泥沼でこそ咲き誇る花もありましてよ。
「リードさま、お疲れではありませんか」
「あら、私は平気よ。あなたこそ、もう休みなさい。いくら私の侍従だからといって、こんな時間に起きている必要はないのよ」
「いいえ。リードさまがお休みにならないということであれば、わたしも引き続きおそばに控えるまでです」
「まったく、あなたはそうまでして私を休ませたいのね。仕方がないわ。今夜はもう、仕事はおしまいにしましょう」
公爵令嬢リードは今日もひとりで淡々と公務をこなしている。それは本来ならば、婚約者である王太子カラテアが行うべき内容だ。けれどその王太子はと言えば、恋人である男爵令嬢ミンティを連れて夜会に出かけているらしい。しかしリードには、王太子の不実を責めるような気持ちなど欠片も存在しなかった。なぜならリードは、婚約者である王太子の浮気を公認していた。特定の相手だけの火遊びならば問題ないと割り切っていたのだ。
むしろ、一夜のお相手が大量にいる方が始末に負えない。未来の王の子種をいたるところに撒き散らされては血の管理が煩雑になる。リードは自分の見た目が華やかでないことを承知しているし、自分の性格が可愛げとは真逆のものであることも理解している。だから政略結婚の相手は利益の出る相手を選び、癒しやら愛やらは妾から摂取してもらえばよいとさえ考えていた。
「殿下が、婚約破棄を画策しているですって?」
「はい。どうやら、男爵令嬢にそそのかされたらしく。庶子として市井で育った彼女には、一夫一婦制が染みついているようです」
「まあ。それは頭の痛い話だわ。なるほど、私が気にしなくても、彼女が気にすることがあったのね。考えの浅さが恥ずかしいわ」
「リードさまほど、彼女に心を砕いている方はいらっしゃらないかと」
「買いかぶり過ぎよ。でも殿下ったら、本当に困った方だわ」
いくらなんでもここまで無鉄砲ではないと思っていたがゆえに、王太子が自分との婚約を破棄しようとしていることを知りとても驚いた。王太子はリードよりもずっと平凡な人間である。政治的な手腕も非常に乏しい。しかも彼の父親である現国王は病床にあり、死期は近い。求心力のあった国王が存命だからこそ、無能な王太子に従っている者も多い。そのため国王は、リードを王太子妃にすることで王太子の後ろ盾を作ろうとしていたのである。
その親心がわかっているならば、いくら愚かな王太子であろうとも正妻はリードで我慢し、本当に愛する女は妾としてそばにおくことで満足するべきなのだ。それがまさか、自分を王宮から完全に追放し、排除しようと考えるなんて。
「致し方ないわね。書類をこちらに」
「既に準備しております」
「さすがね!」
「リードさまの侍従でございますから」
予想外の事態に驚いたリードは、書類上での婚姻を完了させることにした。結婚式などやらずとも問題ない。言い訳などあとからいくらでもこねくり回すことができる。だがぼんやりしていて国王が先に亡くなってしまえば、慶事は延期されてしまうのだ。それでは腐りきった佞臣や奸臣が喜ぶばかり。結婚と同時に王太子を国王に即位させると、リードは正妃としてさまざまな分野に大鉈を振るった。そしてリードは自身の立場をさらに盤石のものとするため、他の公爵家の令嬢ふたりを側室として召し上げることにしたのである。
***
「なんだと! なぜ俺が側室を迎えることになっているんだ! どうせあれもこれも、すべてあの女の仕業なんだろう! ミンティ、すまない。お前には苦労をかける」
「あたし、全然気にしません!」
婚約破棄をするどころか、いつの間にか婚姻が完了し、なぜか即位までしてしまっていたカラテアは、苛立たし気に机の上の姿絵を払いのけた。そのまま隣にいたミンティ――彼女もいつの間にか愛妾になっていた――を抱きしめる。
