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壊れ回路の錬金技師  作者: 相沢 静


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4−1. 街角少年探偵団(前)

 作業部屋の机に腰掛けて、目にはめたモノクルで手元を拡大しながら、黙々と賢石(リッチ・ストーン)を削る。火事場の跡を掃除するように、仕事の(かたわ)無為(むい)なものと分かりつつもこつこつと論理を構築し作り貯めていた生産物のいくつかは、引っ越しの際の手荒な荷物扱いにより、破損するか紛失してしまっていた。(ほこり)を被るに任せていたそれらを数週間前からあらためて検品して選り分け、足らずを埋めていく作業を続けている。もう引っ張り出すこともないだろうと意識の奥に沈めていたが、過去は無遠慮に手を突っ込んでくる。かつてと同様、無駄な作業に迷いがないでもなかったが、無心に動く手と頭は迷いを棚上げにしていた。

 作業机の周りの床には厚手の布や木箱、まとめられた細めの鎖、書き散らかされた紙片がいくつかの山に分けられてうち捨てられている。部屋の四方に置かれたファンが、単なる物置部屋ではないと言わんばかりにしゅんしゅんとかすれた音で自己主張していた。

「うへぇ、こりゃちゃんと掃除した方がいいよ。埃っぽくて仕方ない」

 開いたままのドアから顔を覗かせたティムがぼやく。

賢石(リッチ・ストーン)(かす)が溜まるのは致し方ない。気になるならお前がしろ。——今日は水曜日だが、どうした?」

 手元から顔を上げずに、問いかける。玄関が開く音と足音から、ティムだというのは見当がついていた。

「工場が賃上げ要求のストライキで動いてない」

 ティムはあっけらかんと答えた。ストライキは違法だが、基本的には大きく取り締まられることはなく、黙認されている。一昔前なら産業界からの強い要請で官憲(かんけん)が出動したところではあるが、肥大する資本家の(ふところ)に対する庶民の目は厳しくなり、資本家自身も相応の譲歩を苦々しく思いつつ受けて入れている。

 ティムの工場のストライキも、早々に要求が受け入れられて収束するだろう。工場を止めること自体が資本家にとっては損失なのだから。

「これ、郵便受けに入ってたよ」

 ティムから封書を受け取り、差出人を確認する。モノクルを外して封を切り、便箋(びんせん)を取り出して中身をさっと読む。

 手紙はかつての同僚からで、先に出したアッシュフィールド邸での顛末(てんまつ)を知らせたものへの返信だ。アッシュフィールドからの依頼を回してきたのが、彼であった。

「特に変わりなし……」

 こちらから出した手紙には、やんわりと研究所内での機密管理についても触れていた。直接は(はばか)られるので元同僚ならではの隠語とジョークに紛れたやりとりだが、しっかりと伝わったはずだ。同僚からの返答は、何も異常はないという内容だった——つまりは、()()()()、だ。

 あれほどあからさまな機密漏洩を前にして、辞めた自分はもとより、現役の同僚にも何もアクションがない。所内での動揺にも触れられていない。上層部が機密漏洩について知らないわけはない。少なくともアッシュフィ―ルドからは装置の買い取りの打診が行っただろう。

 つまり、あれはもう機密ではないのだ。何かとバーターで交換したのか単に売ったのか。機密が機密になって、もう五年も経つ。どう処理されていても不思議ではない。一種の寂寥感(せきりょうかん)が胸中をよぎるのを感じつつ、一方で巡り巡ってまた自身との関わりが生まれたことには皮肉を覚える。

「放っておくか…」

「何を?」

 独り言に反応され、ティムの方を向く。手にはいつの間にやら注いだ紅茶を持っている。勝手知ったるとはこのことだ。

「そうだな…昔作って他人にくれてやった道具がどっかいっちまった感じだな。取扱注意だが、無くした本人はもう気にもしちゃいない」

「ふーん、無責任な奴もいたもんだね。でもまあ、危ないもんならなんとかした方がいいんじゃない?寝覚め悪いでしょ」

 ティムは紅茶を飲みながら答える。育ちがいいとはとても言えない少年だが、素直でまっすぐな気性は時に心地よい。

「それはそうだな」

 思わず、ふっと笑みが漏れた。放置していても問題はないだろうが、念のため動いてみるのも一興だろう。寝覚めが悪くなるのはごめんだ。

「ティム、お前にも手伝ってもらうぞ」

 頭の中で段取りを組み立てつつ、そう宣言した。

 

「ここは治安が悪いから、二人一組でやろう」

「はん、誰がのろまどもに捕まるかよ」

「この鈍足(どんそく)がよくいうぜ」

「どうでもいいから早くいこうぜ」

 一〇人ほどの小汚い格好をした少年たちが床の板敷きに座り込み、頭を突き合わせて地図をのぞき込んでいる。中心でペンを片手に書き込みつつ、それぞれに指示しているのはティムだ。

 お化け(ウィル・オー・)探し(ザ・ウィスプ)————そう(めい)打ってティムに駄賃(だちん)をえさに知り合いをかき集めさせた。それぞれの手には、エーテルを目視するためのサングラス————エーテルグラスを持たせてある。ひとつひとつ高価で、あとで下取りに出せなければ結構な出費となるのだが、駄賃の残りと引き換えと言い含めてあるのでそのまま持って行ったりはしないだろう。おそらく。

「ぼんやりと光るものを見つけたら、地図に記しをつけるんだぞ。エーテル灯と間違えるなよ。形は違うかもだが、あの光と同じような青白い感じだ」

 ティムがサングラスをかけて部屋の端を指さす。

 そこには、霊媒の女がアッシュフィールド邸に持ち込んだ装置の模倣品が置かれている。調査のために引き取った際に、回路は全て写し取ってあった。手元にあるさほど質がよいとは言えない素材を使っての再現は骨を折れる作業で————目の(くま)はまだ取れない————結果オリジナルと比べて出力も機能も大きく見劣りがする。ただ、壊れた回路は修復済みなため、肉眼で捉えられる光はなくなり、エーテルグラスを通してみたときに光が小さな噴水のように上下する形となっている。周囲のエーテルを集めて上方に指向性をもたせて断続的に送っているのだ。もっとも見る人間がみれば瞠目(どうもく)するだろう。エーテルの方向付けなど、生半可な研究者はみたこともないはずだ。

 他の子供たちもエーテルグラスを通して確認をする。何人かはかけっぱなしで顔の前で手をぱたぱたやっていた。周囲のエーテルに反応して、ちらちらと燐光(りんこう)がみえているはずだ。

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