみなみ注がれている液体をリュウは凝視する。
癖でクンと鼻を利かせると、ほんのり甘い香りがした。
< 飲むが良い それは この大地の力の結晶 >
< それは この地の水と樹が生みだしたもの >
それらは、反響する様な不思議な声音だった。
< 何にも染まらぬ魂を持つ者よ >
< そなたが これからどう生きてゆくのか >
< この大地で何を為し得るのか >
< 楽しみだ >
なんだか、面白がられている気がする―――
抑揚のないそれらの声になんとなくそう感じながら、不思議と湧きあがらない警戒心をそのままに、リュウは杯に口をつけた。
とろりと甘く、嚥下するごとに少し身体が火照る心地がした。
* * *
「そいつぁ、甘露だな」
「甘露…?」
「多分な。んでもって、そいつらは十中八九、マルティネのカミさん達だよ」
夢か現かわからぬ奇妙な体験のことをリュウが話すと、真っ先に応えてきたのはやはりカイトであった。
「カミ…?って、神のことか?」
「いや…“カミ”と“神”とは厳密には異なる。リュウが遭ったのは前者の“カミ”のほうだろう」
「そうだねぇ。またの名を“ヤオヨロズのカミ”ってね」
クリストフとアルトゥールも口添えしてきた。
「もしかして、皆も遭ったことがあるのか」
「あ、わかったか?そーそー、俺達四人、うんと小さい頃に一緒に遭ったことあんだよなー」
当時のことを思い出してか、カールが若干ハイテンションで肯定してくる。
言い伝え…などではなく、あたかも実体験したような四人の風情に、冗談ではなく本当なのだとわかる。尤も、リュウは最初から疑っていないが。
「あ、ってことはさー…もしかしてリュウ、酒にメチャクチャ強いんじゃね?」
「あー、そうかもねぇ」
「つまり…甘露というのは、酒だったのか?」
「ご名答。っつぅか、ほんとにピンピンしてやがるなリュウ」
「?」
「年齢のせいもあるだろうが……俺達は同じように飲まされて目覚めた後、人生初めての二日酔いを経験した」
「あれねぇ…うん、なんていうかお酒はもうヤダって本気で呪ったよ」
「アルって意外と酒好きじゃねーもんなー」
「今でもグラス一杯で酔いつぶれるカールに言われたくないけどねぇ」
「あのなリュウ。カミさんってぇのは酒がべらぼうに好きなんだよ。で、中でも甘露ってぇ酒は大のお気に入り。つまり、馬鹿にならねぇくらい度数が高ぇんだ」
「おそらく、大の大人でも杯一杯であっという間に酔っぱらうだろう」
「ほーんと、自分達が好きだからって何も子供に飲ませることないのにねぇ。お酒に強くて良かったねぇ姫ちゃん。じゃなかったら、今頃頭痛くて呻ってるよ」
四人は言いたい放題言ってきているが―――察するに、どうやら“カミ”というのは無類の気まぐれで面白がりらしい。
とはいえ…
「なら、あれが現実だとして、どうして自分は招かれた?」
かつて四人も招かれたのも、一体どういう意味があったのか。
至極当然の疑問を口にすれば、今度は若干困ったような苦笑が返される。
「カミのみぞ知る……ってぇのが正直なところだが―――ひとつ判るのは、リュウがカミさん達に受け入れられたってことだな」
「貴重な甘露を分けたんだしねぇ。ま、これで姫ちゃんはすっかり『マルティネの大地の子』だね」
いくつかのハテナマークが浮かび上がらせるリュウ。
「カミガミの甘露は、人間の作るそれとは全く異なるもの。大地の滋養とそれが溶け込んでいる清廉な水の下で200年以上根ざしている樹木からしか採れない酒……樹液のようなものだ」
「リュウが聴いた『大地の結晶』ってのは、そういう意味だ。マルティネに生きてる全ての命が沁み込んだ土と、そこに流れる水が生みだした甘露は、マルティネが凝縮されたモン。『カミのさかずき受けし マルティネの大地の子』って聴いたことあるフレーズだろ?」
「子供達が歌ってる、あれか」
「そ。童話にもなってるし、伝承でもあるし、有名な一節だよねぇ」
「俺、なんかもう一回くらい甘露飲みたくなってきたかも。今なら二日酔いしなさそうだしさー」
「知ってる?そういうのバチ当たりっていうんだよ」
「べ、別にいーじゃんか言うのくらい!」
四人の説明とやり取りを聞きながら、リュウはふと思い出す。
“おみまい”として女の子が貸してくれた絵本の物語が、まさしく自分が体験した摩訶不思議な出来事を描写したものだったと。
(返しに行って、礼もしないとな)
大分癒えてきた脇腹の傷に手を当てつつ、また昨晩の甘い酒の味も思い出しつつ、リュウは窓の外に広がる緑と青の景色を見つめていた。
季節は、夏間近―――