床に叩き落とされた絵姿のふたりとは、今度新しく側室として迎えられる公爵家の令嬢たちである。リードの実家のほかに、あとふたつ同格の公爵家があり、そこからつり合いの取れる年頃のガーデニアとヴァイオレットが送り込まれてきたのだ。腹立たしいことに、これもまたリードとの婚姻と同様に事後承諾である。当事者のはずが、国王であるカラテアの元に情報が回ってくるのは一番最後、決定事項としてなのだった。
「口うるさいリードだけでも厄介なのに、信仰心の塊のガーデニアに、女同士で徒党を組むヴァイオレットだ。ああ、お前が虐められないか俺は心配でならない」
「あたし、しっかり頑張るから大丈夫ですよ。でも、ひとつだけあたしと約束してくださいね」
小指と小指を絡めながら、ミンティは切々と訴えた。自分はこの身体で国王を癒すことくらいしか能がない。リードのような政治的手腕もない。ガーデニアのような神殿の高位神官との特殊な伝手もない。そしてヴァイオレットのように各派閥のご婦人方と仲良くすることもできない。そんな自分が国王の愛を得られるだなんて、何よりの幸福であるとわかっているし、自分の人生に満足している。
でも、どうか約束してほしい。夜を一緒に過ごすのは自分だけ。子どもを授かるのは自分だけ。それさえ守ってくれるならば、自分は正式な妃としての位を得られずとも構わない。腹を痛めて産んだ子どもをリードに差し出すことになっても恨みはしないとまで言ってのけたのだ。
「ミンティ、お前はそこまで俺のことを愛してくれているのか」
「はい。あたしは、あなた以外何もいらないんです。だからお願い。ずっとあたしだけを見ていてね」
「わかった。あやつらとは、閨を共にしないこと。白い結婚であることを誓おう」
「でも、あたしやっぱり心配で」
「大丈夫だ。大神官の前で、誓約をたてよう。誓いに反した行動をとれば、神罰が下る。このような内容の約束を破った罪がどのようなものか。考えたくもないな」
あっけらかんと笑いながら、国王はとんでもない約束を交わしてみせる。ミンティの言葉に感動した国王は、政治はリード、神殿関係はガーデニア、各派閥の夫人たちとの調整はヴァイオレットに任せることにした。そして自分はミンティとともに、王族にとって最も大事であると信じる血の継承つまりは子作りに励むことにしたのだ。しかし、不思議なことにミンティと閨を何度共にしても、彼女に妊娠の兆候は見られなかったのである。
「なぜだ、なぜだ、なぜだ! 医師に聞いても、薬師に聞いても、俺にもミンティにも問題はないと言われるばかり。だが、問題がないのならばなぜミンティは孕まぬのだ!」
国王はこの状況に焦りを覚えずにはいられなかった。もちろん国王とミンティの間に子どもが生まれなくても、王国として困ることはないだろう。必要であれば、ふさわしい血筋の家から、ふさわしい能力の者を連れてきて養子にしてしまえばよいのだ。それは貴族に限らず、裕福な商人や高名な職人などであれば、当たり前に行われていることでもある。
しかし、挫折を知らず完璧を自認する国王にはあり得ないことだった。結婚し、夜を共に過ごせば健康な子どもがじきに誕生する。それは彼にとってあまりにも当たり前過ぎていて、子を成すことが叶わない、ましてや己が不能であるなど受け入れられなかったのである。
問題があるのは種か畑か。そんなことは、実際に種をまいてみればすぐに判断が付く。後宮に押しかけた国王は、交わした白い結婚の誓約を破ろうとした。そして三度、悲鳴が響きわたることになる。
リードの元を訪れた際には彼女の侍従に真鍮製のペーパーウェイトでしこたま殴られ、ガーデニアの元に侵入した際には説法のために同席していた大神官の聖杖によって打ち据えられ、ヴァイオレットの元に忍び込んだ際には彼女の侍女によってティーポットの中の熱湯をぶちまけられたのだった。
***
「ええい、こうなったら離縁だ! お前のような見目も性根も悪い女など、この城から追い出してやる!」
「まあまあ、陛下ったら。あんまりではございませんこと」
