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壊れ回路の錬金技師  作者: 相沢 静


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3−2. 降霊会(中)

 さて、いつ終わるかな、と思いつつ、油断はしないよう、気持ちを引き締める。アッシュフィールドが言ったように、紋章工学の扱いは難しい。エーテルから取り出した作用は荒々しく、すぐに(かせ)を外れて想定外の事象を引き起こす。

 事実、ゆらゆら揺れる光は急激に膨らみはじめた。元々は成人よりもやや小さいくらいだったのが、いつの間にか高い天井に迫るほどになっている。首筋でチリチリとした嫌な感じを覚える。長いキャリアで大小幾度となく感じた、失敗の気配。脂汗がじんわりと額に浮かび、動悸(どうき)が速くなる。

 間髪入れず熱に浮かされたような表情で光を見つめるアッシュフィールド婦人に駆け寄り、無礼ながら抱えてテーブルから引き離す。その様子を見て、メイドたちも椅子を倒すのも構わず慌てて壁際まで下がり、その場にへたり込む。

「早く止めろ!」

 霊媒(れいばい)の女に指示するも、女は恐怖に駆られた顔で固まったまま、動かない。舌打ちしてテーブルの上の、女がはじめにはめた球状のパーツめがけて走る。

 と、メイドの誰かが悲鳴を上げる。橙色(だいだいいろ)の光量が急に上がり、まぶしく輝く。テーブルの上に手を伸ばそうとしたが、耐えがたい熱を感じて慌てて引っ込める。すぐさま懐から用意していた幅広のナイフを取り出し、あらかじめチョークで印をつけていたテーブル脇のカーペットめがけて思いっきり突き刺す。

 しゅん、という音に続いて鳴った、ぱつん、という小さな破裂音とともに、視界の光が残像を残して瞬時に消え、ひんやりとした冷気が肌を打つ。

 呼吸を整え、ナイフから手を引き剥がし、立ち上がる。窓に歩み寄り、カーテンと窓を開けた。四月初めの陽気と風がさっと室内に差し込む。

 すぅと深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。我ながら顔色は悪かろうと、ひどい頭痛を意識しつつ思う。緊張感の高い状況で紋章回路を用いた行動をとると、頭痛と震えに襲われる。長く引っ張ってきたが、ついに引退を決めた理由の一つが、これだ。

 部屋の中は惨憺(さんたん)たる状態だ。天井はいつの間にか焦げ付いており、床にはナイフが刺さる。テーブルの上では、焼け焦げて穴の空いたテーブルクロスの下から、立体的な彫刻でくみ上げられた円形の陣がのぞき、中央には恐らくは急激な熱変化に耐えられず割れた球状の彫り物が所在なげに転がっている。

 カーペットの下には(あらかじ)め回路を書き込んだ大判の紙を仕込んでいた。賢石(リッチ・ストーン)を砕いて練り込んだインクを使えば、使い捨ての装置を描くことができる。ナイフで回路の一部を断つことで起動できるようにしていた。エーテルからエネルギーを取り出すのではなく、戻すという操作をすることで、瞬間的に、空間内の熱を奪って冷却できる。紋章工学の事故のほとんどに熱が作用しているため、簡易的だが、研究の現場でも使われる実際的な安全装置だ。

 我に返ったメイドが異常を知らせるべく部屋を出るのを横目にみつつ、危うく事故を引き起こしそうになった、テーブルの上に展開されている物体を凝視する。さて、これはそもそも何の装置なのだろうか——。


「ご苦労だった。危うく屋敷内で火災を起こすところだった。助かった」

 アッシュフィールドの態度は(ねぎら)っているにしては大きい。豪腕で事業を大きくしているという評判にふさわしいとは言える。前回とは異なり、こちらに座るよう(うなが)してくる分、気遣(きづか)われているのかもしれない。

 事件から一週間、後始末が終わったからと呼びつけられ、この場にいる。

霊媒(れいばい)の女は例の装置を東部辺縁地区にある住まい近くの空き家で見つけたそうだ。どういう魂胆で空き家に入ったのかは推して知るべしだ。浮かぶ光をみて、なんとか金にできないかと思いついたのが霊媒だったらしい。くだらんことだ。因果(いんが)を言い含めて叩き出してやったよ」

 アッシュフィールドは葉巻に火をつけ、一服する。

 もったいぶった仕草にやや軽蔑した感想を抱きつつ、調度品を眺めて気を紛らわせる。一目で上質とわかる革製のソファに重厚な収納箱(チェスト)と机。それらの上には、執務室らしく、家族の写真や感謝状らしき書状、トロフィーなど、私的でありながらも自身の恵まれた立場や栄誉を誇示するような品々が並んでいた。どこかでみたような三位一体の神の教えを象徴するオブジェも置かれている。世俗にしか興味がないというような見た目と態度に反して、実は信心深いのかもしれない。

「で、ウィリアム君。あの装置は一体何だったのかね?」

 アッシュフィールドが話を続ける。

 あの後、壊れた装置を持って帰って回路の解析を行っていた。追加報酬を出すというアッシュフィールドの申し出があったためだが、そもそも技師として強い興味を引かれており、言われずとも手をつけていたかもしれない。

 結果として、放っておけばよかったと後悔するはめになったが。

「あれは、新式熱源の試作機でしょうね。壊れていましたが」

 軽い口調とは裏腹の、百戦錬磨の実業家らしい、何物も見逃さまいとする鋭い視線を受け止め、答える。

燃料石(ねんしょうせき)に代表される熱源は、大気中のエーテルにそのまま作用して熱を取り出します。当然、エーテルの量——正確には密度、が取り出せる熱量の上限としてあるため、常識的にはそこからいかに効率的に熱を取り出すかの勝負となります」

 アッシュフィールドは(うなず)く。鉄道業において良質な燃焼石(燃焼石)の調達と確保は重要事で、その理屈は嫌というほど知っているはずだ。純度の高い燃焼石は、それだけ高い熱量を引き出すことができる。

「エーテルの密度は地上どこでも差異はなく、季節による増減だけが知られています。十二月が最も少なく、六月が最も多い。5%程度の間を上下しています。

 あの装置は、そのエーテル密度そのものを何とかしよう、という思想で作られているようです。どのような物質も透過して熱にも光にも反応しないエーテルをその場に留める意図を持って、回路が組まれているようでした」

「うまく動くような代物なのかね?」

「いえ、全く。専門的な説明も必要で?」

 アッシュフィールドの目を見て答える。装置の回路が正しく機能しても、あのままではうまくエーテルの密度をあげられそうにないのは事実である。ただ、信じられないほど洗練されてコンパクトにまとめられていた。根本の思想と論理を知らなければ、どんな作用を意図していたのか、一週間という短い期間では想像すらできなかっただろう。

「いや、結構。しかし、そんな物がどうして空き家に放置されていたと思うね?」

 それはこちらが聞きたい。使われている賢石(リッチ・ストーン)の品質は極上で、回路の彫り込みも実に緻密だった。作るだけでも一財産(ひとざいさん)だ。そもそもそれを設計するだけの知識たるや、金を積んでも得られるものではない。本来であれば、厳重な研究機関の奥にこそふさわしい装置だ。

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