邂逅
芸は身を助く―――という故事があるけれど。
自分のそれは、そんな崇高なものでも、ましてや人に堂々と言える代物なんかじゃ、ない。
それでも、確かに。
自分に身についているこの“芸”は
昔も、そして今も
生きている資格などないに等しい自分の命を、確かに生きながらえさせている―――
* * *
忌々しい、近いうちに潰そうとしているとある闇の中に
俺達は、清らかな月光を、見つけた。
銀の髪を滑らかになびかせて舞う彼女は、他の少女達となにかが違った。
その手に持っている剣は、気高き鷹を思わせる彼女の横顔によく似通っている。
彼女自身は顔を向けても誰か特定の者をその瞳に映しているわけではなかろうが、だが、その黒曜石の如し瞳がこちらを見た時
俺達は、身体の深淵がゾクゾクと震えるのを強烈に感じ取った。
顔を見合わせた俺達四人の内心は、この時、寸分違わず一致していた。そうして互いに頷き合い、無言の内に次の行動も全員が把握した。
彼女を、俺達の元に―――と。
* * *
流は、遠く彼方の夜空にぽっかり浮かぶ月をぼんやり眺めながら、自分の足元に群がり口々に値をまくし立ててゆく男達の声を、訊くともなしに訊いていた。
自分の前に舞台に出ていた少女も、次に控えている少女達も、自分がどこへ売られるのか、これからどうなるのかということを思って怯えている。
けれど、流にはそうした感情は一切なかった。
そう、一切、である。
耳朶を叩く煩わしい声も、今の境遇も、流にとってはそこまで己が感情を動かす出来事ではないからだ。
別に感情が欠落しているとか、全く興味がないとかそういうことではない。これでも19歳になる女子なのだから、自分の行く末を考えることくらいはする。というか、むしろそれくらいしか考えることはない。
それでも、流にとってこの状況は怯える要素には成り得ない。ただ、それだけのこと。
「100万エール」
騒がしかった広場を、さして大きな音量でもないのに静まらせるような、そんな良く通るひと声が聞こえて流は視線を下げた。
一瞬静まり返った広場は、今しがた聞こえた値の莫大さに再びザワザワと騒がしくなる。売りつける側の奴隷商人の男でさえ、あんぐり口を開けていた。
(なるほどな。100万エールというのは結構な値段なわけか)
特になんの感慨も無く、流は内心でこの(..)世界(..)の新たな情報を脳裏の片隅に刻む。
見世物用の舞台からいつの間にか降りていた流は、その露出度の高い衣装のまま一人の男の前に引きあわされていた。
奴隷商人に男が言い値をどっさり手渡している様子を眺めつつ、無意識に腰に右手を持ってゆく。
そこには、長年の愛剣が腰にささっていた。
男が奴隷商人と別れ、こちらに一歩二歩と近づく。その横を奴隷商人が生理的嫌悪感を催すような眼差しをしながら通り過ぎるが、男も流も無視して互いに対峙した。
やはり怯えることも恐怖も感じず、かといって不思議と敵対心もあまりなく、流はただ、その瞳を真っすぐ男に向ける。
流の身長は155センチ前後。対して、男はおそらく170センチほどはある。
外套に身体は何重かに覆われているが、男が人並み以上に身体を鍛えあげていること、それも武器を扱う人間であることを流は瞬時に見抜いた。
「――…こちらへ」
低く、透き通るような声が聞こえた。
それが自分を促しているのだと理解した流が一歩踏み出すと、次の瞬間、ふわりと急な浮遊感が全身を包み込む。
「っ!?」
それまでほぼ無表情で平然としていた流だが、ここで初めて微かな声を出し、ついでその表情を僅かに変化させる。といっても、暗闇の中でそれが見える者は一人としていないが。