それでも諦められない国王は、再びリードを排除しようと試みる。側室ふたりは、リードがいなくなれば自分の手でどうとでもできると判断したのだ。ミンティを連れた状態で、国王はリードに離縁を突きつけるが、リードは驚くどころかおかしそうにころころと笑うばかり。
「せっかくですし、私からも陛下にお伝えしたいことがございますの。ひとを集めておりますので、少々お待ちくださいまし」
「リードさま。準備が整いました」
「おい、一体何をするつもりだ」
「たいしたことではございません。この機会に、陛下には離宮で愛しいお方とふたりきり、のんびりと過ごしていただこうかと思いまして。ああ、これは提案でもお願いでもありませんわ」
逆に彼女は他の側室たち、そして宰相などの重臣を集めた上で、大神官の立ち合いの元に国王に離宮での蟄居を命じた。何の権限があってそんなことが可能なのかと激昂する国王に、リードはわざとらしく肩をすくめてみせた。そして、彼の目の前に一枚の書類を突きつけたのである。そこには国王の蟄居に同意する公爵家のそれぞれの印章が捺されていた。リード、ガーデニア、ヴァイオレットの家の当主のものだ。
「お前たちの実家は、みな、俺を追い出したいのだな。だが、その書類に何の意味がある」
「もう陛下、だからあれほど歴史の勉強はきちんとなさいませと申し上げたではありませんか。この国の王は、血統で決まるものではありませんのよ。何と言っても、選挙君主制なのですから」
ぽかんと口を開け、間抜け面をさらす国王を見て周囲の人間は思わず天を仰いだ。実はこの国は本来、四大公爵家の話し合いによって、次の王が決められる形式になっていたのだ。つまりリードの家門、ガーデニアの家門、ヴァイオレットの家門から、王が生まれる可能性はあったのである。
今回取り立てて揉めることなく国王がカラテアに決まったのは、公爵家の直系に生まれた同世代の子どもたちがカラテア以外、すべて女児だったためだ。女児には王位継承権がない。たったそれだけの理由で、男児が複数人いる際には国を二分したかもしれない後継者争いが発生することはなかったのだ。平和ボケしたこの男の目を覚ますためには、内乱が起きていた方が良かったのかもしれないが、無辜の民を傷つける訳にもいかない。
「偶然と星の巡り合わせがよかったからこそ、あなたは無能でありながら国王になれたのですよ」
「ふ、ふざけるな! 誰が退位など認めるものか!」
「退位などされては困ります。あなたは離宮で死ぬまで遊び惚けてくださいませ」
「俺にお飾りの王になれというのか!」
「あら、あなたこそ私にお飾りの婚約者を求めていたでしょう? まあお飾りの妃になったのは私たちの希望通りでしたけれど」
「ならぬ、ならぬ。俺はお前たちの言いなりにはならぬぞ!」
激昂する国王に、しかしリードはさらに書面を強調した。自分たちの書類は、あなたに退位を促すものではない。あなたが退位を受け入れたことまで記載してあるのだと言い放ったのだ。そんな書類に印章を捺した覚えはないと国王は激怒するが、国王の隣でミンティが深々と頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。離宮で大人しく過ごしますので、どうかカラテアさまのお命だけは何卒ご容赦を」
「ミンティ、一体何を言って……」
「ごめんなさい。預かっていた印章指輪、勝手に使っちゃいました」
「どうして、そのようなことを!」
「だって、このままじゃ暗殺されちゃってたんですよ。あたし、王さまとお妃さまじゃなくってもいいんです。ただこれからも、一緒にいたいの。おじいちゃんとおばあちゃんになるまで、一緒にいたいの。だから、お願い。許してください」
「ミンティ……」
国王はミンティの必死の訴えを聞くと、少しばかりうつむいた。そして別れの挨拶の代わりとでも言うように、リードに向かって嫌味を投げつける。
