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壊れ回路の錬金技師  作者: 相沢 静


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1−1. 街角にて(前)

 島国の中枢である王都の朝は早い。灯りが必要な夜の活動は高くつくためだ。工場労働では早朝の決められた時間の出勤が課せられていたが、高価な時計など持てない彼らを起こすのが目覚まし屋だ。ランタンと窓のノック用の長い竿を片手に夜明け前の路地を行き来する。広告取り付け人は、夜明けとともに盗難防止で取り外していた商品の看板を据え付ける。僅かばかりの賃仕事だが、何もないよりはましだ。

 すぐにあふれかえる人々を当て込んで、雑貨や果物、貝や魚など、それぞれ思い思いの品を売る路上商人は、手押し車で先を争って場所取りをする。客は貧しい労働者階級で、儲けも相応に少ないが、夕方には返さねばならない借り入れた仕入代と利子、日々の糧を賄う分だけはなんとしても稼がねばならない。

 家庭では働き手の夫や息子を送り出すために、主婦が朝食の準備を行う。といっても、労働者階級の家庭では、ボウル一杯分のオート麦の粥か、パンひとかたまりに紅茶程度。起床後に身支度をした後、レンジに火を入れ、湯を沸かす。kg単位で買い込んできた燃焼石(ねんしょうせき)火箸(ひばし)の先で傷をつけて火室に入れていく。傷によって回路を励起(れいき)させられた燃焼石は火室内の空気を高熱にして上部の鉄板を熱し、その上に乗せられた薬罐(やかん)の水を沸騰させる。高熱に当てられて燃焼石(ねんしょうせき)も崩れてしまうが、そのお陰でものの五分で熱湯ができる。

 そんな慌ただしい世間をよそに、ベッドで惰眠(だみん)をむさぼる。一般に遅寝ができるのは安息日の後、月曜日くらいだが、定職を持たない独り身ならその限りではない。換気のために開けられた窓ごしにうっすらと朝日が差し込み、瞼を通してオレンジの光で男の意識を揺すぶるが、微睡(まどろみ)みから意識を引き上げるにはまだ足りない。

 と、どんどんと乱暴に扉がノックされる。遠慮のない勢いは、こちらがまだ寝ている時間だということは百も承知と言わんばかりだ。

「ウィリアムさん、早く出ておくれ!こっちはあんたと違って忙しいんだよ!」

 扉越しに力強い女性の声が男の耳朶(じだ)を打つ。そしてまた大きなノックの音。ちっと舌打ちし、目を開け、ベッドからもぞもぞと起き出す。「今出るよ!」と応えながら、くせ毛気味の黒髪を()き上げて室内履きに足を入れ、寝間着のまま玄関に向かう。アパートは玄関と一体になった執務室と、寝室、作業場兼キッチンの三部屋構成だ。リビングを横切って扉の前に行くと、カギを開けて扉を引く。

 廊下には髪に白いものが混じり始めた恰幅(かっぷく)のよい中年の婦人が立っていた。一階に住むアパートの大家だ。

「家賃の回収だよ。ったく、普通はそっちから持ってくるもんでしょうが」

 不機嫌な口調だが、これで至って平常だ。下層階級が住む下町にふさわしく、得にもならない愛想はとうにうち捨てている。

 あいあいよ、とリビングにとって返し、くしゃくしゃの紙幣を広げ、三枚重ねて大家に渡す。

 大家はエプロンから分厚い大福帳(だいふくちょう)を取り出してペンで書き込みを入れた。

「あと、仕事が来たよ。ここのお祓いをしてくれだとさ。急ぎだと」

 釣り銭と一緒に大家が差し出す紙片を受け取り、目を通す。住所と、井戸端で破裂音が続いて耳障(みみざわ)りだというコメント、それに相場を知っているとは全く思えない些少(さしょう)な額の記載があった。

「お祓いじゃなくて除染だと何回言わせんだ」

「一緒だね。誰も望んじゃいない不可思議な出来事を、よくわからない理屈をこねてとりあえずなんとかする。一昔前なら魔女扱いさ」

(れっき)とした科学に裏打ちされた処置だぜ。俺は魔女じゃなくて錬金技師(れんきんぎし)だ」

「はいはい。で、どうなのさ?やるのかい?」

「住まわせてもらってる条件だからな。今日やるさ。来月の家賃から引いといてくれ」


 住所に書かれていたのは、三ブロックほど離れた路地の奥にある、古びた長屋だった。裏の共同空き地が問題の場所らしい。

『これさえあれば万病も怖くない。自慢の青い丸薬(ブルー・ピル)

『頑健な体を活かして鉱山で荒稼ぎ』

『自由に目覚めよ、王都を出よ。神の裁きが世の不正を(ただ)す』

『成年男子に投票権を!秘密投票の実現を!』

『歌劇「夏の夜の(ミッドサマー・ナイツ)(・ドリーム)」ロングラン』

雑多な貼り紙がめちゃくちゃに貼り付けられた狭い路地を進み、四方を建物に囲まれた空き地に立ち入る。青銅製のポンプがついた小さな井戸が真ん中に掘られていた。

 しばらく立っていると、パンという何かが弾けるような音が冬の乾いた空間に響く。その後もパンパンと、不規則に音は続く。音量は様々、音の発生源も空き地内ということを除けばまちまちだ。音はすれど何かが動いている気配はなく、不気味なことこの上ない。よく見ると、(すす)けた空から降り注ぐ日の光に紛れて、粉のようなものがちらちらと舞っている。

 手に持った大きな黒鞄を置き、自然な仕草でふところから灰色の丸いレンズがついた眼鏡を取り出しかけると、ゆっくりと井戸の周りを巡りながら周囲に視線を飛ばす。よく見るとレンズの表面ではちらちらと燐光(りんこう)が模様を描くように瞬き、顔の向きを変えるたびにその模様も変化していっている。

 二周した後に今度はメモ用紙と万年筆を取り出す。欠伸(あくび)をかみ殺しながら、用紙に大きく四角い枠を引き、真ん中に小ぶりな丸を描く。井戸の傍らにたち、頭をぐるりと巡らせて、都度メモに矢印を書き込んでいく。10分もしないうちにメモには全体として反時計回りに巡る矢印群が現れる。矢印はときに小さな範囲でぐるりと周り、ときにジグザグに進む。半円を描くような長い矢印もあれば、ごく短い矢印もある。

 顎に手を当て、しばらくメモを凝視し考え込んだ後、今度は黒い丸を記載していく。黒い丸は全部で五つ。それから、井戸端に腰掛けて鞄の口を大きく開け、5cm四方の石材を取り出し、左手に持つ。右手を鞄に入れ、取り出したのは彫刻刀だ。

 その場で腰を下ろし、黒い石に彫刻刀を入れ、削り出す。削りかすは口を開けた鞄の中に落としている。

 何度か石をぐるぐる回して、日に当てて眼鏡越しに(すが)め見る。手元に石を戻して、さらに掘り進める。


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