いわゆる、お姫様だっこというやつである。
生まれてこの方そういう経験など皆無の流は、恥ずかしがるとか暴れるとかそういう反応ではなく、地面に足がついていないという奇妙な状態に疑問符ばかり。傍から見れば、大人しく男の腕の中に収まっている状態だ。
流は、自分が全身全霊を硬直させていることに気付いていない。だが、男は流が身体を固まらせていることを如実に感じ取っていた。それをどういう意味にとったのか、男以外に判る者はいない。
流を隠すためなのか、いつの間にか全身を覆うように布がバサリと被せられていて、流としてはどこをどう行っているのか全くわからない。ただ、身体に伝わる微かな振動と見知らぬ男の力強い腕の感触だけが確かだった。
キィ、というドアの音がする。どこか、建物の中にでも入ったのか。
(アジトか、住処か……)
自分が奴隷として売られた自覚は十分にある。つまり、己の立場も状況も須らく把握している。それでも、流は取り乱すことなくそんなことをつらつら考えつつ、視界が不自由なまでも周囲の気配を探っていた。
男が誰かと喋る声がボソボソと聞こえ、次に階段を上がる雰囲気が伝わってきて、またしばらく歩いてとある場所でぴたりと止まった。
「俺だ」
どこかへ呼びかける男の声が直ぐ真上で聞こえ、その数泊後、ガチャリと扉が開く音がした。
流はそのまま、どこかの部屋へ自分も入ったことを察する。
もし今脈拍を測っても、大して変わらないに違いない。それほど、ここにきても尚、流は冷静だった。
「おっかえり~」
「どう?お姫様奪還できた?」
そんな、状況にそぐわぬ様な明るい声が二つ聞こえた。
ゆっくりと、自分が下ろされようとしている感覚を悟り、流は自ら降りる態勢を取ってしっかり地に足をつけた。
拍子に、全身を覆っていた布が剥がれ落ちる。
蝋燭の火が仄かに照らす、薄暗い小さな個室。
流の目の前には、三人の男がいた。
ヒュゥ、と何故か口笛が一つ、直ぐ近くの斜め前で聞こえてきた。
(んー…?なんなんだ、この状況は…)
顔にこそ出していないが、流は自分を包み込む静寂と向けられる三対の眼差しに少々首を傾げていた。
それは、想像していたような類の空気でも眼差しでもないということ以上に、現実として目の前にいる三人ないし四人の雰囲気が、なんだか妙だったからである。
それが、こそばゆい、という意味だと自覚できないのは流が背負う過去ゆえなのだが、それは今は置いておくとして。
「――――――…やべ」
ようやっと、この静寂を破る声が聞こえて自然、流はそちらへと目を向ける。
「な、なんか…想像してたよりむちゃくちゃ可愛いんだけどっ!」
「――――――……は?」
いきなりピシっと指を指されて言われた言葉に、流は思わず間抜けな声を出す。
「こーら、レディに指なんかささないの。嫌われちゃうよ?ごめんね、お姫様?」
今度は別の人物がにっこり満面の笑みで話しかけてくるが……どうリアクションして良いか判らず流は沈黙する。
「やっぱり、オレ様の目に狂いはなかったな。見応えがありそうだ。なあ、クリストフ」
「…紛らわしい言い方をするな。誤解する」
一体、ここはなんなのか。というか、この人達は何がしたいのか。
流は表情を変えることなく、静かに注意深く、自分を取り囲む男四人をそれとなく観察していると、いきなりバサリと何かが投げて寄こされ頭に被った。
反射的にそれを手に取り眺め、どうやら誰かの外套のようだとわかる。
「すまんすまん。とりあえず、それでも羽織ってろ」
何に対する謝罪か。それを僅かに疑問に思いながら、話しかけてきた人物に流は目を向けた。
再び視線が自分に集中するのを感じ、あちらが何か言おうとする気配を察して流は無意識に先手を打っていた。
