表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

4



機会は早くに訪れた。


お父様が日頃の忠誠の礼にと王様直々に勲章をいただくはずだったのだが、急遽体調を崩して寝込んでしまったために私が代わりに王宮へと出向くことになったのだ。

モスグリーンのドレスを身にまとって王宮に参上した私を王様の元へ案内したのは、王直属の近衛兵だった。

目鼻立ちの整った美形で、暗すぎも明るすぎもしない絶妙な茶色の髪。一見華奢に見える体躯はしなやかで無駄な筋肉がないことを窺わせる。

そして丁寧な身のこなし。

王直属の近衛兵として十分に洗練されている。

――まさしく、好みのタイプ。

顔がよくて優しそうで……とは世の女性が自分の伴侶にと思い描く一般的な理想だが、あくまでも理想であって現実ではない。

実際にはそんな都合のよい男性はいない。

……というはずなのだが。

何事にも例外はつきもののようだった。

そして、その例外は今私の隣にいる。

謁見の間までの長い道のりをさりげなくエスコートして歩みを進めている彼。

端正な横顔に見とれていると、その視線に気づいたかのようにふと彼がこちらを向いた。

「私の顔に何かついておりますか?」

少し笑みを含んだ声で問いかけられて、私は顔を赤らめた。

「いえ、つい見とれてしまって」

正直に答えると彼はくすりと笑った。



「美人と名高いアデライン嬢にそんなことを言っていただけるとは光栄です」

「お世辞が上手ですのね」

そこで私ははたと気づいた。

「私の名前をどうしてご存知なのですか」

まさかこの前の舞踏会のことで……。

密かに危惧していた私を、彼は意外そうに見た。

「だから、さっきも申し上げた通り、アデライン嬢は美人として王宮中では名高くていらっしゃいますので。貴女を狙っている男は星の数程もいるのですよ」

「そ、そうでしたの」

突然、予想外の話を持ち出されて私は動揺した。

「貴女とお近づきになりたいと思っている男はたくさんいますが、なかなか舞踏会にもいらっしゃいませんし。このようなところで貴女とお近づきになれるとは、私も実際、予想していませんでしたから」

