6−2. 夏の夜の夢(中)
「一体、どういう組織なんだ?いずれ教会に連なるものなんだろうが。名のある資本家が関係しているところもみると、裏社会というわけでもなさそうだ」
「ふむ、そこはわかってなかったのか。よくそれで一人で乗り込んでくるような無謀なことができたものだ。まあ、薄汚い裏社会とは距離を置いているよ。我々は世間的に言うと秘密結社、と呼ばれるのかな?結社は数あれど、古い古い組織だ。而して、詳しくは知らぬ方がよかろう。何しろ、秘密だ」
チャールズは、足を組み、左の人差し指をたてて唇の前にもってきて、おどけてみせる。
「市中に試作機を放置したのは、どういう意図だ?」
「あれは実に苦労した。研究所から成果を買い取ったものの、理解して実現できる人間がいない。何年も何年も設計書と対話したよ。漸く合点がいって外部の人間に仕上げさせた——ああ、まあ君に関わってもらいたかったが、呼び鈴を鳴らして誘うのも面白くないと思ってね。趣向を凝らしてみた。そもそも気を引けるかは五分五分かと思っていたし、場所自体の手がかりまでは親切すぎるかと考えてそのままにしておいたが、工夫してくれたお陰でよい結果になった。実際、君以外の人間には意味のないものだろうから、無駄にならなくてよかった」
「買いかぶってくれるが、俺以外にも人はいる。今この場に官憲が押し寄せてたかも知らねえぜ?」
「来ないさ。我らの根は広く深い。何より、誰が何をしようとしているのかを、どう説明する?荒唐無稽すぎて話しにならんだろう?」
にんまりと笑う。
「ウィリアム、君の方こそ、我らの勢力範囲をうろうろとあからさま過ぎる誘いだが、私が出向かなかったらどうしたのかね?今日という日をむざむざベッドの中で過ごす羽目になったぞ?」
「そのあからさまな誘いに、あんたは乗ってきただろう?あんたはおしゃべり好きすぎなんだよ。それに、あんなにポスターをベタベタ貼り付けていたら、馬鹿でも気づく。丁寧なことに秘密結社のマーク付きだ」
街中に貼られていた歌劇『夏の夜の夢』の定期公演のポスターの端には、三角に目のマークが符丁として印刷されていた。それに、アッシュフィールドはじめ街中にあった試作装置の物件所有者たちは家族・使用人ともども本日から留守だ。利に聡い商人らしく、ギリギリまで仕事がしたかったらしい。
「あらためて聞くが、何のためにこれを作った?」
鉄かごに閉じ込められた光球を見上げ、問う。
「以前に言った通りだよ。人を自然状態に帰すために、社会の規範を選び直すために作った。これほど人が溢れていては、新たな道を選び直すなど到底できはしない。人の本来ある自由な姿は、それほど多くの他者を支えるようにはできていないからね、一度きれいにする必要がある。
この神の炎で都を焼き、空白の地で新たな秩序を打ち立てよう。自然の恵みに支えられた、場所も心も好きに移せる、誰の命令も聞き流せる、自身のモノなど誰も持たない、ただ自由を至上とする規範を持つ社会を」
お腹がすいたから、パンケーキを作った、とでもいうように淡々とチャールズは語る。彼も懐からエーテルグラスを取り出し、かける。
「ならなぜ手間暇をかけて俺を誘った?たびたび俺の前にあらわれて信念を語っていくのはなぜだ?わざわざ邪魔者を作る理由はどこにある?——自分のやっていることに迷いがあるからじゃないのか?」
ここ数ヶ月、誰かの手のひらで踊らされているのは薄々感じていたが、その動機に思い当たらず混乱した。接した回数は少ないが、目の前の男に言うような人間らしさがあるかは甚だ疑問で、今、この段においても意図はわからない。これは上滑りしているな、と自覚しつつも、今までの人生でチャールズのような行動をとる人物像にあたったことはなかった。
案の定、チャールズはきょとんとして、それからくつくつと笑い出した。
「ああ、なるほど。ウィリアム、君は道徳心が高くて常識人だ。失礼だが、出自や育ちを思うと素晴らしい。ややまっすぐに過ぎるが、紳士たるに十分な資格を有しているね。——確かに、そう考えるのもありだ。だが、そんな大層な理由ではない。見たまえ、滾るエーテルの坩堝、神の灯火だ。余人にとっては単なるまぶしく、青白い光球に過ぎない。だが、根底にある理論の緻密さ、実現に至る技術の奥深さ、回路を組み上げる高い技巧、それらを理解して初めてわかる荘厳がここにある」
両手を広げ、光球を示す。確かに、技術の粋がこの世に顕現した姿だ。政治や経済や恣意に曲げられた妥協とは対局にある、純然たるエネルギーの塊。
「この頂きを心から分かる人間は周りにはいなくてね。生みの親たる君と、この瞬間を共有できたらこれに勝る喜びはないのでは、と思った。何年も向き合った研究成果から、設計者の実務的で本質的、かつ真理を求める姿が手に取るようにわかった。書類上ではどのチームが、誰が取り組んだ研究かは知っていたが、それとは次元の違う深さで理解できた。君もそうではないかね?試作機から読み取った何かがあったからこそ、ここにいると信じているよ」
迷惑な熱烈さだが、否定しきれない己にも苛つきを覚え、かみ殺す。
「残念だが、理論を作ったのも設計も俺じゃない。我ながら俺は凡才でな」
かつて嫌というほど味わった錆び付いた何かが口の中に広がった。
「無論、承知している。理論を構築したのは君の妻だと。だが、組織したのは君だ。天才を理解し、周囲を説得して道筋をつけ、要素技術を組み立て、夢を現に変える。そこに優劣はない。できれば彼女も呼びたかったが、神の僕たる私といえども、天の門を行き来することはできない」
「戯言は続くのか?装置を壊せばそれで終わりだぜ?」
チャールズの言葉に被せるように、強くぶつける。
「壊せはしない。極めて繊細なバランスで維持されたこの環境を崩して、穏当に全てが収まると思うかね?そう思わないからこそ、君はここにいる。できるなら、駅舎に火でもつけて逃げているだろう?」
違うかね?と小憎らしげに口の端を引き上げる。