「奴隷が主人に何を言って良いのか知りませんが、自分は一体どういう目的で買われたのでしょうか」
言いなりになって奴隷になる気は毛頭ないが、ひとまずそんな感じで尋ねてみた。これが、もっと別の人間が相手だったら出方は変わっていたかもしれない。
媚びるでもなくへつらうでもなく、かといって怯えるでもなくただ淡々とそう言えば、相変わらず隣にいる連れてきた男以外の三人が少し瞠目した。
「おい、クリストフ。なんも説明してねえのか」
「外で説明して下手に勘ぐられより、ここの方が良いだろう」
「ま、それもそうだがな」
どうやら、この背の高い黒髪の青年はクリストフというらしい。そしてその彼に話しかけたのは、外套を放って寄こし一人称が「オレ様」という、中背で臙脂色の髪をした青年。
そんなことを思っていると、打って変わって小柄な少年が若干慌てたように流に近づいてきた。
ごく薄い茶色の髪をしたそんな彼をじっと見つめる。
「あ、あのさっ。確かに、俺達が金出し合ってお前買ったみたいな感じになってるんだけどさっ。それ、ちょっとというか大分意味が違うっていうかさっ」
「…?」
なにかを必死で伝えようと、口を手をわたわたと動かしている彼だが、やはり要領を得ないので自然と首が横に傾く。
「ええっと、だからさっ。俺達は別に、お前のこと奴隷にしたいとかそういうこと考えてるわけじゃないんだ!なんていうか、そうじゃなくてな、えーっと」
「ほらほら、なに慌ててんの。そんなんじゃちっともわかんないでしょうが」
ツッコミを入れたのは、緩くウェーブの懸った金茶色の髪をした青年。本性は知らないが、一見すると爽やかな王子様という感じだ。
「えーっ、でも誤解されてんの嫌じゃん!」
「だから、それをわかりやすく説明するんでしょ。まったく…」
「ま、とりあえず座れって」
部屋の床に円状になって座る。流は正座をして、愛剣を傍らに置いて彼らに対峙していた。警戒心は勿論あるが、この場の空気はそこまで殺伐としたものではない。
「さてと。さっそくだが、お前、名を何と言う?」
臙脂色の髪の青年が、にっと口端を上げながら尋ねてくる。
「…流、と申します」
彼らの会話を訊く限り、日本の姓を言ったところで意味がないと判断して流は名前だけ名乗った。
普段、流はこういう口調ではないのだが、今は当たり障りのない丁寧語。
「リュウ、ね。なかなか、粋な名前じゃない?」
金茶色の青年がやはり笑みを湛えてそう言ってくる。まさかここで、粋、という言葉が出てくるとは思わなかったが。
「そうか。オレ様はカイトだ」と臙脂色の髪の青年。
「僕はね、アルトゥールって言うんだ。よろしくね?」と金茶色の青年。
「俺はカールってんだ!」と薄茶色の少年。
「クリストフだ」と黒髪の青年。
「それでね、君が多分さっきからずっと疑問に思ってること、先に教えてあげるよ。カールの説明じゃわかんなかったでしょ?」
そうして改めて説明された結論としては、どうも、彼らは流を奴隷として買ったわけではないらしい。
曰く、彼らはこの近隣にある領地を納める貴族の一族で、先ほど人身売買が行われた領地の様子を偶然視察しに来ていたのだという。それも、人身売買が密かに行われているという裏情報をピンポイントに手に入れて、近々取り締まる予定だとか。
そこで、売りに出され芸を披露していた流を見つけた。
「……つまり、奴隷売買の組織の内側の情報が欲しいから、それを直に知っているだろう奴隷を敢えて買った、という戦略的行為だと」
そう言いながら、なるほどな、と流は納得する。
だが、対する四人は少々納得していないような表情だ。なぜ?
