4−2. 街角少年探偵団(後)
エーテルは賢石以外の何物にも反応せず、捉えられない。そのため、もしこの装置のように密度が圧縮されていたら、エーテルグラスを通せば、建物の中だろうが何だろうか視界の届く範囲内なら外から丸見えになるのである。
まずは住まいのあるこの地区——東部辺縁区から手をつけることにしていた。広さはおおよそ20km平米。視界を30m四方として、時間当たり2kmも歩ければ、この人数なら手分けすれば数日あれば見て回れる。
もし王都全体、となると途方もない広さとなるが、そうはならない予感があった。アッシュフィールドによれば、件の装置は東部辺縁区で見つかったという。もし、誰かがまだ何かをやっているならば、やはり近くでその痕跡は見つかるのではないか。
こんなことに手間暇と金をかけるなど我ながら酔狂だと思うが、何か急ぎの仕事なり果たすべき目的なりあるわけではない。
「何か見つけた奴は、給金が上乗せだからな。しっかり確認しろよ」
ティムの言葉を受け、子供たちが一斉にこちらをみる。先ほども伝えた約束だが、その目はこちらを値踏みするようなものだ。日頃いいように使われた結果、社会が甘いものだとは誰も思っていない。半金を先払いすることと、ティムの紹介ということでこちらも雇い主としてようやくスタートラインに立てる。
「ちゃんとこちらで確認してからだがな、目当てのものならたっぷり色をつけてやる。お化けを捕まえるなど余計なことは考えなくていいからな。印だけつけたらとっとと次に行くんだ」
なるべく鷹揚に見えるように頷き、言う。
それで納得がいったのか、子供たちはまた地図をのぞき込む。表情は明るい。休みの日の小遣い稼ぎになり、何よりお化けと言われると好奇心は刺激される。頭のおかしいおっさんが訳のわからない調査をしているとは思っていても、期待に胸は高まるのだ。
調査は土日であっさり終わった。四,五日はかかるかと思ったが、子供らしい体力と競い合いで地区を駆け回っていたようだ。日給ではなく、成果給にしたのもきいたのかも知れない。地図には20ばかりの○印が発見者の名前を添えてつけられている。東部辺縁区の南部にはU型に湾曲する運河の左右を渡す形で、湿地帯を改良した造船と荷下ろしのための人工池が集中的に造成されているが、印のほとんどは人工池の北端より上、宅地にばらついている。若干ではあるが、区の西側にある王都の中心——中央市街側にやや偏りがあった。
翌週末には、地図とエーテルグラスを片手に、朝から来たティムと昼の下町へと繰り出した。東西に走る大通りから南に下りつつ、地図の○印と町並みを照らし合わせる。ひとつひとつ確認するが、特に何も異常はみられないもの、エーテル灯をそれと見間違えたものが続く。
ティムと一緒にいることで年若い父親と息子に見えなくもないからか、通りを歩いていても普段よりも受ける視線の量は少ない。裏路地では胡乱な眼差しがないでもないが、まだ日は高く、何かしてこようという輩はいなかった。
大通りから500mほど南下した地区は、低い木造建物が並ぶ。一昔前は農地だった場所で、今でも雨が降れば道はひどくぬかるむ。そんな一角で、エーテルグラスを通して小さな光を見つけた。
ティムがグラスをかけたり外したりして、見間違いかどうかを確認する。光は道沿いの建物のさらに奥から発しているようだ。きょろきょろと左右を見回し、回り込める小径を探す。何度か行きつ戻りつしつつ、光があると覚しき建物の玄関にたどり着いた。ほとんど幅のない、建物の間といった風情の路地に面している。密集する古びた建物の一つで、一階建ての上に無理矢理二階を増築したような、ぼろ屋である。周りもそうであるので、特段特徴があるという訳ではない。
「誰かいるかい?靴磨きだよ!」
やや考えたあとに、どんどんと扉をたたきつつ、ティムがよばう。打ち合わせていないが、いきなり家の中を見せてくれ、という訳にはいかない。差しあたり住人がどういう人物なのかみるのは悪くない。子連れの靴磨きもおかしかろうと、少し距離を置く。
だが、そういう配慮もむなしく、家屋の中から反応はない。
板が打ち付けられ、締め切られた窓の隙間から内部をうかがう。暗く、外からはほぼ何も見えないが、人の気配はない。エーテルグラスをかけると、部屋の中央部分で腰の辺りに小さなボール状の光が見える。
周りの民家から誰かが出てくる様子もない。
扉の前に行き、棒状の持ち手を押してみる。鍵がかかっており、きしみはするが開かない。
「ちょっとどいてろ」
ティムを脇にどかし、持参してきた仕事鞄から糸のこぎりを取り出す。扉と壁の隙間に差し込み、鍵となっている鉄棒に押し当ててゴリゴリとひく。
「賢石つかってなんとかする、とかじゃないんだ。意外と力業だね」
「物には適した用途がある」
若干引き気味のティムを無視して無心に手を動かすこと5分。手元の抵抗がなくなった。のこぎりをしまい扉を押す。
足元にはうっすらと埃が積もり、少なくとも数ヶ月は誰も出入りしていない様子だ。昼ではあるが明かり取りの窓も塞がれており、そもそも密集地の路地裏で日の光が届かない。携帯型のエーテル灯を取り出し、スイッチを入れる。
「これはまた、散らかしたなぁ」
後に続いて入ってきたティムがつぶやく。3m四方ほどの狭い部屋の中央にはアッシュフィールド邸でみたような装置が置かれ、その周辺にはおびただしい数の紙片が散らばっていた。壁はチョークで汚れた黒板と、ピン留めされた紙片の数々。紙片にはびっしりと細かい文字と回路図が書き込まれ、取り消し線やら上から追記された文字やら推敲の後が見て取れる。筆跡も様々で、複数人が関わっていたと思われる。
奥には二階への階段があり、上がってみたところそちらは物置兼作業場のようだった。賢石加工のための台座や鑿、ナイフなどが転がっている。こちらも無人だ。壁には、神の教えに由来するシンボルマークがかけられている。
あらためて階下に降りると、ティムが円形の装置の上に浮かぶ光球を眺めている。どういうものかは想像がつくが、ティムの傍らにしゃがみ、装置に刻印された回路を読み込む。
「事務所であるものよりもはっきりした光だね」
「エーテルを球状に誘導して高速回転させてるな。極小の粒を目では捉えられない速度で動かしているから、滑らかな質感にみえる」
「それって意味あるの?」
「それだけだと、意味はない」
ほんの一部を見ただけでも、設計の美しさがわかる。間違いなく、アッシュフィールド邸でみた装置と同じ設計者だ。壁にピン留めされた紙片を再度丹念に見て回り、これは、と思われるものをいくつか回収する。
「次にいくぞ」
立ち上がって建物の外に出る。
「ちょっと待ってよ。これほっといて大丈夫なの?」
「まさか盗むわけにもいかん。そのうち賢石がすり減って動かなくなる。大した出力もないから、何かあっても大事にはならんだろ」
無断で入ってる時点で一緒じゃん、などとぶつぶつ言いながらティムが後ろからついてきた。




