4-3. フィールド・ワーク(前)
その後も何度かの空振りを経て、人工池沿いに辿り着いた。倉庫が建ち並び、港湾労働者たちが忙しく荷下ろしに立ち回っている。日は中天から下り気味だが、荷物を引き取りに来た運送業者や商人も加わり、ごった返した活気で満ちていた。
活気を横目に水際を東に進み、寂れた地区にさしかかる。この辺りはかつての湿地帯の風情が残っており、岸縁の水深が浅く、喫水の深い船はつけられない。水面にはヘドロが浮かび、ひどい臭いだ。かつては魚も捕れて食用としていたらしいが、今はとてもじゃないがそんなことはできない。
口元に手を当てて異臭をごまかしつつ、所狭しと立ち並ぶ倉庫を縫って奥に進む。
「これか」
小ぶりな倉庫の前に立つ。すれ違う人影もなくひときわ寂れた一画だ。大きな出入り口にはがっちりとした錠が嵌められている。エーテルグラス越しでは、床付近に光の塊がみえる。低い視点でないと見逃してしまうだろう。背の低い子供ならではと言えなくもないが、よく見つけたものである。
さすがに入ることはできず、さてどうしようかと思案していると、ティムが袖を引いてきた。いざなわれるまま、隣の倉庫との間の狭い隙間に入っていくと、そこには肩の高さほどの通用口が設けられていた。そして、戸口は施錠されていない。まったく不用心なことである。
腰をかがめて戸を押して中に入り、灯りをつける。
広がる光景は先般の民家と同様だった。人の出入りの気配はなく、書き散らかされた書類と加工作業場。壁に据えられた黒板とシンボル。中央には2m四方ほどの角形の装置が広げられている。その真ん中には水が満たされた水槽が置かれ、その中にさらに小さなガラスのコップ状のものが金具でもって逆さまに設置されていた。エーテルの淡い輝きはガラスコップの口の部分にある。ガラスコップの中にも水は満たされていたが、上に位置する底の部分には若干ではあるが、何やら無色透明の気体が溜まっている。小指の半分くらいの分厚さだ。
「これ、なんだろう」
水槽とガラスコップを不思議そうにみて、ティムがつぶやく。
「多分、水素だな。火気に近づけると発火するぞ。エーテルの粒子を水素に変換しているんだろう。この出力と分量だと、何ヶ月かほったらかしてるな」
装置の回路を読みながら答える。複雑ですぐには解読できそうにもないが、基本となるものは見知ったものなため、想像はつく。
手袋をはめ、装置を壊さないように気をつけながら足を踏み入れて水槽に近づく。ガラスコップは取り外しできるようになっていた。中の気体が逃げてしまわないように注意しつつ、水槽から引き抜いた。ティムに指示を出し、仕事鞄から安全マッチを取り出させて火をつけさせる。黄リンマッチと異なり、自然発火せず擦らないと火がつかないため、携帯に便利である。
火のついたマッチを受け取り、マッチに向けてガラスコップをひっくり返す。『ぽんっ』と音がして一瞬だけ火が膨らむ。
「大したことないね」
ティムは先ほどまで怖々といった表情をしていたが、さも平気でしたという顔を取り繕ってうそぶく。
「エーテルの粒子量は大気のそれと比較すると圧倒的に少ない。圧縮しているとは言え、単純に変換するだけだとさっぱり量は稼げないからな。ここまで貯めるだけでも月単位だ。水素がいるなら、水を電気分解するのが普通だろう」
口にはしないが、これでは微量すぎて実験結果を確認するのも一苦労だ。明らかに、意図的に出力を落とされている。
全くもって気に食わない。
しばらく書類をあさり、目星しいものを集め懐にいれた。眉根を寄せて回路を凝視しているティムを促し、倉庫を後にする。
翌、日曜日も使い全ての観測点を回った。装置が見つかったのはひとつだけ。中央市街区にほど近い位置にある、閉鎖された駅馬車宿の二階だった。鉄道が通る前までは馬車が都市間の人々の主要な足であり、一日で数百もの馬車が王都に出入りしていたという。旅人が泊まる宿と馬車駅が一体になった建物が、駅馬車宿だ。その役割も三〇年以上前に終わり、うち捨てられた。今では鉄道駅と王都内の各地区をピストン輸送する短距離馬車が活況を呈している。
前日に見つけた他二つと変わらず不用心な形で放置された建物の中で、紋章回路を駆使した装置が置かれていた。エーテルグラスをかけないかぎり、単なるオブジェにしか見えない。誰かが盗みに入ったとて、目もくれなさそうである。
それが先週である。自室で椅子にもたれかかり、天井を見上げてそこで発見した装置を反芻する。機構は二つ組み込まれていた。卵の殻のように、もしくはラグビーボールの革のごとく、球に沿うようにエーテルを留めるもの、そして、エーテルを光に変換するもの。前者は繊細なエーテルの操作が必要だ。後者は基本の仕組みはエーテル灯と同じ汎用的なものだが、光の向きは球の中心に向くように調整されていた。
他二つの装置と同じく、回路の基本思想と構成自体は見知ったもので、ただ実現のための設計は恐ろしく緻密で芸術的だった。そして、出力はごく弱く、明らかに試作品として作られている。
現場からかすめ取ってきた紙片や書類は、デスクの上に乱雑に置いてある。筆跡は様々だが、指摘や示唆を与えるような部分については共通したものがあり、現場横断で動いていた人物の存在が窺えた。記載内容の方向性を鑑みるに、回路の基本思想を修正しようとしたものと思われる。忌々しいことに。
表面的にやろうとしていることはわかる。新式熱源を活用した新型炉の実現だ。アッシュフィールドに報告した時点では炉としての応用まで視野に入れているのかは疑問だったが、見つけた装置を組み合わせれば、うまく機能するという前提のもと、根本の仕組みは実現可能である。だが、その後が続かないのは、あれほどの装置を構想する設計者にとっては自明だろう。
「調べてきたよ」
ティムがノックもなく玄関から入ってくる。起きている間は、普段から鍵はかけていない。ティムが肩掛け鞄から取り出したメモの束を受け取る。
一枚目には住所と名前、職業、来歴が並べて書かれていた。装置を見つけた建物の所有者を登記所で調べさせて引き写させたのだ。それをもとに紳士録から情報を引っ張ってこさせている。




