第6話ですわよ!
舞踏会 まで
「エルキナ!…シュリー!とってもいいお知らせよ!」
いつになく上機嫌な母は、一枚の白手紙を天井高く掲げた。
その封には品格のある臙脂色の蝋で、レーデリア王国の紋章の獅子が描かれている。
まるで獅子がギロリとこちらを見ているかのような圧迫感さえあった。
「何をどう見ても皇室からの手紙…一体、どうして…」
「1ヶ月後の夜!あの王宮で皇太子様の婚約者を決める舞踏会を開くそうよ!勿論、新しいドレスを見繕って万全におめかしして行かなきゃね!」
興奮で若干息を荒くしながら母親は言った。
「な…!ぶ、舞踏会、ですか?」
滅多なことでは動じないエルキナでさえも、この事態には驚きを隠せないようだった。
しかし、はたと気づいた。
「なぜ、私たちのような平民が皇宮での舞踏会に参加できるんですか…?」
エルヒルデ家が、貴族に匹敵する資産を持っていたとしても、所詮は平民。
レーデリア王国では直接的な爵位の売買は認められていないので、落ち目の貴族と結婚して貴族の妻・家族などとならない限り、ありえない。
そして、貴族というのはどれだけ落ちぶれようがそのプライドだけは一丁前である。
その尊厳が特にひどい貴族などは、平民と結婚するより首を吊ることを選ぶものさえもいるほどだ。
よって、平民が皇宮で行われるようなパーティーに参加できることは99%ない。
「なんでも、皇太子様は未婚の貴族令嬢の中にお気に召すような方がいらっしゃらなかったみたいよ。フフフッ。今時の貴族娘たちは揃いも揃ってジャガイモのような頭でもしているんでしょうね?それに頭を抱えた陛下が、平民も交えた舞踏会を開催すると言われたそうなの。勿論、ドレスコードはあるから、ドレスを買えないような平民は参加できないからある程度の選別もできるっていうわけよ。まぁ?うちの家は国内有数の資産家ですから、こうして直々に招待状も来ているわけで…」
「シ、…シンデレラは!…参加するんですか?」
母親の止まらない口を遮るように、エルキナが言った。
(おかしいことは言ってないはず…)
母親に違和感を持たれないよう、髪をいじりながら嫌味な雰囲気を出す。
あくまで、‘義妹が舞踏会に参加することを暗に嫌がっている姉’を演じる。
恐る恐る、母親の方を見ると…存外不機嫌そうな顔をしていなかった。
それどころか、
「何を言っているの!シンデレラも参加するに決まっているでしょう?…それをこれからあの子の所へ言いに行こうと思っていたのよ。」
予想外の母親の態度に、エルキナは胸を撫で下ろした。
(お母様はお義父様を愛していたから、その愛を一身に受けていたシンデレラを毛嫌いしていたようだけれど…シンデレラを舞踏会に参加させてくれるなんて…考えを改めてくれたのかしら?)
エルキナはシンデレラを愛し、母親から守る一方で、娘としては最高の母親のことをできるだけ信じたいという気持ちも少なからずあった。
そのために、つい先程まで母親がその足でシンデレラを傷つけていたことを考えないまま、母親の言葉を真っ直ぐに信じてしまっていた。
そんなはずがないのに笑
エルキナとは反対に、シュリーにはその笑みの裏側に何か隠れている気がしてならなかった。
(あんなにシンデレラを外に出すことを嫌がっていたというのに…お母様は、何を考えているの…?)
足取り軽く母親はシンデレラのいる屋根裏部屋へと続く階段を登っていく。
その足元で輝くヒールの先はまるで針のように鋭く細くなっている。心なしか、ヒールの先が黒くなっているような気がした。
先程まであの足で、シンデレラの足を血が出るほどに踏みつけていたのだ。
シュリーはそんな母親に、もはや疑いを持つほかなかった。