「ま、別にそれは間違っちゃいねえし事実なんだけどよ。そうお前ぇに言われると身も蓋もねえっていうか、ちっと意味合いが違ぇというか」
「?身も蓋も無くはないのでは?道理に叶っていると思いますが」
カイトが苦笑しながら頭をガシガシと掻いている。
要するに、話を全て信じるならば、彼らは自分達の領地だけでなく他の領地も気にかけて闇取引をなくしたいのだろう。そのために、現実的に奴隷売買の内側を知っている奴隷自身から情報を得たいというのは至極当然のこと。そして、偶々自分がその情報源に選ばれた。
そう自分の見解を言ってみれば、なぜか益々妙な表情をされた。流としてはその意味がよくわからない。
「うん、まあ確かにそうなんだけどね」
アルトゥールも苦笑しながら口を開いてくる。
「僕らは、別に誰でも良かったってわけじゃないんだよねー」
「……と、言いますと?」
そう問うも、今度はクリストフがまた別の質問を投げかけてきた。
「今までは、どこでどのように暮らしていたのだ」
彼らがどうしてこういった質問をしてくるのか、その意図するところは未だに読めないが、下手に拒む理由も無いので流は淀みなく答えた。
「異世界から来ました」
そう言えば。
やはり、それぞれに驚きを露わな反応が返ってきた。
「……それは、本当か…?」
「はい。しかしその様子だと、やはりこの世界に『異世界』という概念自体はあるようですね」
「うわー、マジで?」
「確固たる証拠はなにもありませんが」
「うーん、でも嘘ついてるようには聞こえないしねぇ」
「オレ様としちゃ、そっちのほうが信憑性があるように聞こえる。そういう話を聞かないことも無い」
「信じてもらえるなら有り難いですが」
そう―――流は、現代からいわゆる「異世界トリップ」してきた人間である。
本名は「月影 流」。れっきとした日本人。
家がなんと戦国時代から続く隠れた旧家で、その関係で家の掟に倣い真剣を幼少の頃より扱ってきた経歴を持つ。今持っている、現代からの唯一の持参品は日本刀。
そこからなんの間違いか、突然異世界に飛ばされた。
しかも、今いるこの世界は“二度目”だったりする。つまり、日本→異世界1→異世界2…という具合で飛ばされ、今いるのは異世界2。
「ついこの間まで居た異世界は、どこもかしこも治安が最悪で戦争やら内乱が頻発しているような場所でした。期間としては二十日ほどでそこまで長くなかったですが、それでも生き抜くために闘いました」
しかも、異世界なんて存在など知らなかった身では大混乱もいいところ。言葉もまともに通じず、右も左もどころか上も下もなにもわからない場所で、ただ生き延びるために馴染んだ剣を振るった。
あの世界の名前さえ、最後まで知ることはなかった。
「そこからまた突然、今度はこの世界に飛ばされて、最初に目をつけられたのがあの奴隷商人。つい数日前のことです。それで今に至る」
不思議と、この異世界では言葉が通じた。だから、ある程度は奴隷売買の内部の様子は伝えられる、と流は自身の身の上をそう締めくくる。
異世界、という存在を知らない場所や人達だったら説明にもっと苦労しただろうが、その心配はなさそうである。
「…手を」
「…は?」
「手を、見せてみろ」
隣のクリストフに急にそう言われ、疑問符を浮かべつつとりあえず利き手の左手を差し出してみる。
すると、くるりと手首を反転されて掌が露わになった。
「…やはり、な」
「へぇ、こりゃまた」
「ふぅん…そっかぁ」
「……」
クリストフ、カイト、アルトゥール、カールの全員にじっと覗きこまれ、今度は何事かと次なる反応を待つ。
「単刀直入に訊こう。闘いに慣れているな?」
クリストフの視線は、流の顔と床に置かれた剣に交互に注がれている。
闘い慣れしている―――その事実は特に隠したいことではないので、流は「それなりに」と答えた。
流の掌。そこには、武器を扱い尚且つ本気の闘いの場に身を投じた者にしか有り得ない、少なくとも現代日本における到底年頃の娘にはないオーラが滲み出ていて。
元は滑らかな肌だったろうが、そんな片鱗は一切見られずがさついていて、皮も厚くささくれだっている。女の手にしては武骨なものだった。
「だから、お前に興味が湧いた」
「…興味、ですか」
クリストフの言葉を反芻する。
「暫くあの奴隷売買の様子を観察してたんだけどさ。なんか、リュウだけオーラが違ぇーんだもん」
「あそこに買い付けにきていた野郎共は気付いてなかったがな。お前ぇ、引き取ったのが俺らじゃなくあの中の他の誰かだったら、真っ先に確実に殺して逃げるつもりだった。違うか?それに、俺達に対しても同じだ。こっちが少しでも変なことをしたり要求しようとしたら、問答無用でその剣振るうつもりでいる」
