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壊れ回路の錬金技師  作者: 相沢 静


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20/23

6−1. 夏の夜の夢(前)

 王都に世界初の都市内地下鉄が開通したのは、わずか二年ほど前だ。財政上の困難や難工事を乗り越えて九年がかりで開通にこぎ着けられた。開業初日には四万人が利用したという。地面を掘削した上でトンネルを作って埋め戻す開削(かいさく)工法を採用しているため、浅い位置に列車が走っている。蒸気機関車の出す燃焼石(ねんしょうせき)煤煙(ばいえん)で駅と沿線は(かす)だらけなため、嫌悪する住人も多いが、利便性は全てにまさり、路線は拡大しつつある。

 当初は東の終点として設置された駅も、更に東に向けた延伸計画が持ち上がり、僅かな期間で目的に(かな)う場所に移動を余儀なくされた。半年後の冬の開業を目指し、新駅を建築中である。石造りの作りかけの駅舎を囲むように、仮組みの木造構造物が設置されている。浮浪者や建材泥棒の立ち入りを阻むフェンスは、しかし杜撰(ずさん)な形で設置され、役割を担うにはいささか心許ないものだった。

 夜。六月の日没は21時過ぎと遅く、その分黒い(とばり)はあっという間に地上を覆い隠す。煙霧(スモッグ)越しに見える新月に近い月は、頼りなく細い糸のようだ。

 携帯型のエーテル灯で足元を照らし、障害物に注意しながらフェンスの間を()って工事現場に立ち入る。簡易に設けられた、上に伸びるはしごを探し、慎重に登る。はしごの終わりでは足場に沿って進み、さらにはしごを登って、建設中の駅舎の上を覆う形でもうけられている木製の作業場の前に辿り着く。仮組みながら、壁も天井も(しつら)えられていて、かなりしっかりした作りだ。

 作業場の扉を押し開く。下見のときと同様、鍵はかかっていなかった。

広い。手元の灯りでは部屋全体を照らすことはできないが、ちょっとした広間ぐらいはありそうだ。天井も高く、単なる作業場としては行き過ぎだ。エーテル灯の出力を最大限上げる。橙色の光に、中央に置かれた金属が鈍く黒い反射で答えた。

 作業場の床には鉄製の枠が大きくわたされ、びっしりと回路を刻んだ賢石(リッチ・ストーン)が敷き詰められていた。縦横15mはあろうか。四隅からは湾曲した鉄筋が中心に向かって生えており、中空で十字に接合されている。十字の中心からは巨大な球型のかごが下に吊るされ、かごの目の部分にも賢石(リッチ・ストーン)がはめ込まれているようだ。遠目には幾何学模様のレリーフかオブジェに見える。かごの真下には円錐状の構造が仕立てられていて、今にもかごを突き差さんばかりだ。

 四角い鉄枠に沿って外周を回り、腰の位置の高さに設置された台の前に来る。制御盤だ。精緻に刻まれた賢石(リッチ・ストーン)が縦横にはめ込まれており、九×九に設けられたボタンや青・赤で色分けされた仰々しいレバーがついている。盤上では橙色の光が複雑な線形模様を描いており、稼働中であることが見て取れた。

 早くなる心拍と頭痛を押さえつけ、しばし盤上の模様を観察して読み解く。

 意を決してエーテルグラスをかけ、球状のかごを目を細めながらみる。肉眼では見えない強烈な青白い光が、瞳孔を貫いた。かごの中心で直径1mほどの滑らかな質感の光球が浮いている。

「……随分とお洒落な室内灯だ」

 沸き起こる敗北感を鼻で笑って追いやる。独りごちてあらためて制御盤に視線を落とし、ボタンをいくつか押す。高級ではあるが汎用品で、操作はわかる。制御盤上の光がその模様を変えた。

「反応は、なしか」

 光球の方に目をやるが、何の変化もない。

「もう、自律稼働にはいっている。随分前から」

 向かい側の入り口付近から声をかけられる。驚くことなく、制御盤から視線をあげてそちらに向ける。

「チャールズ、まさかと思ったが、やっぱり来るんだな」

「ウィリアム、君が来たのだ。私もいないと失礼というものさ。君こそ、いつも一緒にいる少年は留守番かね?」

 紹介した覚えはない、というのも野暮だろう。この男はずっと見張っていたはずだ。おそらく、最初から。

「子供は寝る時間だからな。本当なら王都を離れさせるべきだったが……」

「親子三人で王都を出て頼る当てもない。ならば全てを師匠に任せて、といったところかね。妥当だろう」

 チャールズはこちらから見て右斜めの方向、鉄枠の一辺の傍らにゆっくりと歩み、そこにあった収納箱(チェスト)に腰掛けた。

「いささか遠いが、こちらから失礼するよ。もっと小ぶりな装置にしたかったのだがね、大気のエーテル濃度の薄さはどうしようもない。汲み取る範囲を大きくするしかなかった。それでも目標密度まで持って行くには半年以上もかかった——おっと、専門家には不要だった。我らが同胞はこの手の話には(うと)くてね。説明するのが習い性なのだ」

 弾むような声で、チャールズが言う。

「どうかね。感想が聞きたい」

「感想?脱帽の一言だな。この規模でエーテルを凝縮して安定させるなんて、実現できると思わなかった。この300分の1でも相当苦労したよ」

 実際、自身を(さいな)む頭痛と息苦しさをもってしても、悔しいながら技術者としての感嘆の念を抑えることはできない。

「それだけかね?」

「狂ってる。炉心をむき出しでそのままとは。技術への冒涜に、耐えられんほどの怒りを覚える。他人の理論を使って好き勝手しやがって」

 口に出すことで自覚される、嫉妬とない交ぜになった赫怒(かくど)に任せて、制御盤の上で握った拳をさらに強く握り込み、チャールズを視線で射貫(いぬ)く。これから必要なのは徹底した冷静さだ。ここで一気に吐き出して頭を冷やせ、と言い聞かせる。

「そんな話をするためだけに、手間をかけて俺を誘ったのか?アッシュフィールドもよく承知したもんだ」

「おや、気づいていたのか」

 そういうチャールズの首には、金属のメダルがかかっている。エーテル灯の橙色を反射し、鈍い輝きを見せていた。文様は遠くて見えないが、三位一体を示す三角形の中に目が描かれているはずだ。

「隠す気もなかっただろうが。首からかかっているシンボルマークが、アッシュフィールドの応接間にも誇らしげに飾ってあった」

「彼は君のことは了解していないよ。君に依頼が行くようには仕向けたがね。我らが組織も、そう一枚岩でも同質でもない。その点は他と何ら変わらず、つまらんものだ」

 チャールズは肩をすくめる。

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