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第11話『入学試験前最後の訓練』


 ――『魔導師』グレイスが放った炎魔法がカナタを取り囲んだ瞬間、カナタの脳内に記憶が流れてきた。それは、カナタの記憶ではなかった。頭痛を起こしたときに頭に入ってくる景色のようなものだった。


 ――声しか聞こえない。記憶が流れてきたとは言ったが、視覚情報は何もない。ただ真っ暗な空間での話し声が頭に入ってきた。


「はい? 闇魔法を教えろって言いました? はぁ……なんで私がそんなめんどくさいことを……」


「まあ他の人達は忙しそうだし、君にしか頼めないから。――それに、相手の下見をしないといけないからね」


「――なるほど。そういう事ですか」

 

 姿が見えない二人の男が、そう会話しているのが聞こえてくる。まるでこの場にいる第三者のように鮮明な記憶だ。

 丁寧に敬語で話す男は、魔法を教えなければならないことにため息をついてめんどくさそうにしながらも、もう一人に近づいた。


「良いですか? まず見ててくださいよ」


「うん。わかった」


 すると、敬語の男はまっすぐ目を向け、


「――シャドウ・エクリプス」


 と、闇魔法が詠唱され、真っ暗な空間を包み込んだ。


 ――そして、記憶は途切れた。


◆◇◆◇


「――シャドウ・エクリプス」


 カナタによってそう詠唱されたのは、この世界で心が闇で染まっている者しか扱えないはずの闇魔法。カナタの全身から放出された魔力は瞬く間に闇となって世界に顕現する。


 闇はグレイスの放った炎魔法を包み込み、そのままグレイスさえも飲み込もうとしていた。


「――っ! ルミナスアロー!」


 しかし、光魔法で生成した光の矢が闇を貫き、闇魔法はそのまま無へと消えた。


「――――」


 一瞬の沈黙が起きたあと、グレイスはゆっくりとカナタを見つめる。


「お前、なんで闇魔法が使えた? 俺は教えてねえぞ」


 その目はカナタが炎魔法以外を使ったという事への感動ではなく、闇魔法を使えたことに対する不信感を持っているものだった。

 

「どこで闇魔法を覚えた?」


「覚えたっていうか……頭に突然流れてきてさ。やってみようと思ってやったら出来たんだよ」


「……闇魔法は心が闇に染まっていたり、殺人鬼とかくらいしか使えない。でも、俺の知り合いは使えるやついるし、お前もそのタイプか?」


 そう呟くと、グレイスはため息をつき、


「まあいい。それはお前の武器になるんじゃねえか? お前みたいなやつが闇魔法を使うとは全く思えないし。ただ、俺は全く教えられないからな。それだけは自分で言っ訓練しろ」


「え? なんで教えてくれないの?」

 

「ったりめえだろ? 俺は心が綺麗だから闇魔法使えねえんだよ」


 ……それ自分で言うんだ。と思いながらも、「え?」というような反応をすればこれからの訓練を何されるか分かったもんじゃないので、「ああ、心綺麗だもんね」と言うように首を縦に振った。


「お前の魔法学園の試験まで時間がねえ。属性魔法を全部詰め込むから、必死になって覚えろよ?」


「ま、まじかよ……」


 ――残念ながら、それでもスパルタの訓練は始まってしまうようだった。


◆◇◆◇


 ――今日はカナタの入学試験前日。朝からついさっきまでグレイスに魔法を詰め込まれ、身体の疲労が限界に達したカナタはリビングのソファーで横になっていた。


「これはまた、お疲れ様。大変だったでしょ」


「ああ、ありがとう……。頭が爆発しそうだよ」


 目の前で声をかけてくれたのは、『剣聖』だ。今日は別にカナタに用事がある訳ではなく、ただ遊びに来ただけのようだ。彼らの関係は昔からの幼馴染だ。『剣聖』と『魔導師』とか凄い称号を持つ子が幼馴染とは、驚いてしまう。


 ――二人っきりだと会話が続かない。グレイスがいる時は話が途切れないのだが、そもそも『剣聖』とそこまで仲良くないカナタは何を話せばいいのかすら分からない。


 ……そうだ。聞きたいことがあった。


「あ、そういえばさ」


「ん、どうしたの?」


 カナタが切り出すと、『剣聖』は目を合わせ、首を傾げて言葉を待った。


「名前、知らなかったって思ってさ。なんて名前だ?」


「ああ、そういう事ね。僕はアッシュ・レイ・フェルザリアだよ。気軽にアッシュって呼んでくれれば良いよ」


「わかった。よろしくアッシュ」


 名前を聞いたカナタがそう返すと、アッシュもまた「よろしく」と笑顔で答えた。

 アッシュ・レイ・フェルザリア。とっても長い名前だが、ミドルネームには何か意味があるのだろうか。


 ラインたち四つ子はそれぞれの名前プラス、姓のファルレフィアだし、グレイスもグレイス・エヴァンスが名前だ。異世界でまだミドルネームなんて聞いたことがないカナタは不思議に思った。


「レイって何か意味があるの?」


 率直に聞くと、アッシュは「うーん」と小さな声を上げ、考え始めた。おそらく、簡単に説明しようと思ったの

だろう。考えがまとまったのか、彼は口を開けた。


「フェルザリア家は代々『剣聖』の家系でね。『剣聖』になった者は王国騎士団の団長になるんだ。レイって名前は、『剣聖』であることと団長であることを皆に知らせるためにある。まあ、これくらいかな」


「え、じゃあアッシュって騎士団の団長なの? た、タメ口ごめんなさい」


 騎士団の団長にタメ口で話すのは恐れ多い。しかし、カナタがそう返すと、アッシュはクスッと笑って首を振った。


「僕は団長じゃないし、敬語使わなくていいよ。『剣聖』だし、団長の資格はあるんだけど年齢がね。まだ魔法学園二年生で十六歳だしさ。人生経験が足りないってことで、今は僕のおじいさんが団長をしてるよ」

 

「へぇ、おじいさんも騎士やってるんだ。すげえな」


「まあ、先々代の『剣聖』だからね。歳に見合わず元気だよ。毎日生き生きしているし」


 それは凄いじいさんだな……。とカナタは思った。カナタにももちろんおじいちゃんがいるが、両方とも年相応な感じになっている。

 まあ、異世界で騎士をやってる人と比べるなという話だが。


「――っと。そろそろ僕は帰ろうかな。暗くなってきたし」


「あ、うん。また今度」


「うん。――あ」


 扉を開けるアッシュを、ソファーに座りながら見ていると、突然立ち止まった。今度は何だと思うと、ゆっくりとカナタの方を向いた。


「明日、カナタの入学試験を担当する先生は僕の担任の先生なんだけど、まあまあなスパルタだから気を付けてね。それじゃあ」


「え」


 それだけ言い残し、アッシュは暗闇へと消えていった。一気に静かになった空間で、カナタは心の中で叫ぶ。


 (なんで最後に不安になりそうなことを言うんだよ!!)

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