「そうそう。最初っからいつ何が起きても良いようにって、警戒心どころか殺気纏わせてるし?僕ら、これでもさっきから隙みせないようにしてるしね」
並大抵の女の子じゃできないよねぇ、と相変わらず爽やかな笑みを浮かべるアルトゥール。
ところが。指摘された張本人の流は、小さく口を開けてぽかんとしている。
「あれ?なんか見当違いなこと言った?僕ら」
「……いや…見当違い、ではないというか、むしろ今気付いたというか…」
「「「「??」」」」
「確かに、その通りなんですが…指摘された今の今まで、そのつもりでいることに自分が気付いてなかったと言いますか」
人間、第三者に指摘されて初めて自分の内心を自覚したり理解できることが往々にしてある。今の流の場合が、まさにそれだ。
「ふっ」
誰かが吹き出す。
「わはははははっ。なんだ、お前は殺気を出すのが標準装備なのかっ?おもしろい奴だ気に入った」
カイトが思いっきり笑い転げていて、他の面々も益々興味深そうな眼差しを流に注いでいる。
とはいえ、流としてはこれが本題にどう繋がるのかとんと不明だ。
「要するにさ」
流の疑問符を読み取ったアルトゥールが改めて口を開く。
「僕らは、遠目でみただけでもわかる、リュウのその剣や闘いの腕を買ったわけ。これでも武器を扱う身だからね、わかるんだよ。で、買ったっていうとちょっと語弊があるけどさ、とにかく、僕らと一緒に来て暮らしてくれないかなーと」
「…つまり、騎士あるいは護衛などの仕事を、ということでしょうか」
「んー、まあそれも無きにしも非ずなんだけど、やっぱちょっと違うって言うかね。どう言えば良いかなぁ、ひとまず帰ってお伺い立てないと最終的な事は言えないんだよねぇ。どうする?クリストフ」
アルトゥールだけでなく、カイトとカールの視線もクリストフに向けられる。
「…リュウ」
「はい」
「今は他にも色々と気になると思う。だが、明日領地に帰らねば出せぬ結論もある。少し答えを待ってはもらえないか」
今も、自分は少なからず殺気を纏っているのだろうか。“長年の癖”はなかなか抜けない―――そんなことを思いつつ、リュウは了解との意を込めて頷いた。
本当は、自分がなぜ戦闘慣れしているのか、その理由の根本はもっと別にあり、今迄の話の中にはそこに掠るような話を一切していない。
だが、それは敢えて話す必要がなく、また話したいとも様々な意味で思わなかった。それに、今の簡単な説明である程度納得してくれたのか、彼らからはそれ以上の追及は特にでなかった。
「…?」
ふいに。
流は頭になにかの感覚を感じて斜め横を見遣る。
すっと、手を引っ込めたのはクリストフだった。静かな眼差しでこちらを見ている。
「よぉしっ、んじゃ寝るとするか!」
今度はカイトが突然立ち上がり、カールを急き立ててごそごそとなにか準備をし始めた。どうやら、床に布団を敷こうとしているようだ。
ベッドも何もない部屋。流はようやく、部屋の床が畳であることに気付く。
あっというまに五人分の布団が横一列に敷かれた。
「おら、リュウはここだっ!」
カイトが流の頭をわしゃわしゃ撫でまわしながら、半ば無理矢理一番真ん中の布団の上にぐいっと座らせる。
その両脇にカイトとカール、そして一番端の両サイドにクリストフとアルトゥールという配置になったようで。
どうにも否めない展開の速さに、流は無意識にきょろきょろと四人を見回す。
「男ばっかで悪ぃがな、ま、とりあえず安心して寝ろ。腕の立つっぽいお前ぇにそう言うのも変な話だろうがな」
カイトはそう言いながら、やはり少しばかり強引に流を布団の中に突っ込んだ。
思わずぷはっと顔を出すと、もう四人とも寝る態勢に入っている。
蝋燭の火が消され、部屋は更に暗くなる。
小さな窓から微かに月光が注ぎ込み、小さな部屋は静寂に包まれた。
ぽんぽん、と布団が軽く叩かれる感覚がした。多分、お休みの意味だろう。
流は仰向けのまま、じっと虚空を見つめた。
ここでようやく、流は先ほどカイトとクリストフに頭を撫でられたという事実を実感する。その感覚がまだ残っていて、無意識に自分の頭に手をやった。
これが、流でない違う娘であれば、ほんのり心が温かくなったという表現に似つかわしい心境になるのかもしれない。
だが、流が感じたのは、大きな戸惑い。
今、自分が置かれている状況の全てが、それに繋がっていた。
不安だとか、そういうはっきりとした負の感情ではない。触られた嫌悪感も一切ないのだが…
そんな妙な気持ちを抱えて、流は目を瞑る。
そのうち静かに聞こえ始めた呼吸に、四人の男は密かに安堵していた。