「毒婦リードよ。俺を追い出して政権を取ったつもりかもしれぬが。我が世の春と思い上がらぬことだな。おごれるものは久しからず。すぐにお前の野望ごと追い落とされるだろうよ。お前のような人間がのさばるなど、あってはならぬのだ」
「あら、陛下。泥沼でこそ咲き誇る花もありましてよ」
まるで国王に何を言われるかを予想していたかのように、リードはなめらかに高笑いをしてみせた。日頃の地味で真面目なリードには似つかわしくない、けれど不思議なことに本当に面白くて仕方がないという気持ちがにじみ出てくる声。それは、あまりにも国王が今の自分たちの立ち位置を理解できていなかったことが明らかになったからかもしれない。
今、この王国は泥沼にある。下手をすれば他国に呑み込まれてしまう可能性だって高い。それにもかかわらず、脳内お花畑の国王は、国家運営に必要なリードや側室たちとの約束をたがえて踏みにじろうとした。リードは、国王のその自分勝手さは何よりも許せなかった。どれだけ自分が恵まれていたか、この男は何一つ理解していない。だが、それを事細かに教えてやるほどリードは親切な女ではないのだ。
「陛下、私は未来永劫、我が一族が繁栄するなどとは思ってもおりませんのよ。ただ、私が生きている限りは、この王国の独立を守り、豊かで安全な国にしておきたいのです。私の望みはただそれだけですわ」
リードが言い切ると、国王は静かに床に膝をついたのだった。
***
結局、国王が離宮で蟄居することになった事実はほとんどの者に伏せられることになった。貴族たちは、リードの話した「できるだけミンティとの時間を大切になさりたいそうなの。離宮からおいでにならなくても、怒らないであげてちょうだい」という言葉を何の疑問もなく信じている。王国は、今日も平和である。
リードは笑う。
「おほほほほ、泥沼でこそ咲き誇る花もありましてよ」
「リードさま、そのフレーズ気に入っていらっしゃるのですね」
「ええ。だって、この国がこんな状態だからこそ、私のやりたいように政策を推し進めることができるのですもの。もっと安定した時代に生まれていたら、私が政治にかかわることは不可能だったでしょうから」
女には許されていない政治が、今の彼女には自由に行うことができる。彼女のことを悪の女王などと貶める者もいるが、そんな悪口などリードは痛くもかゆくもなかった。だって事実、今のリードは女王陛下と同じ程度の権力を手にしているのだ。悪口を受け流す度量も大きくなろうというものではないか。
高笑いするリードのことを、柔らかな笑みをたたえた侍従が見つめている。男はリードがとても心優しいことを知っている。彼女は悪人などではない。露悪的に振舞ってみせてはいるが、本来心優しい女性なのである。彼女自身は絶対に認めようとはしないのだが。そもそも忌むべき双子の片割れとして、処分されかけた彼の命が助かったのはリードのおかげなのだ。まだ幼いリードが彼を憐れみ、自分の家に引き取るように父親に進言していなかったなら、彼はとうにこの世を去っていた。きっとリードはその頃からすでに政治的な才能に溢れていたのだろう。
必要な予備、ただのスペアであってもかまわない。便利な道具、侍従として隣にいられるなら満足だ。それでも自分の双子の兄のことを王太子時代は殿下、国王になってからは陛下と一貫して呼び続け、代わりに自分のことをずっとカル――カラテアの愛称――で呼び続けたのは、なぜだろう。彼女にとっては自分こそが本物であったとうぬぼれてもよいのだろうか。けれど、リードはそんな侍従の想いにはまったく気づかぬまま小首を傾げた。
「あら、そんな微妙な顔をしてどうしたの? ああ、いっそのことあなたが国王に成り代わりたかった? いいわよ。ただ一応、形式的に側室がふたりいる形になるけれど、彼女たちに手を出してはだめよ。そういう契約なのだから」
「手なんて、出しません! というか、誓約ではなく契約とは?」
「ええ。陛下がしていたのは神との誓約。私が彼女たちとしていたのは仕事上の契約なの」
「……それは、わたしが聞いてもよいお話なのですか?」
