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壊れ回路の錬金技師  作者: 相沢 静


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3−3. 降霊会(後)

「空き家ではなく、どこかから盗んだのでは?」

 一般の中年女性が入り込めるような場所で、盗めるような状態だったとは思えないが、まだ空き家に放置されていたというよりは納得できる。

「いや。旧知の警察官に調べさせた。盗みに入ったという空き家は実在して、聞き込ませたところ半年ほど前までは複数人の出入りがあったそうだ。女が壊してしまったらしいが鍵はかかっていたので、実際は放置というより保管だったのかもしれん」

 にしても、杜撰(ずさん)である。

「ウィリアム君、当日の活躍はメイドから聞いたし、君の評判はあらためて確認した。天才と評する者もいたよ。君ならあの装置を完成させられるのではないかね?」

 分厚い灰皿の端に葉巻の灰を落とし、アッシュフィールドは言う。

「残念ながらご期待には沿()えませんね。この手の研究はここ二〇年繰り返し行われてきましたが、知る限り目に見える成果を出したところはないですね。市井の一個人がどうこうできる話じゃないです」

「なるほど。まあ、あの装置はしかるべきところに渡しておくとしよう。興味を持つところもあるだろう」

 確かに、あるだろう。あれは()()()()()()()だ。

「さて、ここからが本題なのだが」

 アッシュフィールドはふぅと煙を吐く。

「ウィリアム君、私の下で働きたまえ。鉄道は儲かるが、エネルギーも捨てがたい。私は研究所をたち上げたい。蒸気機関の次を見据えてタネをまくのだ。大陸では内燃機関の研究が進んでいると聞く。私はその先を行きたい。君の知識と経験を、社会の発展のために使いたまえ」

「せっかくですが、お断りします」

「君の不幸な生い立ちと身上は聞いたが、それで腐っていても仕方なかろう。才があるなら上を目指せ。それが、持っている者の義務だ。もちろん、給金は弾もう」

 こみ上げる不快感を押し殺す。経験上、この手の相手には感情的になってもよいことは何もない。

「私の父はたたき上げの鉄道技師だ。私も幼い頃から徹底的に現場で鍛えられた。結果、何十何百キロもの線路を引き、王都に進出するまで登りつめたのだ。

 言われて久しい産業革命を成し遂げ、世界に冠たる大国となった我が国の原動力は、我らのような野心を持った優れた人間だ。安閑(あんかん)と自らの血筋と継いだ土地にしがみつくだけの貴族とも、発揮する才覚もなく地べたを這う農民や労働者とも違うのだ」

 (あふ)れんばかりの自負に支えられた言葉には迫力があり、魅力的と思う人間も多いだろう。力強い声に、押しが弱い人間なら、思わず(うなず)いてしまうかもしれない。

「ご高説は賜りますが、遠慮申し上げたい」

 きっぱりといい、席を立った。


「天才か……」

 アッシュフィールドの屋敷を出た後の乗り合い馬車の中で、ぽつりとつぶやく。リップサービスに気を良くしたわけではない。あらためて天才たちと単なる職業人たる自身との差に思いを()せたのだ。

 研究分野では天才と言われる人間が同時代に何人も存在する。王立研究所で論文を発表して気を吐く研究者もいれば、商会の研究所内の機密の内側で余人には計り知れない論理を構築する者もいる。彼らは言われても納得のいかないような視点で物事に取り組み、結果を出す。

 降霊会で使われた装置を設計した人間も、そんな天才の一人だろう。

 基本の設計思想はかつて在籍した研究所で、正に自身も含むチームが取り組んでいたものに違いない。特許ですら公開せず、秘匿(ひとく)に秘匿を重ねた反応の機序を組み合わせたものだ。知ったとしても生半可な知識と設備では再現することすらできない。それを独立して取り組んで同じ工程に達することなど、到底考えられない。

 一方で、理論の実現の仕方はどうだ。三次元に組み上げられた回路は全く無駄がなく、芸術かと思えるほどだった。ある回路が二つも三つも役割を演じている。結果として、テーブルにのるような大きさで、ごく小規模とはいえエーテル濃縮の前処理まではできていた。

 ただ、あれは単体では用をなさない。手荒に扱われたせいで装置の一部が破損し、安定してエーテルを処理できなくなってしまっていたが、十全であっても不可視のエーテルに一定の方向付けを行えるだけの代物だ。あれは試作機、それも全体の一部だけのものだ。

 では、完成型はどういうものになるのか。

(…どこまで至ったのか)

 あのまま進めば、エーテルの密度を上げることはできる。そこに燃焼石(ねんしょうせき)を放り込めば、出力の高い熱を取り出せる。だが、ただそれだけだ。今でも、多くの燃焼石を使えば熱量は相応に扱える。

 もっと大きなエネルギーを取り出す方法は、ある。だがそれを思いつくか。設計の天才は発想の天才でもあるのだろうか?では、漏れた機密は全てだとしたら?なおさら試す気になるとは思えない。

 そこは正に行き止まりなのだ。研究をなぞるだけでは実現できないことは明白だ。そして、仮に実現したとして、応用できないことも。だからこそ、辛うじて貼っていた鍍金(めっき)を剥がすに十分な、あの事故が起こった後には研究には打ち切り以外の選択肢は与えられなかった。

 何のために?

 好奇心や探究心だけで膨大な費用と労力を投入することは不合理だ。それとも、高価な試作機を下町の空き家に置いておくようなネジの外れた誰かにとっては、合理なのだろうか。

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