近衛兵になってよかったと思います。

まぶしいほどの笑顔を向けられて、胸の鼓動が高鳴る。

「こ、こちらこそ。貴方のような方とお話しできるのはこの上ない幸福ですわ」

控えめに尋ねてみる。

「貴方の名前をよろしければお訊きしたいのですけど……」

謁見の間についてしまった。

「私の名前はジェラルド・レ・ヴァセリンです。ではここでお別れいたしましょう。またいつか」

彼はそう言い残すと身を踵を返して去って行った。



無事に王様から勲章をいただいて謁見の間を出て気づく。

外への出方が分からない。

行きはジェラルド様が連れてきてくださったが、帰りはどうしよう。王宮は広すぎて迷ってしまうだろう。

とりあえず私は歩きだした。



「困ったわ、ここがどこかも分からない」

10分後、見たことのない廊下で私は一人呟いた。

ため息をついて辺りを見回すと、遠くから金属同士のぶつかる音が聞こえてきた。

ここで騎士たちが練習しているのだろうか。

これ以上迷うのも今と変わらないと判断した私は、その音の方向へ向かった。


音がしていたのは、中庭だった。ひょい、と覗くと騎士たちが練習をしていた。

日の光に反射して剣がきらきらときらめく。

私は騎士たちの剣技をじっと眺めた。

どの人もみな、一目見ただけですごいと分かるほどの腕だったが、その中でも際立っていたのが中心の二人だった。

「グレイ様にジェラルド様……?」

二人は突き、かわし、また打ち合う。その度に剣が輝いて二人を照らしていた。

キンッ

澄んだ音が響き、剣が宙を飛んだ。

「……参りました」

両手を軽く上げて丸腰になったジェラルド様に、グレイ様が剣を突き付けている。

「今日の訓練は終了だ」

グレイ様が宣言し、騎士たちは張り詰めさせていた緊張の糸をゆるませた。

その様子を一人中庭の入り口で眺めていた私に、目ざとく気づいたのはジェラルド様だった。



私の所に来たジェラルド様は、恥ずかしそうに頬をかいた。

「格好悪いところを見られてしまいましたね。お恥ずかしいかぎりです」

「でもすばらしかったですわ」

「ありがとうございます。いつも、あいつとは五分五分なんですよ」

あいつとはグレイ様のことだろう。

そう言って笑う口調に苦さは感じられない。

きっといいライバルなんだろうなと思う。

「ジェラルド、さっさと片付けろ……よ?」

ジェラルド様を呼びに来たらしく、近づいてきたグレイ様が私に気づいて歩みを止めた。

「これはこれは……どうなさいましたか、アデライン嬢」

メーベル様ではなく、アデライン嬢と呼ばれたことに私は気づいた。

なぜか、胸の奥が疼く。

「あの、王様に謁見しに来たのですけど、帰り道が分からなくて。迷っていたらここに着いてしまいました」

「あっ、失念していました。帰りも案内するべきでしたね」

ジェラルド様がしまったというように口を押さえた。

「いつも抜け目がないお前にしては珍しいな」

グレイ様がからかう。

「きっと今日はアデライン嬢の美しさに頭がぼうっとしていたんですね」

「え、えっ!?私ですか!?」

二人の会話は面白いなぁと油断していた所に突然話を振られて驚いた。

「まぁ、アデライン嬢の美しさのせいだけにしてはダメですよね。片付けをしてから貴女を送っていきますよ。少々お待ちを」

ジェラルド様は言い残して片付けに向かった。



後に残されたのは私とグレイ様。

もう関わりを持たないって決めたのに……

気まずい空気が流れる。

「ディズレイリ様、訓練も終わりましたし昼時ですし、飯食べにいきませんか……って、そこにいらっしゃるのはアデライン様……!?」

グレイ様に昼食を誘いに来た騎士たちが私の姿を見てざわめいた。

「わぁ……おれ、アデライン様に会えてすごく幸せ……」

「本物のアデライン様だ!」

周りを取り囲まれて、私はあたふたした。

「ぁう……えぇ……と、みなさん、さっきはすばらしかったですわ」

とりあえず思った事を口に出してみる。

そしておずおずと微笑みかけると、周りの騎士たちはそろって顔を赤らめた。

――わ、私、変なこと言っちゃった!?

「ご、ごめんなさい、なんか私変なこと言っちゃいましたか?」

「そんなことはありません!光栄です!」

「というか、アデライン様はもっとつんとした人かと思ってましたが全然違いますね!」

言葉の勢いに押されて少しよろけると、後ろにいた人が支えてくれた。

「ありがとう……ございます」

支えてくれたのはいつのまにか後ろにいたグレイ様。

また助けてもらってしまった。

申し訳なさに顔が赤くなる。

「こらおまえら、アデライン嬢が困ってるぞ。少し落ち着け」

「はーい」

グレイ様の言葉に、渋々ながらも従う騎士たち。

まるで教師と生徒たちみたいだな、と場違いなことを考えて私は少しおかしくなった。



「みなさん、仲がよろしいんですのね」

くすりと笑う。

「ね、グレイ様も楽しそうですもの」

後ろにいたグレイ様にも声をかけると、騎士たちがざわめいた。

「ちょっとディズレイリ様!アデライン様とお知り合いなんですか!?」

「グレイ様なんて呼ばれて!親しい関係そうですね!?」

「抜け駆けは許しませんよ!」

わいわい騒がれてグレイ様は少しうろたえた。

「あ、いや、これは……」

「おれも許さないかな?」

「ジェラルド!」

片付けを終えたらしいジェラルド様が爽やかに会話に入り込んできた。

「グレイ、なんでお前アデライン様と知り合いだって言ってくれなかったんだ?」

抜け駆けしようなんて、そうはさせないからな?

ジェラルド様にも言われて口をぱくぱくさせるグレイ様。

「あ、あの、グレイ様には前に助けていただいて……もごっ」

「わっ、余計なこと言わなくていい!」

慌てたグレイ様に口を手でふさがれる。

「何ですか助けていただいてって!」

「昼食は後回しです、詳しく話を聞かせていただきますよ?」

さらに詰めよる騎士たちに目を白黒させるグレイ様。

グレイ様に口をふさがれたままの私も状況の変化についていけない。

「という訳でグレイ、おれはアデライン様を城門まで送り届けてくるから覚悟していろよ」

さ、いきましょう。

と私の口をふさいでいたグレイ様の手を外したジェラルド様が、私を少し強引にエスコートして騒がしい現場から離れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