「ほら、私もそろそろ子育てとか考えないといけないじゃない? せっかく気心知れて、血筋の正しい美青年がいるのだから。巻き込まれてちょうだいね」
「いつ決まったんですか! というか、陛下のことはあんなにゴミ扱いしていたのに! 同じ顔ですよ!」
「あら、全然違うじゃない。まったく、そんなに私の夫は嫌なのかしら? 昔は姉さまと結婚するって言ってきかなかったのに」
「だから、それは!」
最近の王妃さまは、毎日ご機嫌であると周囲からも大層評判である。
ガーデニアは笑う。
「こんにちは。大神官さま。甥御さまと姪御さまはお元気かしら?」
「ガーデニアさま。過分のご配慮痛み入ります。ふたりとも、本当にやんちゃでして。またお城に遊びに行っていいかとしつこくねだられております」
「まあ、それではまた小さなお客さまのためにお茶会を開きましょうね。たくさん、贈り物を用意しておくわ。今度はぜひ泊まっていってちょうだい」
ガーデニアには心から愛する相手がいる。しかし相手は、公爵令嬢であるガーデニアを娶るほどの身分を持ち合わせてはいなかった。ガーデニアの隣に立つために、死に物狂いで大神官の地位を得たものの、神官ゆえに彼らは通常の手段では夫婦になることなどできなかった。
本来ならば絶対に叶うはずのない関係。けれど、事情を知るリードの元であれば彼らは人目を忍んで会うことができる。たとえ実の子どもを甥や姪と偽る秘密の関係であろうとも、そばにいられるだけで十分に幸せなのだ。
ヴァイオレットは笑う。
「今度のお茶会では、どんなテーマにしようかしら」
「以前はみなさまのお好きな本を一冊お持ちいただいたのですよね。それから、しばらくは読書の会のような形になったのでしたか。今度は別の本を持っていただくのではいけないのですか?」
「お住いの地域によっては、新しい本を手に入れるのが難しい方もいらっしゃるの。古典にも名作は多いけれど、他の方と被らないようにするのは大変でしょう?」
「でしたら、次は刺繍の会はいかがでしょう? それぞれの土地に伝わるモチーフを毎回、ひとつずつ仕上げていくのは?」
「まあ、素敵ね!」
彼女は男が嫌いだ。あんな野蛮で乱暴でがさつな生き物は、自分の視界に入れたくもない。彼女が好きなものは、柔らかくていい香りのする華奢で繊細な生き物だ。国王の渡りがない後宮の一室で、ヴァイオレットは幸せそうに愛しい侍女に微笑みかけた。
ミンティは笑う。
「もう、旦那さまったら。嘘を吐いちゃ駄目なんですよ。あたし、すごく悲しかったんですから。でも、大丈夫です。これからは、いつでもどこでもふたり一緒ですよ」
彼女は本気で国王を愛していた。どんなに愚かであろうとも、自分ただひとりを愛してくれるならば、彼女はそれでよかったのだ。けれど彼は自身のプライドのために、彼女との約束を簡単に反故にしようとした。
今になって思えば、ミンティが子どもを授かることなどありえなかったのだ。火種にしかならない存在を、賢いリードが見逃すはずがない。ミンティにはわからなかったが、何か避妊薬か堕胎薬のようなものが毎日の食事に仕込まれていたのだろう。あるいは今も仕込まれているのかもしれない。愛する夫と身体を重ねても腹が膨らむことはなかったから。
それでもミンティは満足だった。愛するひとは、もう手が届かない高貴な彼ではない。貴婦人たちと共有するべきものでもない。自分のところまで堕ちてきてくれた彼を、ミンティは最後まで愛するのだ。離宮の片隅どころか、たとえ荒野に追放されたとしても、愛する男が自分の隣にいてくれるならばそこはミンティにとってこの世にたったひとつの楽園なのだから。
女には女の戦い方がある。女には女の幸せがある。彼女たちは大臣たちの前ではみな貞淑な淑女の笑みを浮かべてみせる。そして、それぞれの幸せを噛みしめるのだ。
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