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彼女を家まで送り、執事に託してから俺は帰路についた。
――色々放っておけない娘だったな。
舞踏会での彼女の様子をみて、実際話してみて、そう感じた。
もともと彼女が婚約者(仮)ということで話しかける隙を窺っていたために助けられたのはよかったが、あの真っ直ぐさというか正直さは社交には向かないことは容易に想像がつく。
俺と医務室で向き合ったときの会話を思い出してふっと笑う。
「守らなくていいくらいの芯の強さを持っているのにこんなに守ってあげたくなる人は珍しい」
今頃彼女はどうしているだろうか。俺のことを考えてくれているだろうか。
――あぁ、俺も大概馬鹿だな。
少し話しただけでこんなに彼女を好きになってしまったなんて。
いつもは気にしてしまう自分の外見も気にならなくなるくらいに。
いや、もちろん彼女は気にするだろうが。
はっきりと醜男と言った彼女。
あの時は傷つくというよりも彼女にも言った通りに、はっきりと面と向かって言われたことに驚き、ありがたかった。
彼女は醜態をさらしたと思っているようだがそれは勘違いだ。
彼女が自分自身を見せてくれた。
というのはさすがに言い過ぎだろう。でもそれに近いと思っても罰は当たらないのではないか。
自宅に着いた。
ドアを開けると執事が頭を下げる。
「グレイ様、どうなさいましたかその格好は」
「汚れたから着替えただけだよ、心配いらない」
さようでございますか、と執事は体をよけて俺を通した。
「そういえばグレイ様、メーベル様はどうでいらっしゃいましたか」
俺は執事を振り替える。
「とてもいい娘だったよ、彼女はね」
「もう大丈夫よ、ありがとう」
部屋まで執事に連れてきてもらった所で私は執事を返した。
乱暴にドレスを脱ぎ捨ててベッドにぼふっと倒れこんだ。
「あーあ……やっちゃった」
目の上に手を当てて反省する。
彼はこんな私をどう思っただろう。馬鹿な女だと思ったかもしれない。これでは社交が上手い下手の問題以前に、人としての問題になってしまう。
別に醜男に何を思われても……とそこまで考えた所で私はあることに気づいて頭を抱えた。
――本人に醜男って言っちゃった……
彼はフォローしてくれたが、本人に言うなんて正気の沙汰とは思えない。
できることなら彼の記憶から私が倒れた所全てを消去してしまいたい。
――受けとめてくれた所は少し素敵だったけど……ね。
思い返して顔が熱く火照る。
ひんやりとした枕に顔を埋めながら小さく息を吐いた。
「お礼しなくちゃ……」
正直、こんな醜態をさらした後で彼に会いたくはない……が、お礼をしないわけにはいかない。
それこそ、アデライン家の名に恥じる。
その時にこそ、ちゃんと謝らなくては。
とりあえず今日は色々あって疲れた。他のことはまた明日考えよう……。
私はだんだんと眠りについた。
自室に戻った私は、ベッドに腰掛けてため息をついた。
「誰が流したのよ、もう」
貴族たちの楽しみは豪華な料理を食べること、取り巻き、または自分の土地の農民たちから金をしぼりとること、娼婦を抱くことなどの他にもう一つある。
他人のスキャンダルだ。
どちらも大貴族で名家のアデライン家とディズレイリ家のスキャンダルとあれば、他の貴族どもが黙ってはいないだろう。
――まぁ、スキャンダルとは言いつつも、別に疾しいことはしていないのだけど。
名家同士の結婚の例なんて今までにはいて捨ててもお釣りがくるくらいある。
政略結婚なんてザラだし、むしろ今だに結婚適齢期になっても妃が決まらない王子の妃候補に挙げられないだけまだマシであるといえる。
祝福されこそすれ、変な噂の種にされるいわれはない!と言いたいところだが、残念ながら今回は相手が悪かった。
なにしろ、相手が醜男で有名のグレイ・レ・ディズレイリである。
社交界にも美人で通るアデライン家の令嬢、メーベル――貴族たちもこぞって息子の妻にと望む彼女だが、なぜ他の誰でもなくグレイを選んだのか。
実は裏で何かあるのか?とにらんで妄動する輩も出てくるだろう。
そうなるともう収拾は不可能である。あとはなるようになるしかない。
……とそこまで分析した所で私は酷い頭痛に襲われた。
今更ながら、あの時倒れてしまった自分の迂闊さが悔やまれる。
「あと3日くらいしたら彼の所にお礼に行かなくちゃ」
決意した瞬間、部屋にノックの音が鳴り響いて私はびくっとした。
「メーベル様、グレイ・レ・ディズレイリ様よりお見舞いの花が送られてまいりました。どうなさいますか」
礼儀正しい執事の声に、私は慌てて了承したのだった。
執事から花を受け取った途端、ふわっと甘い香りが鼻孔をくすぐる。
飾りやすいようにという配慮だろう、花束ではなく鉢植えで送られてきた花をサイドボードの上におく。
「行動が早いんだから」
お礼しようとする所にまた見舞いをもらっては本末転倒である。
それでなくても十分に借りがあるのだ。
昨日のことで彼が顔に合わずにいい人だということが判明したが、それでも醜男は醜男である。
何を考えているかなんて分からないし、そもそも私は基本的に醜男は嫌いなのだ。
こんな衝撃的な出会いをしなければ一生関わることのない人物だったと断言できる。
「もう、なんでこんなことになっちゃったのよ……」
お母様か。お父様か。
と考えても無駄なことは分かっている。
もともとの原因は自分なのだから。
「こんなことなら真面目にイケメン探しておくんだったなぁ」
足をばたばたさせてみる。
何も変わらないことは分かっている。
噂が広まってしまった今、私を相手にしてくれる男がいるかどうかはわからないが、恩を感じているとはいえ醜男とは結婚したくない。
まだ婚約者(仮)の仮の部分に賭けるとしよう。
そうと決まれば、懸案を残しておくのは性分ではない。
私はベルを鳴らして執事を呼んだ。
「メーベル様、お呼びですか」
「グレイ様にお礼したいの。何か用意して欲しいのだけど」
「かしこまりました」
これを渡したら彼とはもう関わることはないだろう。