第7話『失われた歴史の記録』
――朝、ヨナギ・カナタはソファーで目を覚ました。家に入っていいとグレイスには言われたが、部屋まで借りるのは悪い気がしたので、カナタ自身がここを選んだ。
「ん……」
ゆっくり目を覚まし、顔を上げる。すると、既に起きていたグレイスが朝食をとっている所が目に入った。
カナタが起きたことに気づいたグレイスは目をこちらに向ける。
「あ、起きたのか」
「うん。おはよう」
敬語は嫌だと言われたので、普通に話す。グレイスは制服を来ていて、学校に行くのかというような格好をしている。
――いや、彼は魔法学園生なので当たり前なのだが。
「夕方まで学園だから、お前に魔法を教えられるのは夜からだ。別良いだろ?」
「ああ。大丈夫」
「お前一人になるけど、適当に過ごしてて良いからな。ただ、色々勝手に部屋入るなよ?」
「うん、分かった」
ちょっとした注意事項を述べたあと、グレイスはすぐに屋敷から出ていってしまった。
――そして、カナタは一人の時間を過ごすこととなった。
「――静かだな」
一人の時間は静かだ。異世界ということもあり、持っていたスマホも役たたずだ。暇つぶしすら出来ない。
「トイレ行くか」
起きてからまだトイレに行っていないので、カナタは行くことにした。トイレの位置は昨日グレイスに教えて貰っている。
ソファーから立ち上がり、廊下を歩いてすぐ近くにある扉に手をかけて部屋に入る。
「――はぁ、スッキリした。――ん?」
トイレから出て、リビングに戻ろうとしたカナタ。だが、トイレに扉の右側に、来る時は無かったはずの扉があったのだ。
「な、んだこれ? さっきまでなかったよな?」
扉に手をかけ、手前に引くと開く。だが、グレイスには勝手に部屋に入るなと言われている。もちろん、カナタはそれを守るつもりだ。
「ダメだよな。プライバシープライバシー」
扉をゆっくりと閉め、引き返そうとしたカナタ。
――だがしかし、扉はそれを許してくれなかった。
「え? ちょ!?」
閉めたはずの扉が勝手に開き、カナタを部屋の中へと招待したのだ。
突然部屋に吸い込まれたことで地面に転んでしまったカナタは、ゆっくり身体を起こす。
すると、その瞳に映ったのは――
「な、なんだこれ……」
神秘的な広い空間に、大量の本棚があり、図書室のような部屋だった。
「図書室? 本が多いな……」
近くの本棚から一冊を取り出し、ペラペラめくってみる。
――だが残念ながら、カナタにはこの世界の文字を読むことはできない。完全に違う文字で書かれていた本を見て、カナタはため息をついた。
「暇つぶしになりそうだったのに、読めないなら意味ないな……」
昔から本を読むのが好きだったカナタなので、家の中にこんな広い図書室があるのはとても羨ましい。とはいえ、その本が一切読めないならなんにもならないのだが。
その瞬間、机に乗っている一冊の本が一瞬だけ光ったのが目に入った。
机にゆっくり近づき、その本を手に取る。
そこに書かれている文字を見て、カナタは心臓が飛び出るくらい驚いてしまった。
その本のタイトルは――
『忘れられた世界の記録』
そう日本語で書かれていたのだ。この異世界で自らの言語を見ることになるとは思いもしなかった。
「なんで日本語が……。読んでみるか」
机の隣にある椅子に座り、本をゆっくりと開く。
『――これは、世界を破滅寸前まで追い込んだ男と、それを食い止めるために死力を尽くした神々の物語である』
そういった語り出しから始まった。なにかの物語なのだろうか。少々面白そうだ。次のページをめくると、びっしりと日本語で文が書かれていた。物語が始まるようだ。
「意外と面白そうだな。いい暇つぶし……に……」
――次の瞬間、ヨナギ・カナタの意識は暗黒へと消えた。
◆◇◆◇
――これは、世界の歴史から抹消された出来事である。
――真っ赤に染まる空。そして、段々と塵になっていく世界。そんな現実離れした空間に、二人の男と一人の女がいた。
真っ白な髪と瞳を持ち、神々しい見た目をしている少年と少女を男は冷たい瞳で見つめていた。
「――――」
――一方は世界を滅ぼすために力を使い、もう一方は世界を救うために力を使っている。
――そう、これは神々の戦いなのだ。かつて、そして今現在世界を崩壊させてゆく『破壊神』と、それを食い止める『創世神』の戦い。
どんな戦いが起こり、どちらが勝利したのか。
それは――
――おっと。歴史から抹消された出来事を、教える訳にはいかないね。
◆◇◆◇
「うわぁっ!!」
そう叫んで、カナタは目を覚ました。何をしていたんだっけ? そうだ、本を読んでいたんだ。だが、読んだというより、これは、まるで体験したかのような感じだ。
最後に、女の声が聞こえた。それはもうしっかりと。でもこの部屋には誰もいない。
それもこれも、全てこの本のせいだろう。異世界で日本語で書かれているなんて怪しいもの、それくらいの現象を起こしてきても不思議では無い。
「もう、出るか」
部屋から出ようと立ち上が――れなかった。
「――っ!? 今来るか……?」
それは、毎日カナタを襲ってくる頭痛だった。何故か昨日は起こらなかったが、今日は復活したようだ。
復活といっても、全然嬉しくないのだが。
「あっ……ぐっ……」
頭を締め付けられるような痛みが襲い、動けなくなる。元の世界から持ってきた痛み止めがポケットに入っているため、地面にうつ伏せになりながら取り出す。
口に含めようとすると、頭痛中に見る様々な景色が脳内に入ってきた。
「あぁっ……!? な、んで……?」
真っ白な髪の少年と少女。一昨日、ラインとセツナと出会った時に見た記憶と一緒だ。
――それだけじゃない。真っ赤に染まる空に、崩壊していく地面。そして、空に佇む謎の男。
そう。まさに、今読んだ本の内容と一致しているのだ。
――まずい。身体が動かせない。ズキズキとした痛みが続き、意識が――
「おい! どうした!?」
突然、声が聞こえた。ゆっくり目を開けると、心配そうにカナタを見ているグレイスがいたのだ。学園だったはずだが、もう終わったのだろうか。
――いや、そんなこと考えてる場合じゃない。壮大な痛みのせいで何も考えたくない。
だが、
「あ、れ? 痛みが…….」
「はぁ、痛みが引いたか。治癒魔法かけただけだからな」
「あ、うん、ありがとう……」
グレイスのおかげで痛みがなくなったのだ。腕を引っ張られ、転びそうになりながらもゆっくり立ち上がる。
「――一回、廊下出るぞ」
「ああ、わかった」
グレイスに引っ張られ、カナタは謎の部屋を後にした。
――カナタが消えた部屋の中で、小さい物音がする。
ベッドの下からガサガサと音がし、白銀の髪を持った女性が這って出てきたのだ。
「――ふぅ」
両手を地面に立て、右足から立ち上がる。そして、女性はカナタが読んだ本のある机まで歩いていった。
「『忘れられた世界の記録』、ね。こんなもの、意味があるのかな?」
右手で本を手に取り、女性は小声でそう言った。溜息をつき、左手の人差し指を本に触れた。
その瞬間、
「――歴史から消えた出来事を、残す訳にはいかないよね」
まるで何も無かったかのように、本は無へと帰っていったのだ。
――綺麗な白銀の瞳をパッチリと開き、知恵の権化はクスッと笑った。




